ぼくたちと駐在さんの700日戦争

異変がおきたのは、あと2日で文化祭も終了、という日のことでした。

この日の下校。僕は、西条くんと駅へと向かっていました。
話題は当然、五十嵐さんと早苗さん。

「え～～～～。給料2ヶ月分？」
驚く西条くん。

「うん」。

「それってレモン何個分？」

だからなんでレモンで換算する？

「とにかくものすごくたくさんだ」。

「わかった！」

よかった。わかってくれて・・・。

ところが西条くん。

「それってよ。孝昭も知ってんのか？」

「いや・・・知らないだろ・・・」。

「う～ん。俺、女兄弟いないからだけど・・・」。

「うん」。

「どんな気分かな」。

「どう・・だろ・・・」。

僕も男兄弟しかいないので、それは知りようがありません。


駅前につくと、そこに、いわゆる「ガラの悪い車」が1台停まっていました。
ローレルの改造車で、中に数名の男の姿が見えます。

僕たちが通りかかると

「よーーー。西条」。

助手席のヤツが窓から顔を出して声をかけてきました。

西条くんは「おお」とだけ挨拶しましたが、相手にも敵意はないらしく

「いま、帰りかぁ？」
クチャクチャとガムを噛みながら下品にしゃべります。

西条くんは、こういうシチュエーションに慣れていますから

「ああ。お前らこそ、こんなとこでなにやってんだ？」
別に愛想をふりまくわけでもありません。

「あ？待ち合わせよー。待ち合わせ」。

西条くん。
「そっか。お前ら、ここいらにあんまり来るなよな」。

「お前、先輩に向かってそりゃねぇだろ？」

先輩？そっか。車の免許あるんだもんな。
1級くらい上？

西条くんは、上級生ということを意識するでもなく
「いや。ここいらは俺のシマだからよ。ウロウロすんな」。

僕にすればひさびさに聴く、西条くんの「不良言葉」でした。

男はというと、相変わらずニヤけながら
「わかってるって。そうおっかねぇ顔すんなよ。西条さんよ」。

からかうように言いましたが、西条くんの強さは理解しているようでした。


西条くんの乗る電車時間は、ちょうど早苗さんの帰宅の列車と同じでした。

「あ。早苗さん！」

「おお。お前か。こないだはありがとな」。

「いえいえ。うまくいってるらしいですね？」
僕は冷やかし半分に聴いたつもりでしたが

「あ？文化祭か？」

「いえ。そうじゃなくって・・・五十嵐さんと・・・」。

「ん・・・・」。

早苗さんは、ここで言葉につまったように見えました。
そして

「まぁ・・・な」。

とだけ言うと、無愛想に僕たちに手をふり、そのままホームを出てしまいました。


　なにかあった？


そしてこの予感は、わずかこの数秒後、的中することになりました。
早苗さんが、駅前で待機していたさっきのローレルに乗り込んだのです。

　「よー。お欄～～。待ちくたびれたぜー」。

　「あー、わりーわりー。すぐ行こ！」
さっきとうって変わって、明るい早苗さん。
　
「あ・・・れ・・・・？」。

僕は呆然としました。

　ブロロロロロロ・・・・

僕の疑問と無関係に、爆音をたてて走り去る、早苗さんを乗せたローレル。

「西条。あの車、誰だ？」

「ああ。Y高の卒業生だ。北女のそばだから、交流あんだろ？」

「スケ番時代の・・・」。

「ま、箸にも棒にもひっかかんねぇ奴らだけどな」。

「ふうん・・・」。

「早苗さんだって番はってたんだからな。それくらいのつきあいはあらぁな」。

西条くんは平然と言いました。
確かにその通りなのですが

「お前。やりあったことでもあるのか？」

「いや。ないな。あの学年は茶木が最後だったから」。

「そうか・・・」。

「しかしな。なんで今頃んなって・・・」。

それは西条くんだけの疑問ではありませんでした。

なんで・・・早苗さん・・・。

　五十嵐さんは？
　どうなってんだ？


この答えは翌日になってわかりました。文化祭最終日前日のことです。

「なんだって!?孝昭」。

「あ？だから姉ちゃんに教えたって。なんかまずいか？」

「五十嵐さんが開○高校の出身って？」

「ああ。嘘言ってねぇだろ？エリートはエリートなんだからよ」。

「いや・・・嘘じゃないけど・・・・」。

そんなことを言ったら・・・

あの早苗さんのことです。

そうか・・・。
そういうことか・・・。
身を引くつもりってこと・・・？

孝昭くんはニコリとするでもなく
「所詮生きてる世界が違うってもんだ。姉ちゃんとはよ。だって元スケ番だぜぇ？ははは」。

「・・・」。

「五十嵐の野郎、縁談まであるってぇじゃねぇか」。

孝昭くんは、この時初めて
五十嵐さんのことを「五十嵐の野郎」と、呼び捨てにしました。

「知ってたのか？」

「ま。聴こえてくるって。弟なんだからよ・・・」。

久保あたりから？

「それも早苗さんに言ったのか？」

「ああ。悪いか？ぁあ？」




「いや・・・」。

「事実は事実だろ？」

「ああ・・・」。

僕は孝昭くんを責めませんでした。
その瞳に、どこか寂しさがあったからです。

何度か出ていますが、孝昭くんの家は共稼ぎで、ほとんど姉弟、身をよせるようにして生きて来ました。

きっと。孝昭くんは

早苗さんを

ただひとりのお姉さんを

とられたくなかったのだと思います。

いえ。僕にも似た感情がなかったと言えば、嘘になるのですが・・・。

「孝昭・・・・」。

「んん～～～・・・？」

孝昭くんは、気のない返事をして、鞄につけられたスイートピーを
手のひらで転がし続けていました。



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