ぼくたちと駐在さんの700日戦争

サチコにそんな能力があるわけもなく・・・。

「地震きませんね・・・」。

「そのうち来るっ！」。

「はいはい」。

が、この程度ではひるまないのがBJの長所です。

「しかし奇遇だな・・・。こんなところで君らに会うなんて」。

「いえ。ここ井上の家ですから」。
「うん。ぜんぜん奇遇じゃないぞ」。

BJ。これもカンペキ無視。

「君らにはきっとまた会えると思っていたが。まさかこんな早く・・・」。

「だから再診でしょ？今日」。
「絶対会えるじゃん」。
「ってか会えなきゃ困るんですよ。先生」。

「うるさいなぁ。君らは。いちいちいちいち」。

自分が「入る」障害は、ことごとく受け付けないBJ。

「みんな、こんちわ！」
後ろから声をかけてきたのは、いつの間にそこにいたのか、奈々ちゃんです。

「あ。奈々ちゃん。こんちわ～～～」。
「今日も手伝い？」

女子というだけで満面笑顔の僕たち。
というか「普通の人」がこんなにありがたいなんて。

「患者さん、でかい動物ばっかりだから一人じゃたいへんなのよ」。
「へぇ」。

「だから私が下校してからの訪問診療になるの」。

なるほど。

さらにそこへ
「あら。先生」。

グレート母さんが出て来ました。

「あ。奥さん、いつもどうも」。

「こんばんは～～～」。
僕たちも挨拶します。

「あら。あなたたちも。あ、おタカさんは元気？」
僕に声をかけました。

「ええ。おかげさまで。あいかわらずです」。

するとグレート母さん
「あなたのお宅で、馬飼ったんですってねぇ」。

「ええ・・・。まぁ」。
僕が飼ったこととして伝わっているようです。

「怪我してるんですって？たいへんね」。

「ええ。それで先生に・・」。

するとグレート母さん。
「先生、馬とかも診療されるの？」

「ええ。奥さん。"昔とった衣笠"ってやつですよ～」。

昔とったキヌガサ？
昔とったキネヅカって言いたいのか？
「キ」しか合ってないぞ？

しかし「カープねた」ですので

「ま～～～。おほほほほほほほほほほほ」
グレート母さん、バカウケ！

で。もうひとりウケてます。

「むかしとったき～～、きぬがさ～～～。あはははは」。
息子のグレート井上くん。

そうか。井上くんの沸点の低さは、どうやら遺伝のようです。

しかし、チャーリーが
「先生、今の”き”しか合ってないぞ」。

するどくつっこみます。

「フッ・・・。みなさんそうおっしゃる・・・」。

おっしゃるでしょうねぇ。ほんとに「き」しか合ってないですから。
入ってる場合か？BJ。

そうだ！そんなことをつっこんでる場合じゃない！

「先生！クイーンの様子がおかしいんですよ！」

「おかしい？」

「ええ。櫓組んだんですが、それをずっと蹴り続けてるんです」。

「蹴り続けてる？」

「ええ」。「うん」。

「蹴るねぇ・・・」。

手を顎に当てて考え始めました。ポーズがブラックジャックの表紙のようです。

「だからすぐ来てください！」
「それで迎えに来たんです！」

「ふむ・・・」。
しばしブラックジャックポーズのまま考え込む先生でしたが

「アニキぃ。すぐ行ってあげてよ」。
「先生、うちのサチコはいいですから。行ってさしあげてくださいな」。
奈々ちゃんとグレート母さんが後押ししてくれました。

「よし！わかった！すぐ行こう！」

バッっと、マントをひるがえし、さっそうとミニクーパーへと向かいますが

　ジャラジャラジャラジャラ、チャリ～ン、パリ～ン

「またかよ。先生」。
「少しは留め具工夫しろよ～」。
「っていうかコートに入れ過ぎだって」。

あわてて拾い集めるBJでしたが。

「あ～～～～っ！『5年の科学』のコマゴメピペットがぁ～～～～～っ！」

またガラスもん入れてきたのか・・・。
何で持ち歩いてんだ？コマゴメピペット。

＜駒込ピペット＞


ミニクーパーを先導して走るトレノ。すでにあたりは暗く、空には月が出ていました。

家につく直前、そのさらに後ろから単車のライトが見えたかと思うと

　フォォォォォォォォン

僕たちと先生の車を猛烈なスピードで追い抜いたバイクが1台。

「あれ？今の孝昭じゃ・・・」。

その通りでした。
孝昭くんもトレノに気づいていたらしく、パパパッと、ブレーキランプをまたたかせました。

「孝昭、かっけーじゃん！」

確かに。

「ああ。奈々ちゃん乗ってるってわかったんじゃない？」

西条くん。
「くそ～～～～！ミサイル発射！」

なにが悔しいのか、ラジオのボタンを押しますが

「西条！」

村山くんに怒られてます。


家につくと、わずかに先についた孝昭くんがバイクをおり、メットをはずそうとしていました。
「よー。遅くなったな。わりぃ」。

「やっぱ孝昭だったか」。

もともと不良ですが、まだ暑いというのに革ジャンを着込んだ孝昭は、いかにも不良っぽく、なかなかなものです。
しかしミニクーパーから降りて来た奈々ちゃんを確認すると、挨拶をするでもなく、ソッポを向きました。

「こんばんは」。
奈々ちゃんの挨拶にも

「お、おお」。
とっぽい返事をする孝昭くん。

　あ・・・孝昭、意識してる。やっぱりか？


小屋からはあいかわらず

　ガーーン
　ガーーン

という、殴打音が響いていました。

「あれです！先生」。

「ああ。あれか」。
先生には、あわてた様子はありません。

「ふむぅ・・・。おかしいなぁ」。

「なにがです？」

先生は小屋に入って明かりをつけると、櫓が組まれていることに驚かれました。

「これ、誰が？」

「ああ。父です」。

「へぇーー。これは飼ったことある人の仕事だな・・・」。

しきりに感心していましたが、包帯の患部を見ると

「ふぅーん・・・早すぎるな」。
と、つぶやきました。

「なにがです？先生」。
「クイーン、大丈夫なんでしょうか？」

先生は
「ああ。経過は良好だ。安心したまえ」。

「よかった～～～」。

胸をなでおろす僕たち。

「たぶん最初に診た先生の処置がよかったんだな。K競馬場って言ったっけ？」

「ええ」。

「あそこの先生は名医として評判高いんだ。ラッキーだったね」。
（現大井競馬場医長）

「先生とどっちが？」
こら！西条、余計なこと聴くな！

「どっち？フッ・・・私はモグリだからね・・・」。

ほら。入っちゃった。どうしてくれる？

「こんなご立派な病院ではねぇ。私の出る幕はなさそうだ」。

「いや、先生。ここ病院じゃないし」。
「出てもらわないと困るんですよ」。
「モグリでいいですから」。

しかし


「それでも私は馬を治すんだ！」

天を仰ぎ叫ぶBJ。

どうでもいいけど、クイーンがものすごくビックリしてるんですけど。



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