ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＜本日も2話連続アップです。←第36話からからどうぞ＞

「右京？」。

「そうだ。右京から手紙が来たんだ。どうしよう？」
かなりの慌てふためきようです。
無理もありません。なにしろ森田くんにとっても、僕たちにとっても因縁の相手。

「内容は聴いた？」

「ああ。単なるラブレターのような・・・」。

「森田。慌てるな。それは右京じゃないよ」。

「どうしてそんなことがわかるんだ!?」
すっかり冷静さを欠く森田くん。
優等生はこういう逆境に弱いのが玉に傷です。

「なんていうかな。右京は・・・そんなにバカじゃないと思うんだ」。

そうだ。
右京はあれだけ敵がいて、また仕掛けるほどにバカじゃない。
これは右京を名乗った陽動作戦だ。

「けど。けど、字は右京そのものなんだぞ？」

　字体も同じ？

森田くんを落ち着かせるのは至難の技でした。
「とにかく。明後日までははっきりさせるよ」。

「明後日まで？」

「うん。大丈夫だ。心配するな」。

ここでようやく落ち着きをとりもどしてきた森田くん。

「あ。ところでおじいさんが、電話代わってくれっていうから」。

「あ・・・、森田・・・えっと」。

「代わるね」。

遅かったか・・・。

「おー。佐久間の孫！また将棋うちに来い！」

それだけかよ・・・。

「やですよ。だっておじいさん、よそから飛車角持ってくるんですもん」。

「え・・・・・」

「・・・・・・」
「・・・・・・老い先短いのに・・・」。

「う・・・・・」。

「そうか・・・。唯一の老後の楽しみだったが・・・・」。

「あー。わかりましたわかりました。はい。やりましょうね。将棋」。

「そうか？わはははは。返り討ちにしてやるわ！いつでも来い！」

く・・・・

しかも。
「お前など左手でも勝てるわ！」

このじじぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい！


翌日。

「どうだった？久保」。

「ああ。お前の言った通りだぜ。2年前の卒業文集だけ消えてる」。
「やっぱりな」。

当時卒業文集は、謄写版印刷でした。
＜元の原稿は本人が書き、これを輪転機で大量コピーする＞

　おそらく、柳は文集を見ながら右京の字体を真似たんだ。
　1日しか経ってないからまだ返しに来てない。

「サンキュー、久保。これで手のうちはほぼ把握したよ」。


僕はその足で柳の教室へと向かいました。

ホームルームが終えて、まださほどに経っていません。
教室には1年生の姿がチラホラとありました。

「柳」。

「あ！先輩！どうされたんですか？」

「柳。僕と一局、勝負しないか？」

「え？」
きょとんとした表情をしています。

「将棋だよ。強いんだってな。お前」。

柳は
「ハハハハ！」
オーバーに笑うと

「いいですよ？何コマ落とします？」

「ん。いいよ。普通で」。

「え？かまいませんが。うれしーなー。先輩と将棋できるなんて。アハハハハ」。

それは。人を馬鹿にしたような、いわば大きな声の嘲笑でした。

まわりも柳がひさびさに将棋をうつというので、大騒ぎです。

　「柳が将棋うつってよ！」
　「うそ？相手誰だよ？」
　「3年の先輩！」
　「おーー！それは見逃せねーぞ！」
　「どうせ柳勝つだろうけどなーー」。

とたんに僕と柳のまわりは黒だかりです。

「先輩。僕が玉でいいですよ？お先にどうぞ」。

「そっか。じゃ・・・」。

柳は必要以上と思えるほどに早い将棋をうっていましたが、しばらくすると今度は一手に時間をかけるようになりました。
おそらく相手の表情を楽しむつもりでしょう。

　上げ将棋だな・・・。
　さすがにプロをめざしているだけあって強い。

それはジワジワとくるいやな将棋でした。
僕にいいところはまったくなく、大駒はすでに失い、あと数手で詰み、というところまで追い込まれていました。

「先輩の番です。でも、この勝負はボクの勝ちみたいですね？」

「そうか？」

「ええ。先輩。あと8手で詰みです」。

「うーん」。

まわりも
「なんだぁ。やっぱ柳の敵じゃねぇじゃん」。
「お話になんねー」。

ギャラリーの声に、調子にのる柳。
「もう少しのばしてさしあげてもいいですけどね。アハハハ」。

「はは」。
僕は軽く笑って流し、まだ長考を続けていました。

「ボクに勝つには十年早いですね。先輩」。

「十年か・・・。そりゃ長いな」。

「ま。またやりたくなったら来てくださいよ。飛車角金銀落としくらいでじゅうぶんかなぁ」。

と、言われ放題の僕。


「それがそうでもない」。

僕はポケットに手を入れて


「王手だ」。


王の前に取り出した飛車をはりました。

「んな!?」

柳もギャラリーもびっくり。

「もうひとつ・・・かな？」。
さらにポケットから角。

「王手だ」。

「せ、先輩！いくらなんだって、そりゃ大チョンボでしょ!?」

僕は立ち上がって柳を見下ろすと
「柳。覚えておけ。実戦はな。同じ駒数じゃないんだ」。

「ん・・う・・・」。

柳は座ったままです。

「それから・・・。夕子ちゃんの『白い本』。返せ」。

こう言ったとたん、ギャラリーは静まり返り、柳はブルブルと震え始めました。
それは、人間がこんなに震えるものなのか？と、思えるほどのもので、
唇、指、肩、腕、足
体中に怒りと恐怖がみなぎっているのがわかります。
すでに柳をのせた椅子がガタガタと音をたてはじめていました。

教室を出る間際
「あ。そうそう。柳ぃ。僕らに勝つにはねぇ・・・」。

柳の返事はありません。

「十年早いよ」。


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