ぼくたちと駐在さんの700日戦争

和美ちゃん、という手段を失った僕たちは、最終手段「買う」に出たわけですが（「買う」が最終手段ってのもすごい）、ここで僕たちはさらなる難関に出会ってしまいます。

すでに秋ですから、一般の用品店には水着はありません。
そこで思いついたのがN市にあるスポーツ店でした。

ここには冬期を除いては、競泳用の水着が置いてあります。

「ここだ、ここ」。

水泳部である千葉くんは、ここの水着担当のかたを知っています。
というより運動部員の多い僕たちグループには、おなじみのメンバーが複数いました。

「かんべんしてください～～～～」。
まだダダをこねているのは、ジェミー。
でもしっかり女装。

「セーラー服でダダこねんじゃねぇよ！」
「そうだ。ハタからヘンな目で見られんだろ？」
「さっさと試着しろ！」

僕たちが立っているのは試着室前。

「しかし知らなかったなー。水着が試着できるなんて・・・」。

と言いつつ

「ということは、ここにある水着の何割かは、試着されたってことか・・・」。

まるで宝の山でも見つけたかのような表情の西条くんたち。
みんな手が出かかっているのを、一所懸命に押さえているようです。

なにしろ男子高校生集団が、女性水着をとって見ているというのは、店内でもかなり奇妙な光景。
その前に、女性水着をズラリと取り囲んでいるってのもそもそもへんなのですが。

「着替えました～～ ～ ～ ～」。

試着室から弱々しく、ジェミーの声がしました。

「よっしゃ。どれどれ」。

　シャッ!

と、カーテンが開いて

「え・・・・・」。「あ・・・・」。



　ばははははははははははは！

「じぇ、じぇ、じぇみー！かんべんしてくれ！わははははは」。

全員が試着室前で悶絶。

「ひゃああああ、す、す、す、すげ～～～」。

なぜなら

「じぇ、じぇ、ジェミ～～～。 パンツまで脱ぐなよ～～～～～」。

そうです。ジェミー。
しっかり下着まで脱いで試着。

「え！だって水着ですよ？パンツ履かないでしょ？」

まだハイレグといったものがなかった時代でしたが、競泳用は違いました。
きりっとVラインは切れ上がり
そこから

「両脇に～～～～両脇に～～～、こ、こ、こ、あはははは」。
「こぼれ出てる～～～。あははは、あははは、あははは」。
「ゆ、ゆ、ゆるしてくれ～～～～。あはははははは」。
「お、お願いだから、し、し、しまってくれ～～～～。わはははは」。

大大大爆笑。

そうです。Vゾーンを中心にきっちり両脇にはみ出てるものが。

「だ、だ、誰かトクホン買ってこいーーー！は、はやく！わははははは」
「っつーか、パンツはけよ～～～。あほ～～～～～！あははははは」
「トクホン～～～～～～～～～。ひぃひぃひぃ」。

「え～～～。この水着、せまくてしまえません～～～～」。

泣いているのはジェミーだけ。


こうして店をあとにした僕たちでしたが

「・・・・・」「・・・・・」「・・・・・」

誰も言葉が出ません。
そうです。笑いすぎて疲労こんぱいしてしまったのです。

「ひ・・・・」。
「は・・・・」。

たまに出る声はこんなもので、単語になっていません。
ラマーズ法のようにしてようやく呼吸がなりたっている、という状況。

駅に着く頃にようやく落ち着いてきて

「あ～～～、思い出してもぞっとする」。
「きっちりふたっつなんだな～～～。あは、あは、あは」。
「うん。思い知った」。
「さすが玉って言うだけあるな～」。
なんの玉かはさておいて。

それはもう、たまに飲食店にある狸の置物なんてもんじゃありません。
真ん中がおもいっきりつり上げられておりますので、奇麗に2分割。

「しかしあれは審査員ひくな～～～」。
「うん。ひく」。

いや。ひく以前にいっぱい問題あるぞ。西条。
爆笑大会じゃないんだから。

「うーん。あれでバレないようにするには～～～～」。

「もうあきらめてください～～～！」

しかしこれまで冗談半分のあった僕たちでしたが、ジェミーの水着姿を見て、そのあまりの面白さにみんな覚醒してしまいました。

「いや！初心貫徹だ！」
「そうだ！あきらめちゃいけない！」
「投げ出しちゃ、また負け犬だぞ！ジェミー！」

なんの負け犬でしょう？

「負けていいです～～～～～～～！」

ごもっとも。

しかも
「あれはほら。上にあげて固定しかないな」。
「うん。小学生くらいだとなー。もっと上まで入るけど」。
「ジェミー、ちっちゃいからなんとかなるんじゃないか？」

「なりませんっ！」

しかし競泳用水着のVラインは、どうやっても隠し切れないということがわかってしまいました。

「フリフリついてないとダメだなぁ・・・」。
「そんなんついてるのって・・・もう買えないぞ」。
「うーーーん」。

すでにN駅にも『ぶどう祭り』のポスターが貼られていました。
その下に『ミス・マスカットコンテスト』が催しのひとつとして列記されています。

「これで優勝すんのかぁ」。
「すごいなぁ。ジェミー」。
「うん」。

まだ確信してるのがすごい。
はみ出してんのに。

→ → → → →

週末。僕たちは昼食を食べずに駐在さんのところに集合。
そうです。この日、お金持ちの馬主さんに会いに行くのです。

が。五十嵐さんは私服でしたが、どうしたことか駐在さんだけ制服。

「あれ？駐在さん、制服のまんま？休みじゃないんですか？」

「ん。休みだ」。
「じゃ、なんで？」

「ん。何が起こるかわからんからな」。
「何がって？」

「というか、お前らが何起こすかわからん」。

「まさかぁ。なんだってまた」。

「自分の胸に聞いてみろっ！」

「あ・・・はい。聞いてみることにします・・・・」。

出発間際、奥さんが愛ちゃんを抱いて出て来ました。

「うわ～～～。愛ちゃんだ～～～～」。
「かわい～～～～～」。
愛ちゃんのまわりにはすぐに笑顔が集まります

そして
「西条！さわるな！ママチャリ！2m以内に寄るな！」

必ず怒声も飛び交うのです・・・。

奥さんの見守る中、僕たちは、村山くんのトレノと、駐在さんのバイオレットに分乗。

駐在さんと五十嵐さんの後ろは、僕と西条くんと孝昭くん。
これは駐在さんの指定でした。
つまり「何起こすかわからん」組です。

奥さんが笑顔でお見送り。

「あなた～～～、気をつけてね～～」。
「おー。おみやげ買ってくるからな」。

次に奥さん。
「あ。ママチャリくん？」

僕に声をかけました。

「気をつけて・・・ね・・・」。

なんか駐在さんに言った「気をつけて」と、僕に言った「気をつけて」は意味がちがうような・・・。

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