ぼくたちと駐在さんの700日戦争

奥さんが言った「和美ちゃんを泣かせちゃだめよ」の理由は、これだったのか・・・。

僕は当初、この「噂」のことを、たいして重く受け止めませんでした。
和美ちゃんが機嫌を悪くしたくらいのことで(それでもえらいことではあるものの)、東京での噂など、僕に関係あるものではありません。
なにしろ美奈子さんの大学で、僕のことを知る人など、わずかもいないのです。

　なのに・・・
　なんで名前出てるんだろ？

僕は真相を確かめるため、少し勇気をふりしぼって、美奈子さんに電話してみることにしました。
顔は見えないのに、どうして「美人に電話をかける」というのは緊張するんでしょう？
不思議です。

電話に出た美奈子さんは

「そうなのよ～。どうしてママチャリくんなのかしらね」。

「はい。僕は光栄ですが・・・」。

ところが。
思ったより、少しだけ事態は深刻でした。

「それがねぇ・・・。ゼミで姫沼を推したのは私だったのよ。あんなロケーションのいいとこ、他に知らなかったから」。

「はい。だと思ってました」。

「その理由が恋人に会いに行くためだったって、勝手に誤解されちゃってて」。

「え？」

「そこに君たちが来ちゃったでしょ？それで。ちょっと立場がねー」。

まさかそんなことに・・・。

「すいま・・・せん・・・」。

「ううん。ママチャリくんが気にすることないわ。どってことないわよ」。

「ですけど・・・」。

嘘だ。美奈子さんは嘘をついてる。
かなりまずい立場になってるんだ・・・。

それは美奈子さんの浮かない声でわかりました。
そしてなによりの証拠には。姉である奥さんにまで相談してる。
彼女にとっては、それほどの事態なのです。

「あーあ。こんなことならマジョール班に行くんだったなぁ・・・」。

「どうして姫沼の・・・ミノールのほうへ？」

「無線係だから。他に免許ある子いないのよ」。

そう言えば東屋で・・・無線連絡してたっけ。

「美奈子さん、誰からその噂聞きました？」

「ゼミの子。渚、会ったでしょ？っていうか私以外、みんな知ってたわ。ゼミ以外の子も」。

美奈子さんが噂を知ったのは、姫沼に行った後。
その前後のわずかな間に噂がひろまっている、ということです。
とびっきり美人の美奈子さんですから、噂になりやすいのはわかるとして。

　誰が？
　どうやって？
　なんのため？

なにはともあれ、僕の存在が美奈子さんに迷惑をかけている、というのは心外でした。

「一応。相談しとくか・・・」。

グレート井上くんの家の番号をまわそうとして、僕は、ダイヤルにかけた指を止めました。

「井上は・・・無理だな・・・」。

普段、なにごとかあるごとに井上くんに相談していた僕でしたが、こと美奈子さんの件となると、さすがに使えません。
ましてや自分がフィアンセになっている、などと、言えるはずもなく、

　じゃぁ、誰？
　和美もダメ・・・。


そこで僕は、森田くんに相談することにしました。

さっそく
「もしもし？」

しかし、

「お！その声は佐久間の孫！」

あ～～～。忘れてた。
また出ちゃったよ。川柳じじい。
声が生き生きしてやがる。

「えっと。森田くんいますか？」

「つないでも　いいけどワシに　勝ってから」。

始まった・・・。
これだから森田んちに電話するのはいやなんだ・・・。

「いままでに　一度も勝って　いないでしょ？」

「2度ばかり　勝って兜の　緒を締めよ」

なんだそりゃ・・・。
ほんっと川柳の才能ないなぁ。
8割盗作だし。

とにかく早いとこ負かすしかなさそうです。

「それならば　お題を決めて　いざ勝負」。

「・・・・」。

あ。お題考えてるな・・・。
動向が手にとるようにわかるとこが、少しかわいげあります。森田じじい。

「・・・・」。
「・・・・」。

「・・・・」。

さんざん、さんざん、待たせたあげく

「くだもの！」

なにを迷っていたんでしょう？

「はいはい・・・どうぞ・・・」。

じいさん。すっかりこの勝負がお気に入りのようです。

先手。森田じいさん。

「柿くえば　桃は三年　栗八年」。

「いや。栗も三年でしょ？」

「・・・・・。」

「桃栗三年、柿八年ですよ？」

「・・・・・。」

つまってます。

「もしもし？」

なのに森田じじい。

「お前の負けじゃ！」

「はぁあ？」

「五　七　五にならなかったな！おろかものが！わはははは」。

こっ、このじじいっ！

しかしこれ以上かまっていられません。

「いいけれど　電話をかわって　くれるかな？」

「あ～～～っと・・・」。

ん？

「こんなこと　してる間に　孫出かけ」


じじいーーーーーーっ!!!!!!


＜※おかげさまで復帰～～～。駐在さんの手も楽です＞

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