ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「あ。ママチャリ。約束だからお茶おごるよ」。
「ありがとうございます～」
「いや。お前にじゃなくって和美ちゃんに」。

ほほぉ。

しかし五十嵐さんが立ち止まった喫茶店というのが

カトリーヌ。

「あ。ここはやめたほうが・・・」。
「なんで？」

「えっと。なんでって・・・」。

なにしろスケ番お欄の根城であったカタリーナの姉妹店。
本人はともかく、お欄さんの元部下に遭遇したりしたら、たいへんなことになります。
ここはなんとしても譲れません。

「その～～。ここは僕、失恋の思い出あるんで～～～」。

口からでまかせ。

「え！ママチャリでも失恋の経験あんのか？」
「そらぁありますよ」。

「へぇ～～～。お前ほど口八丁でもねぇ・・・」。

「五十嵐さん。和美いっしょなんだから少しは褒めてよ！」

「あ？あー、そうだった。ごめんごめん。こいつ、口だけは達者だから」。

褒めてない・・・。っていうか、さっきと言葉尻違うだけで、意味おんなじなんですが。

とにかく、カトリーヌはまずい、ということで、僕たちは街中の大食堂へと方向を転換。
そこは、このあたりでは一番大きな食堂で、とにかくパフェから寿司までおいてある、今でいうところのファミリーレストランです。

しかし狭い町です。
メインストリートはせいぜい200mほどしかなく、日曜ともなれば、近辺の若者はみんなここに集まるといってもいいほどで、歩いているだけでも、ばんばん知人とすれ違います。
その中には、同級生などもいますから、五十嵐さんがいてくれるのは、僕と和美ちゃんにとって、都合のいいところもありました。

が。

歩道の向かいからやってきたのが

なんと当の早苗さん！

「あっ！」

「ああっ！」

互いに驚き合う五十嵐さんと早苗さん。
いえ。この程度の偶然は、田舎ではさほどにめずらしくはないのですが、なにしろこの取り合わせですので

「あの、あの・・・」

「あーーー、あーーーー」。

挨拶のようです。

しかたがないので僕。
「あ。早苗さんも買い物？」

いたって冷静に言ったつもりが、
とうの早苗さんは
「なな、なん、お、おまま、あの、えええ？ななな、なんで？」

なんか飛び越し選曲のイントロ出しみたいにうろたえまくります。

「え。つきあいですよ。たまに警察に恩売らないと、立場維持できないんです」。

「へ・・・へぇ・・・そそそそ、そか。そうか。そうだな。そうそう」。

うーん。かなりきてる。

僕は五十嵐さんを肘でつつきました。
なにしろ千載一遇のチャンス。

五十嵐さんは、僕に声にならない声で
「あ、あああ。ああ。うん」。

返事になっているような、なってないような。

五十嵐さん。
「あの、そそ、そ、そこ、そそそこ、ご、ご、ごい、しょ、ちゃ、ちゃ、ちゃ」

早苗さん。
「そ、そ、そそ、そそそ、い、いい、いい、いいいい」。

五十嵐さん
「もももも、もも、もも、ももももも」。

今のが会話らしい。
純同士は、これでわかりあえるようです。
僕には解読不能でしたが、どうやら「そこでご一緒にお茶でもどうすか？」「そうですね。いいんですか？」「もちろんです」らしき意味？

早苗さんは、めずらしく一人でしたので、僕たち3人に加えて4人となりました。
まぁ、見方によってはダブルデートなのですが、なにしろうち2人が純同士。
しかも、和美ちゃんは、早苗さんにはほとんど面識がありません。

「あ。この人、孝昭のねぇちゃんの早苗さん」。

「あ・・・・」。

絶句する和美ちゃん。
ま。いろんな意味があると思うのですが。
「ここ、こんにちは・・・いつも弟さんには・・・」。

「あの。早苗さん。この子・・・僕の・・・そのぉ・・・」。

早苗さんは、
「んああ？」と、スケ番時代の癖が出てしまいましたが、すぐに修正。

「あ・・・よ、よろしゅうにぃ～～～・・・」。

何時代の女性でしょう？
ビシバシ無理がかかっているのがわかります。

僕は和美ちゃんだけを、道路横にひきずると
「いい？孝昭の姉ちゃんがスケ番なのは御法度だからな！」

「え？あ。うん。早苗さんって・・・北女の・・・」。
「いいから！わかった!?」

コクコクうなづく和美ちゃん。


こんなありさまの取り合わせですので、全員が僕をはさんでの会話となります。

「ま、ママチャリ。そ、そこの食堂でいいかな？」

「あ。いいと思いますよ。ねぇ？早苗さん？」

「あーーーー。はい。はい。よろしゅうございます～～～」。

無理してる無理してる。

「よろしいそうです」。

「そ、そ、そ、そうですかぁ～～～」。

「和美ちゃんもいい？」

「う・・・うん・・いい・・・わ」。

あ～～～～。楽しくね～～～～。なんなんだ、このデート。

しかしここは乗りかかった船ですので、うまく運ぶしかない。

やがて4人がテーブルにつきます。
なぜか五十嵐さんのとなりに和美ちゃん。
その向かいに僕。で、僕のとなりはお欄さん。

緊張は続きまして、五十嵐さん。
「和美ちゃん。なんでもいいから注文していいよ」
「はい」。

「ママチャリ。お前、コーヒーかなんかでいいか？」
「ええ」。

そして早苗さんには

「さささささ、ささ、さな、さな、コココ、ココ、コココ・・・」

なんで突然どもる・・・。

対する早苗さん
「あ・・・あ・・・あああ・・。こここ、ここーーーー、ちゃっ、ちゃっ、ちゃっ」。

「あ・・・ははは、はい」。

また通じたらしい。
どうやら純語で「コーヒーでいいですか？」「あたしは紅茶がいいです」という会話みたいです。

こんな調子ですから、会話がはずむわけもなく、

「チョチョチョチョ、チョチョ。ありありあり・・」

「どどどどーいた、どーいたたたた」。

チョコレートありがとう。どういたしまして、ですね。これは。
こんなもんでも読解力ってのはつくもんです。

しかし時間がたつにつれ、場も和んでくると、五十嵐さんは、だいぶ普通にしゃべれる？ようになってきました。

「あの・・・さな、え、さん。お料理、お得意なんですってね」。

おお。人類語！
早苗さんは、というと、なにしろ品を作っておりますので、まだ着いて来れないようです。

「え・・・いえ。あの・・うちは共働きなんで・・・その・・・小ちゃい時から弟の面倒をみてたもんですから・・・」。

事実、孝昭くんのお弁当は、ずっと早苗さんが作っていました。
これがスケ番お欄の「家庭科がうまくなった原因」でもあるのですが。

大食堂は、余分な装飾などがない分、現代のファミレスなどよりはるかに席が多く、かなり知った顔が入って来ます。
僕でさえそうなのですから、そこは知られた「北女のお欄」。
時おり、彼女を見て、驚いた表情をする学生など数名。

五十嵐さんは、極端に緊張が続いたためか
「ちょっと・・・失敬・・・」。

トイレに中座しました。

とたんに緊張の糸がとける早苗さん。
「ふあ～～～～。なんだってお前と一緒なんだ？こら」。
「え。だから買い物のつきあいですってば」。

「お前。余計なこと話してないだろうねぇ？」
「え。大丈夫ですってば。安心してください。でもよかったですね。偶然とは言え」。

「あ？お、おお・・・」。

五十嵐さん。先に勘定をすませようとしたのか、トイレから直接レジへと向かったため、僕があわててかけよりました。
「あれ？僕のぶんは？いいんですか？五十嵐さん」。

「あ？うん。いいよいいよ。ついでだから」。
「すいません。ごちそうさまです」。

「ん。それよりなぁ。ママチャリ。今トイレで学生が話してたんだけどな」。
「ええ」。

「なんか北女のお欄って、すっげー元スケ番がここ来てるって」。

「へ・・・へ～～～～」。

「すっかりビビっちゃってて、店出るか、とか、相談してやんの。すごい女もいるもんだなぁ」。

「そ、そうですね・・・」。

まさか五十嵐さんの正面に座ってました、とは言えません。

「お前も知ってる？北女のお欄って？」

「あ～～～。なんとなく～～～。うわさでは・・・・」。

「どいつだろうな。なんか見てみたいな」。

客席を見渡す五十嵐さん

「え～～～、えーーーっと。スケ番お欄は～～～～～・・・」。

僕も大慌てでスケ番お欄さがしです。
が、不都合なことに、それらしき女性は、早苗さんしかなく・・・

ようやく
「あ！あの人です！たしか！」

僕が指差したのは、

「え？あの・・・おばさん？が？」

おばさん4人のテーブル。
もう、こうなりゃ女でありゃ誰でもいいや。

「は・・・はい。あの角のおばさんがスケ番お欄ですよ～～～。女学生の頃はならしたらしいんです。ここいらで知らない人はいません」。

「へ～～～～。伝説になってんのか～～～。言われてみればちょっと凶悪な顔してるな」。

見も知らない警察官から「凶悪」よばわりされているとは、当のおばさんも知る由もありません。
でも、この際、早苗さんの恋のために、少しでも凶悪な顔を続けてもらいたい、と、せつに願う僕でした。



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