ぼくたちと駐在さんの700日戦争

洋次のギターは全国コンクールレベル。
まさにこれ以上の人選は考えられませんが。

「和美・・・洋次を・・・どうやって？」
「あの・・・。奥さんからポプラのマスターを通じて」

これに対してグレート井上くんがするどい指摘をします。
「和美、他校の生徒は出られない規則だぞ？」

「うん。わかってるけど」。

「規則を破ってまでやることか？バンドなんて・・・」

間髪おかずに和美ちゃん。
「お別れの予感・・・」。

かぶせるようにグレート井上くん。
「やろうっ！洋次くん！大歓迎だ！」

「？」「？」「？」

グレート井上くんの中で、なにかが崩れていっているように感じたのは僕だけ？

「洋次。やってくれるか？」

「もちろん！ママチャリさんとまたセッションできるなんてうれしいっす」。

「お前、ずいぶんと言葉丁寧になったなぁ」。

なにしろ洋次。出会った頃は、バリバリの族言葉。
タメ口どころか、上からものを言っていたくらいです。

「まー。客商売っすからねー、ポプラ。人間進歩するもんですよ」。

なるほど・・・。
彼にあった以前の暗さは、微塵も感じられません。

ともかく、和美ちゃんの機転で、僕たちは
学校で一番うまいドラマー、
学校で一番うまいキーボーディスト、
高校トップレベルのギタリスト。
が、揃ったことになります。
僕は興奮を隠しきれませんでした。

が、

「しかし・・・。和美。学校にばれないためとは言え、ジーンシモンズは派手だな・・・これ、チャーリーが？」

答えたのはチャーリー。
「ハハハ。うまいもんだろー。これからお前らもやってやるから」。

お前・・・ら？

「当たり前だろ？ジーンだけいるってバンドもおかしいし」。

「ウソ!?」

みんながマネージャーの和美ちゃんを見ます。

「ごめんなさい・・・。しかたないの」。

「やった！」
ジェミーだけは大喜びですが

「ば、ばか言え！なんだってKISSの化粧なんて・・・・」。
常識派のグレート井上くんがこんなことに耐えられるわけがないのであって・・・。

「やっぱり・・・ダメ？」

「あったりまえだろ！」

和美ちゃん。
「そうよね・・・。ここは清く後輩にゆずるしか・・・」。

すぐさまグレート井上くん。
「メイク！いいんじゃない？うん。僕は日本のポール・スタンレーさ！」

「？」「？」「？」

　井上？

どういう事情かわかりませんが、井上くんの中で、ひとつの「革命」が始まっているようでした。
＜ポール・スタンレー=KISSメンバー＞


「それにしても洋次」。

「はい？」

「そのメイクにクラッシックギターって、合わねーなぁ」。

「ああ・・・。うち、貧乏だからエレキ買えなくって」。

「ジェミー。お前の持ってるテレキャス貸してやれよ」。

＜テレキャス=テレキャスター。フェンダー社製のエレキギターで、1950年に発売開始され、今だに販売されている超ロングセラー＞

「いいですよ～。好きに使ってください～」

「え？ほんといいのか？サンキュー」。
洋次もうれしそうです。

「いえいえ」。

「ジェミーつったっけ？お前いいヤツだな～」。

「なんのなんのです～～～。お役にたてれば光栄です～」。


「洋次が加わったとなると、演奏曲目見直さなきゃな」。

「そうですねー。洋次先輩、クラッシック以外ではどんな曲できるんですかぁ～？」

「ジェミー。洋次はお前と同い年だよ」。
「え！そうだったんですか？」
「ああ。2年生だ」。

するとジェミー。
「で？なにできるって？言ってみろよ～。洋次～」。

いきなりタメ口。
この変わり身の早さもジェミー。

「そうだなぁ・・・」。
考え込む洋次。

「イルカとか？」

「ああ？」「はぁ？」

「いや～～～。洋次。そのメイクでイルカは無理だろう」。


＜イルカ=ご存知『なごり雪』の大ヒットで知られる女性フォークシンガー＞

「そうかな？」

「うん。ジーン・シモンズの演るイルカって想像つかない・・・」。
「火を吹くタイミングつかむの、むずかしそうだ」。

「”いま春がきて～”で、ブオーーーーってのは？」

洋次・・・。

「いや、けど、好きでこのメイクなわけじゃないからよー」。

確かに。


が、この時、にわかに廊下から聴こえてきた足音。
かなりの人数？
それも「差し入れ組」のようなせわしさがありません。

偵察はチャーリー。

「げ！やべ！工藤だ！」

僕たちは言うまでもなく「生徒指導課」の工藤先生は苦手です。
哀しい習性で、早々に隠れるチャーリー。

　ガララ。

音楽室の扉が開いて、工藤先生を筆頭として、音楽の先生、そして7、8名の女子生徒がゾロゾロと入室。

代表の女子生徒が
「ノミネートの検証です」。

「え？もう？早くないですか？」

「ええ。今年はノミネートが多いので」。

文化祭の実行委員会です。
実行委員会は、2年生以下で構成されていました。
たいていは、彼ら（彼女ら）が、来年の生徒会役員候補でもあるわけですが、1年生にはさすがに見慣れない顔が並んでいます。

言うまでもなく、注目は

　ジーン。

「なんでお前こんなかっこしてる？」
質問は工藤先生から。

「えっと。流行なんですよ～。流行」。
口のきけないジーンに代わって和美ちゃんが答えます。

「ふ～ん。けったいなもんが流行るもんだな」。
生徒指導課で鍛えたするどい目が光ります。

「で。お前、誰なんだ？」

実行委員も
「ノミネートの4人めは未定ってなっていますが」。

げ・・・やばい～。なにしろ僕たちのバンドは、前回、校外からのぶくんを引き入れたという前科があります。

ここでジーンが口を開いたら終わりですから、
「えっと～。こいつ麻生です」。

「え！チャーリー先輩？」「うそぉ？」「まさか！」
つれの女子だちが先に騒ぎ出しました。

工藤先生も
「麻生ぉお？」

・・・絶体絶命か？

が、工藤先生。
「あっそう・・・」。

「あはははははははは」。
このレベルでもウケまくるグレート井上くん・・・。
箸がころがってもおかしい年頃の娘たちでさえ、誰も笑ってないってのに、たいしたもんです。

これに気を良くした工藤先生。
すっかり疑いが吹き飛んでしまいまして
「麻生。ギターなんてできたっけか？」

するどい！
すると実行委員も
「枠とりのための人数合わせはだめですよ？」

「いえ。チャーリー、特訓したんですよ」。

「ほほぉ。そこまで言うなら弾いてみろ」。

「はぁ？」

「なんか弾いてみろ。麻生」。

ぜったいに口をきけないジーン。僕からエレキギターを受け取ると
ジェミーになにか指でテンポを指示して

弾き始めました。

が、それがなんと！

「じぇ、ジェフズ・ブギ？？」

洋次。女子を目の前にしてはりきってしまいました・・・。

＜ジェフズ・ブギ=Jeffs Boogie。世界3大ギタリストのひとり、ジェフ・ベックがお遊びで弾いたハイテクニックなギターソロ曲。自由度が高く、世界中のギター小僧の憧れの1曲となった＞
Jeffs Boogie　画像はこちら


ジーン・・・いや。チャーリーの演奏が終わると

「・・・・・・・」。
「・・・・・・・」。
「ウソ・・・・・」。

誰も声が出ません。
そりゃそうだ。天才ですから。

・・・洋次。お前イルカって言ってたじゃん・・・。

「す、すごいな。麻生・・・」。
驚いているのは工藤先生だけではありませんでした。

「チャーリー先輩・・・カッコイイ・・・」。
「麻生先輩～。ステキ・・・・・」。
実行委員の女子たちが手を前で合わせちゃってます。

ああ・・・大騒動の予感・・・。


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