表彰式の行われるホールは、思ったよりもずっとたくさんの人が入っていて、遅く会場入りした僕たちは立ち見になりました。
まだ前に少し空き席があったで、係の人が前に座るよう進言してくれましたが、僕たちは全員これを断りました。
表彰式は、全ての展示物、出し物の合同で、リボンフラワーは比較的後でした。
ひな壇の向こうに早苗さんの姿がありました。
もちろん令子さんの姿も。
しゅくしゅくと表彰式は進み、やがてリボンフラワーです。
優勝は・・・・
案の定、令子さんでした。
「早苗さん・・・。やっぱり負けたか・・・」。
「ああ・・・。残念だな」。
受賞者は、それぞれショートスピーチをするのが習わしのようで、令子さんが壇上で、流暢な挨拶をしていました。
そして準優勝は。
早苗さんでした。
拍手に包まれ受賞の挨拶です。
早苗さんは、ぎこちなくひな壇の上に立ち、しばらく会場を見回していました。
静まり返る会場。
そして、ゆっくりと。静かに語り始めました。
「あたしの父ちゃん・・・父は・・・・」。
「自営の仕事で県外に行きっぱなしで。ほとんど家にいません」。
唐突な挨拶の出だしに、みんなきょとんとしています。
「母ちゃん・・・母は、准看護婦で、夜勤を1週間、準夜勤を1週間、日勤を1週間のスケジュールで。やっぱりほとんど家にいませんでした」。
なにを言いたいんだろう?
早苗さん・・・。
「小学校んときから、毎日毎日、ひとつ歳下の弟といる毎日で・・・」。
「孝昭のことだ・・・」
「シッ・・・・」。
「お正月も。クリスマスも。一度も親とすごした記憶がありません。いっつも弟と二人っきりで・・・」
「あたしは、なんにも知らないガキだったから・・・」
「わずか1日500円の夜勤手当のために、子供を見捨てた母をうらみました。そいで・・・バカだからグレて・・・」。
早苗さんは静かに続けます。
それは時おり、聞きづらくさえなりましたが
「小学校5年の夏・・・。弟がひどい熱出して。寝込んで。でもそんときも母は仕事を休みませんでした。深夜勤は看護婦ひとりだからです」。
「そいで・・・」。
「いつもは母ちゃんがお菓子とご飯おいてくんだけど。夏だったんで喰えなくなってて・・・」。
「弟が夜中、姉ちゃん、姉ちゃん、って言うんで。腹減ったの?なに喰いたい?って聞いたら・・・」。
「ジンダン餅*が食べたいって・・・」。
(ジンダン餅。大豆をすりつぶした豆でつくる餡。宮城県ではズンダ、山形県、福島県ではジンタンとも言う)
「あ・・・」。
孝昭くんが声をもらしました。
「ちょうど父がつまみに買っていた枝豆があったんで。あたし、それを見よう見まねですりつぶして。砂糖入れて・・・」。
「ジンダン餅を。ぼた餅みたいにつくったんです。初めての料理らしい料理でした」。
早苗さんは急に照れたように
「今思えばとても喰えた味じゃなかったんだけど。弟はそれをおいしいおいしいって。いくつもいくつも食べてくれて・・・」。
「そいであたし。こんなに喜んでくれるなら、って。豆がある限りジンダン餅つくりました。毎日毎日。弟も毎日毎日、それをおいしいって。食べてくれて・・・そいで・・・」。
「それから弟のために料理始めました。おかげで・・・家庭科だけは学校でも褒められるんで・・・」。
「他の教科全部ダメだったけど。家庭科だけ1番になりました」。
会場から少し失笑がもれました。
「そいであの・・・中学校んなったときに。理科の先生がスイートピーの話したときに。あたし・・・手ぇあげて」。
「あたし。それまでずっと。スイートピーって甘い豆だから。ジンダン餅のことだって思ってたんです」。
「みんなから笑われました。だって。大豆ですもんね。ジンダン」。
会場が少しだけざわつきます。
「けど、今回の展示会で。なんか出してって言われた時に・・・」。
再び静まり返る会場。
「あん時の。弟の笑顔思い出してー。その・・・甘い豆・・・スイートピーつくろうって・・・決めたんです」。
そうだったのか・・・。
それで孝昭の鞄に・・・。
スイートピーはジンダン餅のことだったんだ・・・。
会場は物音ひとつしません。
孝昭くんは、というと・・・。
ボロボロと涙をこぼしていて。
それをぬぐおうとさえしていませんでした。
「いつか別れ別れになる弟だけど。そうすれば思い出は消えないかなぁ、なんて。はは・・・・」。
早苗さんは、そこまで言うと・・・。
感極まったのか、大慌てで頭だけを下げて。袖へと下がっていきました。
最後の「ありがとうございました」という声は、かすれて言葉になっていませんでした。
パチパチパチ
最初に拍手をしていたのは。
その弟。孝昭くんでした。
やがてみんなも一斉に、手が痛くなるほど拍手をして。
他の人たちには突拍子もない話であったかも知れませんが、僕たちには違いました。
なぜなら孝昭くんのお弁当も朝ご飯も晩ご飯も。みんな早苗さんが作っていると知っていたからです。
やがてなりやまない拍手が、袖に下がった早苗さんを包んでいました。
その拍手の中で孝昭くん。
「俺・・・・・」。
「俺。バカだ・・・・」。
僕たちは早苗さんが出て来るのを待たずに、外へと出ていました。
「五十嵐さん。探す」。
言い出したのは孝昭くんです。
「ああ」。「うん」。「探そ」。
しかし。非番の五十嵐さんをどうやって探したらいいでしょう?
僕たちはとりあえず、駐在所へと向かうことにしました。
駐在さんなら、同じ警察官。情報を得ることができると思ったのです。
ところがそこを
1台の軽トラックが走って行くのが見えました。
その荷台には・・・
「あ!あれ五十嵐さんだ!」
「え?なんでわかる?」
「だって荷台にスイートピー・・・あんなに積んでる車いるわけない!」
五十嵐さんは、やはり会場のどこかにいたのです。
「追っかけろ!」
西条くんが言いました。
言われるまでもなく、僕たちは軽トラックの行った方へと走りました。
しかし。会場を訪れる車と出る車がごった返して、なかなか道路にたどりつけません。
僕たちは、五十嵐さんの軽トラックを見失ってしまいました。
「あ~あ。どこ行ったんだろ?」
「駐在所にいねぇし。孝昭んちにいねぇし」。
ここでグレート井上くんが、
道路に落ちている花びらを見つけました。
「これ。スイートピーの花びらだ・・・」。
「あ。ほんとだ!この道通ったんだ!」
「どっちに向かった?」
そうです。花びらがあっても、どっちの方向かわかりません。
グレート井上くんは、少しだけ考えると
「あっちだ!」
※本日フィナーレ。3話連続アップです。最終話へどうぞ→



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まだ前に少し空き席があったで、係の人が前に座るよう進言してくれましたが、僕たちは全員これを断りました。
表彰式は、全ての展示物、出し物の合同で、リボンフラワーは比較的後でした。
ひな壇の向こうに早苗さんの姿がありました。
もちろん令子さんの姿も。
しゅくしゅくと表彰式は進み、やがてリボンフラワーです。
優勝は・・・・
案の定、令子さんでした。
「早苗さん・・・。やっぱり負けたか・・・」。
「ああ・・・。残念だな」。
受賞者は、それぞれショートスピーチをするのが習わしのようで、令子さんが壇上で、流暢な挨拶をしていました。
そして準優勝は。
早苗さんでした。
拍手に包まれ受賞の挨拶です。
早苗さんは、ぎこちなくひな壇の上に立ち、しばらく会場を見回していました。
静まり返る会場。
そして、ゆっくりと。静かに語り始めました。
「あたしの父ちゃん・・・父は・・・・」。
「自営の仕事で県外に行きっぱなしで。ほとんど家にいません」。
唐突な挨拶の出だしに、みんなきょとんとしています。
「母ちゃん・・・母は、准看護婦で、夜勤を1週間、準夜勤を1週間、日勤を1週間のスケジュールで。やっぱりほとんど家にいませんでした」。
なにを言いたいんだろう?
早苗さん・・・。
「小学校んときから、毎日毎日、ひとつ歳下の弟といる毎日で・・・」。
「孝昭のことだ・・・」
「シッ・・・・」。
「お正月も。クリスマスも。一度も親とすごした記憶がありません。いっつも弟と二人っきりで・・・」
「あたしは、なんにも知らないガキだったから・・・」
「わずか1日500円の夜勤手当のために、子供を見捨てた母をうらみました。そいで・・・バカだからグレて・・・」。
早苗さんは静かに続けます。
それは時おり、聞きづらくさえなりましたが
「小学校5年の夏・・・。弟がひどい熱出して。寝込んで。でもそんときも母は仕事を休みませんでした。深夜勤は看護婦ひとりだからです」。
「そいで・・・」。
「いつもは母ちゃんがお菓子とご飯おいてくんだけど。夏だったんで喰えなくなってて・・・」。
「弟が夜中、姉ちゃん、姉ちゃん、って言うんで。腹減ったの?なに喰いたい?って聞いたら・・・」。
「ジンダン餅*が食べたいって・・・」。
(ジンダン餅。大豆をすりつぶした豆でつくる餡。宮城県ではズンダ、山形県、福島県ではジンタンとも言う)
「あ・・・」。
孝昭くんが声をもらしました。
「ちょうど父がつまみに買っていた枝豆があったんで。あたし、それを見よう見まねですりつぶして。砂糖入れて・・・」。
「ジンダン餅を。ぼた餅みたいにつくったんです。初めての料理らしい料理でした」。
早苗さんは急に照れたように
「今思えばとても喰えた味じゃなかったんだけど。弟はそれをおいしいおいしいって。いくつもいくつも食べてくれて・・・」。
「そいであたし。こんなに喜んでくれるなら、って。豆がある限りジンダン餅つくりました。毎日毎日。弟も毎日毎日、それをおいしいって。食べてくれて・・・そいで・・・」。
「それから弟のために料理始めました。おかげで・・・家庭科だけは学校でも褒められるんで・・・」。
「他の教科全部ダメだったけど。家庭科だけ1番になりました」。
会場から少し失笑がもれました。
「そいであの・・・中学校んなったときに。理科の先生がスイートピーの話したときに。あたし・・・手ぇあげて」。
「あたし。それまでずっと。スイートピーって甘い豆だから。ジンダン餅のことだって思ってたんです」。
「みんなから笑われました。だって。大豆ですもんね。ジンダン」。
会場が少しだけざわつきます。
「けど、今回の展示会で。なんか出してって言われた時に・・・」。
再び静まり返る会場。
「あん時の。弟の笑顔思い出してー。その・・・甘い豆・・・スイートピーつくろうって・・・決めたんです」。
そうだったのか・・・。
それで孝昭の鞄に・・・。
スイートピーはジンダン餅のことだったんだ・・・。
会場は物音ひとつしません。
孝昭くんは、というと・・・。
ボロボロと涙をこぼしていて。
それをぬぐおうとさえしていませんでした。
「いつか別れ別れになる弟だけど。そうすれば思い出は消えないかなぁ、なんて。はは・・・・」。
早苗さんは、そこまで言うと・・・。
感極まったのか、大慌てで頭だけを下げて。袖へと下がっていきました。
最後の「ありがとうございました」という声は、かすれて言葉になっていませんでした。
パチパチパチ
最初に拍手をしていたのは。
その弟。孝昭くんでした。
やがてみんなも一斉に、手が痛くなるほど拍手をして。
他の人たちには突拍子もない話であったかも知れませんが、僕たちには違いました。
なぜなら孝昭くんのお弁当も朝ご飯も晩ご飯も。みんな早苗さんが作っていると知っていたからです。
やがてなりやまない拍手が、袖に下がった早苗さんを包んでいました。
その拍手の中で孝昭くん。
「俺・・・・・」。
「俺。バカだ・・・・」。
僕たちは早苗さんが出て来るのを待たずに、外へと出ていました。
「五十嵐さん。探す」。
言い出したのは孝昭くんです。
「ああ」。「うん」。「探そ」。
しかし。非番の五十嵐さんをどうやって探したらいいでしょう?
僕たちはとりあえず、駐在所へと向かうことにしました。
駐在さんなら、同じ警察官。情報を得ることができると思ったのです。
ところがそこを
1台の軽トラックが走って行くのが見えました。
その荷台には・・・
「あ!あれ五十嵐さんだ!」
「え?なんでわかる?」
「だって荷台にスイートピー・・・あんなに積んでる車いるわけない!」
五十嵐さんは、やはり会場のどこかにいたのです。
「追っかけろ!」
西条くんが言いました。
言われるまでもなく、僕たちは軽トラックの行った方へと走りました。
しかし。会場を訪れる車と出る車がごった返して、なかなか道路にたどりつけません。
僕たちは、五十嵐さんの軽トラックを見失ってしまいました。
「あ~あ。どこ行ったんだろ?」
「駐在所にいねぇし。孝昭んちにいねぇし」。
ここでグレート井上くんが、
道路に落ちている花びらを見つけました。
「これ。スイートピーの花びらだ・・・」。
「あ。ほんとだ!この道通ったんだ!」
「どっちに向かった?」
そうです。花びらがあっても、どっちの方向かわかりません。
グレート井上くんは、少しだけ考えると
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- 特別編:スイートピー・ロード 第11話
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感激です。そんな思い出があったんですね・・・
お姉さん、ぜひとも幸せになって欲しいです。
う、早苗さんの話なけますね。
次でフィナーレどうなるのか。
皆~!!早く五十嵐さん捕まえて!!
早苗さん。。。素敵だぁ~、、、
感動しちゃいました。。。。
泣けてきた。
涙が。。。こういうお話、いっとう弱いです・・・
スイートピーにそんな事情が……五十嵐さんにも聞いていたもらいたかったなぁ。
今日はくろわっさんの米返しが無いから、家族サービスかなぁと思ってたら、ず~っと執筆していたんですね。
あと一話ですね。お疲れさまです。
ううっ
早苗さん、孝昭くん思いのほんとにいいお姉さんだ。
みんな!五十嵐さん早く見つけて!
そういうトラウマか・・・
悲しいような微笑ましいような・・・
両働きの家庭ってそういうの多いですよね
なんかおr・・・早苗さんが他人に
思えなくなってきた・・・
俺も男だけど、やっぱり、男は馬鹿だね・・・・
まだ後1話あるのに涙が・・・
早苗さんと孝昭くんの兄弟愛すばらしいです!
令子さんもいい人だろうけど、五十嵐さんは早苗さんと幸せになってほしいな
洋次くんのときも泣けたけど・・それ以上です(泣
五十嵐~~!!(呼び捨て 早苗さんが泣いてるよ・・
早く、幸せな笑顔にしてあげて!!
孝昭と早苗さんのスイートピーの思い出・・・。
いい姉貴もって幸せだな孝昭。しゃもじでビンタしてくるけどな・・・。
はずかしい思い出ってこういうことだったんですね。
孝昭くんもこれで五十嵐さんと早苗さんの仲を認めるんだ。
あとは五十嵐さんが早苗さんを幸せにできるって証明するだけですね。
がんばれ五十嵐さん!
早苗さんと孝昭くんとの大切な思い出。
こんなに深い愛情がスイートピーに込められていたなんて・・・。
井上くんが示した道はどんな道に続くのか・・・
涙で前がよく見えません。
早苗さん
うちの息子達も夜中に、お兄ちゃんが弟を寝せてたっけ
早苗さん、自分の幸せ 掴んでちょー
走れ、孝昭!
お欄のスイートピーと姉弟愛、孝昭くんの受け止め方。
そしてママチャリくんと仲間達、早く五十嵐さんへ知らせるんだぞ~!
あぁ・・・最終回を待たずに涙が・・・。
早苗さん、ステキな女性です。
見かけはスケ番でも、芯はステキな女性です。
さぁフィナーレまでもう一息!
期待してますね~!
うー(T_T)
五十嵐さん、どこへ?
既に泣いてます
五十嵐さん、
早苗さんのスピーチ、きいてたんだよね、ね!!
ママチャリさん、いそいで!
はやく五十嵐さんをつかまえて!!
五十嵐さんもやっぱり見に来てたんだ
めったに泣かないのに泣けてきた
最終話になったらやばいかも
次が気になる
スイートピーを直訳できたってすごいですよね?
実は早苗さん頭いい
スケ番お欄は弟思いで、家庭的。
いいお嫁さんになれそうなのに。
その優しさが仇か…orz
このコメントは管理人のみ閲覧できます
早苗さん、とっても弟思いのいいお姉さんじゃないですか。
孝昭くんもそれに気づいたんだねぇ。
五十嵐さん、見つかるかなぁ。
続きいってきまふ。
ついこの前、母が豆はじきのパートに行ってました。「だだちゃ」です。ふつう枝豆って三つ入りですが、「だだちゃ」は二つ豆が売りなのだとか。で、はじかれるんですよ。一つ豆と三つ豆。でも同じ畑で育ってるわけだから美味しいんですよね。食べてみるまで味なんてわかんないのになぁ。人もまたしかり。
いっくぜぇぇぇ全速前進
迫り来る邪神を鎧袖一触のもとに破砕せんがために
あぁ…涙が~(;_;)
早苗さんのスピーチに感涙です。
弟思いのいいねぇちゃんです。
五十嵐~どこいったんだよ。
洋二思い出しました……
早苗さんガンバれ……!!
いろんなブログ応援してまわってます。
ポチッ!
子供の時からお姉ちゃんがいたらなあと
スケベ心も含めありましたが
やっぱいいですよね。
スケベ心無しでも、お姉ちゃんは。
読んで涙が出てきました。
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早苗さんのスピーチに感動して涙しましたー(つд`)
孝昭くんはたった一人の姉を失いたくないと思って前の話の時思っていたと思うのですが今はたった一人の姉の気持ちを大事にしているんですね
孝昭くんはたった一人の姉を失いたくないと思って前の話の時思っていたと思うのですが今はたった一人の姉の気持ちを大事にしているんですね
泣ける。。。