ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「え・・と・・・。なんも悩んでないよ」。

「いや。悩んでる顔だね。それは。いいのよ。成績悪いのは。今に始まったことじゃないから」。

慰めになってないし。

「そ、そんなんじゃないよ！」

「そうよねぇ。成績で悩むくらいだったら上がるもんね」。

「うう・・・とどめさしに来たの？母ちゃん」。

ところが母。
「はいはい。女の子のことね？」

「え・・・」。

あいもかわらずするどい。

「当ててみましょうか？」

「おー！当てられるもんなら当ててみぃ！」

「えっとね。お前はね・・・みどりちゃんから・・・」

「か・ず・み」。

あ・・・これ誘導尋問？しまった・・・。

「はいはい。その子ね。そのみどりちゃんから思わぬことを言われた」。

げっ！

「それは他の女の子のことで～～～。その女の子っていうのが～～～～～」。

う・・・。

「真奈美ちゃん！」

　？？？

「誰だよ。それ？」。

「え？お前ならテキトーな女の子の名前言えば該当者がいるかと思って。あははは」。

「息子で遊ぶな！」

「じゃ、杏子ちゃん」。

「先生じゃん！」

「じゃ、ひろみちゃん、ななこちゃん、ろくこさん、ごっちゃん、よんちゃん、さんきちちゃん、にいちゃん、いっちゃん・・・」。

「もういいよ・・・・。母ちゃん」。

どうでもいいけど、数減ってる中に、男の名前入ってるぞ。

それでも懲りずに女性の名前を人名事典のように上げ続ける母でしたが

「じゃ～～～・・・早苗ちゃん！」

「う・・・・・・」。

数うちゃ当たるもんだ・・・・。

「ほら。いっぱつ！ぜ～ぜ～」

どこがいっぱつだ・・・・。ぜーぜー言うほど名前あげりゃ当たるって。

呼吸も整わないまま母。
「は～・・は～・・・。あの子はいいねぇ。うん。母ちゃんもいいって思ってた」。

「はいはい。母ちゃんと気が合うんだもんな」。

ところが
「お前。ちっちゃいときから姉ちゃん欲しいって、聴かなかったもんねぇ・・・」。

「え？」

「さすがにお前生んでから姉ちゃんつくるって、父ちゃんでも無理だったけど」。

「そんなこと。頼んだっけ？」

「うん。だからサリーちゃん好きだったのよ。カブ*になりたかったんだもんね～」。
（カブ=サリーちゃんの弟）

「あ・・・」。

「お前がアッコちゃんよりもサリーちゃんが好きだったのは、それだなぁって。母ちゃんわかってたよ」。

さすが育ての母・・・。産みの母も同じですが。

「でも、それはね。恋じゃないのよ」。

なにげにするどい指摘をして去っていく母。


＜魔法使いサリー=左が弟のカブ＞
＜サリーちゃん動画はこちら＞


その翌日のこと。僕は孝昭くんから衝撃の真相を聴かされます。

「え！スイートピーってそういうことなの？」

「ああ。俺も姉ちゃんに聴いてよ。アホだよな～～～」。

「まいったなぁ」。

「なにまいってんだ？」

「うん・・・ちょっと・・・・」。

僕は孝昭くんに、五十嵐さんのことを伝えませんでした。
なんだかんだ言いながらも、孝昭くんは実の弟。姉の恋愛談がおもしろいとは、思えなかったからです。
しかし、このために僕は、五十嵐さんと連絡をとる必要にせまられ、駐在所を訪ねることに。

「ああ？五十嵐にぃ？」

「はい。連絡とりたいんですよ」。
「ふむ」。

駐在さんは、なにやら手帖をめくっていましたが
「そう言えばこないだ五十嵐と出かけたって？」

「あー。ええ。まぁ」。

「噂によるとデートらしいな」。

「え！なんだってそんなことまで？」

「ん。狭い町だからな。同僚が五十嵐が姉ちゃんといるとこ見かけたって」。

ああ・・・大食堂か？。これだから田舎は・・・。

「だいたいあいつが女といるってのが珍しいからな。検挙以外では」。

「はは・・・はは・・・」。

「あいつ、なんだってああ、女ダメかなぁ」。

「しかたないですよ。ずっと男子校じゃ」。

「俺を見習えばいいのになぁ。あれじゃ結婚しても尻に敷かれるぞ」。

と、言った側からまた奥さんの声

「あなた～～～～～～！」

「ああん？なんだ？なんだってんだ？」
普段でも乱暴ですが、ことさら横暴に答えてみせる駐在さん。
なにしろこのタイミング。いいとこ見せるつもり？

が、

「ミルク、また雪印買ってきて～～～～～～！」

「えっ！」

また間違えたのか・・・・。
はたで聴いてた僕でさえ、覚えていたのに。

「愛ちゃんは、明治のって何度も言ってるでしょーーー？」

「あ！おーーー！ごめんなさいだぜっ！」

どういう日本語だ。

＜1975年当時の明治コナミルク＞


それにしても・・

「あの・・・駐在さん。さっき結婚とか言いませんでした？」

「ん？言ってなかったか？五十嵐、縁談来てるんだぞ」。

「え！なんだってそんな重要なこと、僕に教えないんですか！」

「ああ？なんで五十嵐の縁談、お前に教えなくっちゃいけないんだ？」

「え・・・と・・・。だって・・・」。

「それに、あいつに縁談、初めてじゃないからな。ほら。なにしろエリートだから」。

五十嵐さん・・・そんなことひとことも・・・。
僕は混乱しました。
けれど五十嵐さんも適齢期。縁談のひとつふたつあっても不思議ではありません。
当時は見合い結婚はめずらしくありませんでしたし、

まして、五十嵐さんはエリート。

そうだ・・・いくつ縁談あってもおかしくない・・・けど・・・。

「あの。相手は？」

「さぁ・・・。たしか・・・電力会社のお偉いさんの娘とか・・・」。

嘘だろ・・・。

それで五十嵐さん、あせって僕まで使って・・・。

　なるほどな・・・。

駐在さん。僕の表情を読んで
「んんん？ママチャリぃ。五十嵐の縁談こわすんじゃないぞ！」

「え・・・」。

「なにしろ人の一生のことだからな。悪戯で笑ってすませることじゃない」。

確かに・・・。

その通りだけど・・・。

と、そこにまた奥さん

「あなた！さっさと明治のと取り替えて来て～！」

「あ？おーー！わかりましただぜっ！」

無理してる無理してる。「ぜ」つけりゃいいってもんじゃないよ。駐在さん。



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