ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＜おことわり＞本日より作戦実行モードなのでシリアス多いです

僕は、母に出てもらえば、学校はかたづく、という確信がありました。
それほどに先生がたは「母が苦手」で、母は「説得」が得意でした。
しかしこの日。僕は母に「生徒指導」のことを伝えませんでした。

　今回は自分でかたづけよう。

昨日の豆腐グラタンの熱さが、僕にそう決意させていました。
理由にさえなっていないのですが、ただなんとなく。そうすべきだと思わせました。

出掛け際、母は
「お前」。

「ああ。なに？」

「先に怒った方が負けだからね」。

わかってか、わからずか。
少なくとも「行ってらっしゃい」以外の言葉で、母は僕を送り出しました。

「うん。わかってるって」。

おかげで僕は、登校の間中、その意味を振り返ることになりました。

それにしても。
なんでこう学校に「包帯をしていく」ってのは、ウキウキするんでしょうか？不思議です。

「えー！どうしたの？そのケガ」。
「だいじょうぶなの？」
「また危ないことしたの？」

そしてこういう場合の答え方は、文部省が定めておりましたので

「いや。なんでもないってー」

これです♪
この瞬間のヒーロー度がたまりません！
特に女子の圧倒的に多い我が校にあっては、包帯は、どんなカッコわるいヤツでもヒーローに仕立て上げる威力がありました。

が。

そんな僕をにがにがしく見ている人がひとり。

そうです。和美ちゃんです。

和美ちゃんは、わざわざ廊下まで出て来て、僕を心配そうな顔で見ていました。
女子たちに囲まれてヘラヘラしている場合じゃありません。
しかし和美ちゃんは、僕に声をかけるでもなく、教室へと消えていきました。

　あ・・・。しまった・・・。

あとであやまらなくっちゃ・・・。


生徒指導の呼び出しは、1校目が終えてすぐでした。
僕は和美ちゃんに弁解したかったのですが、やむをえません。

正直、この時間の呼び出しに僕はほくそえんでいました。
生徒指導の内容は、その呼び出された時間によって違います。
最も長いのは言うまでもなく、放課後で、午前の呼び出しは「内容が軽い証」でもあるからです。

「ケガは大丈夫なのか？」
案の定。工藤先生の態度はやわらかいものでした。

が。内容はまるで異なりました。

「お前は今日はもう帰っていい」。

「帰って、いい？」

「そうだ。警察からの報告でお前が被害者であることはわかっている」。

「だったら・・！」

僕は語気を荒げようとして、瞬間母の言葉を思い出していました。

「なぜ・・・です？」

「ん。なにしろ前回の停学から数日しか経ってない」。

サンマ事件のことです。

「その絆創膏だらけの姿で学校をうろつかれちゃたまらん」。

「ええ？」

僕は再び、怒りを鎮めるのに苦慮しなくてはなりませんでした。

「どうでもいいが、頼むから卒業間際に問題起こさんでくれ」。

卒業間際・・・か。
先生も転勤がかかっています。
この時期の問題はやはり「公務員として」困るのでしょう。

僕はそんなことはおくびも出さずに
「はい。すいません」。

素直に詫びました。
僕にとっても、先生にとっても、この問題は大きくしないほうがいい。
利害の一致というやつです。

「明後日まで登校禁止」。

そしてこれが判定でした。

先生はあえて「停学」とも「自宅謹慎」とも言いませんでした。
学校の校則にはない、強いて言えば風疹とかハシカなど流行性の病気のときのものです。
それが工藤先生、めいっぱいの配慮なのでしょう。


「登校禁止ぃ？」
チャーリーが少々オーバーに驚きます。

千葉くんも
「ここにきての2日ってのは痛くないか？」

「うん。ちょっと痛い。まぁ、手は考える」。

「今日はどうする？」
2人は同じ質問をしました。
この日、僕はチャーリーや千葉くんたち中学同窓で、母校をたずねることにしていたのです。

「もう佐伯に連絡しちゃったぞ？」

佐伯とは、僕たちが中学校のときの社会科の先生で、進路指導の先生でもありました。
昨日、僕はこの佐伯先生に連絡をとるよう、チャーリーに頼んでいたのです。

「うん。わかってるって。予定は変えない」。

もうミスマスカットまでの期限も迫っていました。
僕は、どうしてもミスコンまでにはこの問題をかたづけたかったのです。

　とは言うものの・・・。

僕が思わぬ早退となったため、昼はポプラで和美ちゃんといっしょにいました。

案の定、和美ちゃんはご機嫌うるわしくなく
「ヘラヘラしちゃって・・・」。

「いや・・・そんなことないってば」。

しかし和美ちゃんの、むくれていた原因は意外なことでした。

「そのケガ。バナナちゃんを守るためですってね・・・」。

「はぁ？」

「バナナちゃん。可愛いもんね。KJ館だしね」。

「ちがうよ。和美ぃ。誤解すんなって」。

「知らない」。

そうです。和美ちゃんは、包帯に寄って来た女子ではなく、原因であるバナナちゃんに嫉妬していたのです。

「いや・・・あのねぇ・・・」。

僕は孝昭くんがバナナちゃんに思いをよせていること。
僕の「闘い」は、ジェミーを守るためのものだったこと。
あらゆる言葉で和美ちゃんを説得しました。

正直なところを言うと、ポプラでこの会話は堪えました。
なにしろマスターがいます。
知り合いの前での「痴話げんか」は、あまりみっともいいものではありません。

が、そんな僕の気を知ってかしらずか、和美ちゃんはむくれっぱなし。

そのマスターは、というと、カウンターごし。そんな僕をニヤニヤしながら見ています。

僕は小声で
「いや。僕が好きなのは和美だけだってば」。

コソコソと。悪事でもしているかのように言いました。

「ほんと？どんなことあっても？」

「ああ。どんなことあっても！あたりまえだろ？」
またコソコソと僕。

「もっとハッキリ言って」。

「んあ？」

「言えないのね」。

「いや・・・そうじゃなくって。ここじゃちょっと・・・」。

僕は横目でマスターを気にします。
マスターはそ知らぬふりをしていますが。

　絶対聴いてる顔だ。あれは。

おかげで会話が途切れました。

と、マスター。
「あーーー。ママチャリくん。言ってあげなよー。僕はぜんぜん聴こえてないから」。

聴こえてんじゃんっ！全会話！
コソコソまで！

わかったよ。わかりましたよ。

「僕が好きなのは和美だけ！」

和美ちゃんは、初めて笑顔を見せて
「コーヒー。冷めちゃうよ？」

「ああ。熱いうちは飲めないんだ。口ん中切れてるから」。

「あー。そうなのかぁ・・・」。
と、自分のカップを持ち上げると

「ハフハフする？」

「えっ！」

脳裏に母が高笑いする顔がうつりました。

「くそ～～～～。母ちゃんのやつ～～～」。

「なに悔しがってんの？」

こんなとこまで予測されるとは・・・。

「ところでさ。和美。たのみがある」。

「なぁに？」

「今日、僕のかわりにチャーリーたちと中学校行ってくれないか」。

「中学校？なんで？」

「社会科の佐伯先生。和美、仲よかったろ？」

「うん。バレー部の顧問だったし」。
コクンと和美ちゃん。

「訪ねてほしいんだよ」。

「ふうん。いいけど。会ってなにするの？」

「泥棒」。

「えええ？？」

「正確には自分たちのものをとりもどす」。

「自分たちの？なにを？」

「失われた過去だ」。



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