ぼくたちと駐在さんの700日戦争

水曜日。僕たちは駐在所そばの公園に集合。
ひさしぶりの10人以上の顔合わせです。
ひさしぶりに会うと、みんなが少しずつたくましくなっているのに気づきます。
わずか1年ですが、昨年、西条くんがミカちゃんのために集めた悪戯坊主たちとは、あきらかに表情が違っていました。

どうして水曜日を選んだか、というと、この曜日が洋次の定休日であったからです。
駐在さんの紹介で、ポプラにケーキ屋メルヘンが納品を始めてから、ケーキの運搬は洋次の仕事でした。
しかし、水曜日は洋次がいない、つまり、以前のようにケンちゃんが納品に来るはずなのです。これは希少なチャンスでした。

僕たちの狙いはズバリ、ケンちゃんの得意先台帳。
おおよそ街金融を網羅しているであろうその台帳が、どうしても必要でした。

「相手、あのケンちゃんだからなぁ」。
「うん。でも誰にも弱点はある」。

そうです。誰にでも弱点はあります。
そこで考えたのが、駐在さんの存在でした。
ケンちゃんは駐在さんがはてしなく苦手です。

「それでな・・・」。

駐在さんとケンちゃんをはち合わせするには、ポプラが最適でした。というか町が違いますからそれ以外にありません。
そこでケンちゃんが自ら配達に来る水曜日を狙ったのです。
計画では、駐在さんをうまくあやつって、台帳を取り上げてもらうつもりでいました。

「問題はどうやって駐在さんをポプラまでつれていくかだな」。

「ああ。それでねー」。
説明する僕。

僕たちが計画する上でやっかいだったのは、それが「おもしろくないと誰ものらない」という点でした。
このために、今まで一度でも行った作戦は却下。
笑えないようなものはもちろん却下です。

ものすごく頭脳を使いますが、思えばこれを勉強に生かすべきだった、と気づいたのは、すでに人生とり返しがきかなくなってからのことでした。

「今、駐在さんは朝のパトロール中だ」。
「うんうん」。

僕たちは駐在さんのタイムテーブルはカンペキに把握していました。
小学生の自由研究も真っ青の詳細さ。ま、高校生ですけどね。

「もうすぐ奥さんは買い物に行くんだ。それも徒歩」。
「ああ。愛ちゃんつれてるからな」。

まだチャイルドシートなどというものもない時代、愛ちゃんは首が座ったとは言え、車で移動はできません。

僕たちはグレート井上くん、村山くんを中心とした駐在所組と、ケンちゃんをつかまえておくための、西条くんを中心としたポプラ組に別れました。
武闘派は当然、ケンちゃん組。これは万一にそなえての布陣でした。

さて。駐在所。
僕たちがついてほどなく、愛ちゃんをかかえて買い物に出て来た奥さん。

「おはようございます」。

「あら。君たち。どうしたの？朝からなにかたくらんでるの？」

うーん。あいかわらずの聞き方。ま、まんざらはずれてもいませんが。

「たいへんですね。歩いて買い物」。

「うーん。そうねぇ。でもそれほどでもないわ」。

「あの。奥さん、なんだったら村山が車で送っていきますけど」。

「え？悪いわ。そんなの」。

「いえ。そうじゃなくって。そのかわりにですねぇ」。




「え？バイオレット？」

「はい。村山がどうしても運転してみたいって・・・だろ？」
すると村山くんが
「ええ。できれば・・・」。

「うふふ。いいわよ。村山くん車好きだもんねぇ～」。

そうです。村山くんは、いつも奥さんの車庫入れを手伝っていましたし、ジムカーナに出場するときは奥さんのスターレットを借りたほどでした。
車については絶対的信用なのです。

「やった！」

村山くんは、奥さんと愛ちゃんを後部座席に乗せると、さっそうとバイオレットに乗り込み買い物へ。
う～ん。それにしても美男美女。

これで作戦の1/4は成功です。
あとはケンちゃん側。

僕はグレート井上くんたちを残してポプラへと向かいました。

ポプラの駐車場には、すでにフロンテクーペが停まっていて、ケンちゃんがすでに到着していることがわかりました。

その後方。建物の横にいるチャーリー。
「フロンテ、動かないようにしといたぞ」。
「ああ。サンキュ。簡単に帰られちゃ困るからなぁ」。

納品の時間などたかが知れています。
このため、のっぽさん部隊が右京戦で使った手段で、車を動かないように細工しました。

ポプラに入ると、西条くんたちはすでにケンちゃんのまわりにいました。
が、ケンちゃんは座っていません。

　まずい・・・帰る用意してる・・・。

ケンちゃん。
「ああン？なんだ？お前まで来たのか。なんだなんだ？悪ガキどもが朝っぱらからよ」。

僕はとりあえず、得意先台帳をケンちゃんが持っているか確認する必要がありました。

「あの～～。ケンちゃん。能瀬さんの電話番号ってわかります？」

「あ？わかるぜ。なにすんだ？能瀬なんて・・・お前まさか！？」

まさかの意味はおわかりでしょう。

「え・・・。い、いえ。違いますよ。ただこないだのお礼を言おうと思って」。

「へぇ。殊勝なもんだねぇ。ま、いい心がけだな」。

ケンちゃんは手提げの鞄を開きました。

　やった！持ってる！

「えっと～～～。能瀬～～、あ、いたいた。こいつはよ～。小学校んときにな。スカートめくりで・・」。

「いえ。ケンちゃん。弱点はいいから」。

「あ？あはは。いけねぇいけねぇ。つい癖でよ」。

どういう癖だ・・・。

しかし駐在さんは到着しません。
僕たちには焦りが出始めていました。

← ← ← ← ←

その頃、駐在所には、予定よりかなり遅れて駐在さんがもどってきていました。

「あれ。井上。なにやってんだ？って、あれ？」

気づきました。

「井上。俺のスミレちゃん、知らない？」

「あー。駐在さんのバイオレットならさっき・・・・・」。

「うん」。

「河野が借りて乗っていきました」。

「えええええええええ!?河野ぉぉぉぉ～！？」

駐在さんの頭を、このわずかな空間で2度もぶっつけた河野くんの運転がよぎります。

「う、う、うそだろ？で、どこ持ってったんだ？俺のスミレちゃん‥‥」。

「さぁ・・・」。

「知ってるなら吐けよ！井上！ブタ箱入りたいのか！？」

こんなのでブタ箱入れられてはたまりません。

「たぶんですねぇ・・・」。

「どこだ！さっさと言え！俺もお前を射殺したくないっ！」

冷静さがまったくありません。

「たぶんポプラかと・・・」。

「あああ？的場んとこ？よし！よくゲロしたな！」

「無事でいろよ～～～スミレちゃ～～～ん」。
大慌てでポプラへ向かう駐在さん。
ここで駐在さん、パトカーではなく、自転車2号で出てしまいました。
これが僕たちには予定外のことだったのです。

← ← ← ← ←

ポプラでは、駐在さんが到着しないまま、すでに納品を終えたケンちゃんが
「じゃ、マスター、またよろしく～～～～」。

僕たちは慌てました。
とにかくポプラ内にいるうちに、駐在さんが到着してくれないと困るからです。

「ケ、ケ、ケンちゃん！ちょっと待って！」
「ん？まだなんかあんのか？」

「えーっと。能瀬さんの会社の名前はなんて言うんでしたっけ？」

ひきのばし作戦、あるのみ！

「ああ？能瀬の会社は～～～。確かなんとかファイナンス・・・」。

再び帳面を取り出すケンちゃん。

しかし、調べている間も、駐在さんが来る気配がありません。

　くそ・・・失敗か・・・・。

と、思ったところで、

業をにやした西条くん。いきなりケンちゃんの得意先台帳をとりあげました！

「んあ？西条！なにすんだ！こるぁ！」。

「わり！ケンイチ兄ちゃん。俺たち、どうしてもこの台帳、必要なんだ！すぐ返すからよ」。

そう言うと
「孝昭！これ持って逃げろ！」

孝昭くんにパス！

「まかせろ！わりっ！ケンちゃん！」

「待てぇ！孝昭ぃっ！」

追いかけようとするケンちゃん。

その出口に、素早くテーブルを跳ねてまわった西条くんが立ちふさがりました。

「わりぃ。ケンちゃん。あの台帳、貸してくれ」。

「どけぇっ！西条ぉっ！てめぇ俺から物盗むなんざ、どういう了見だぁっ！」

ケンちゃん激怒。
マスターは平気そうでしたが、僕たちは真っ青です。

「どけねぇ。あれには後輩の命かかってんだ。わりぃがどかねぇ」。

西条くん。ゆずりません。

するとケンちゃん。
青筋をたてたままでしたが、
ほぉ・・・と息をすると
「西条ぉ。なら俺と勝負してもどかねぇってつもりか？あ？」

「ああ。これはゆずれねぇ。すまねー」。

西条くん。兄弟子のケンちゃんにがんとして立ちふさがります。

「おもしれぇ」。

僕は、すでに見守るしかありませんでしたが、久保くんは
「西条。お前ひとりじゃケンちゃん相手は無理だ。手伝うぜっ！」

西条くん。
「久保。いいんだ。ここは俺にまかせろ。それよりさっさと台帳うつしてこい」。

ケンちゃん
「でかくなりやがったなぁ。西条・・・・・」。

と言ったかと思うと
「その態度がよぉっ！」

　ドスッ!!

いきなり腹部に蹴りっ！

西条くん、そのまま外に吹っ飛びました。

西条くんはゆっくりと立ち上がると、外に出て来たケンちゃんを睨み返して
「兄ちゃん。いつまでも小学生って思うなよなぁぁ！」

西条くんもいきなりの関節キック!!
さすがにケンちゃん。これをかわしましたが西条くん、すかさず逆からキック。
これはケンちゃんも避けきれませんでした。

「へへ・・・。やるもんだぁ・・・うれしいぜぇ！さいじょおおおおおおおおおおおお」。

と、襲いかかろうとしたところに、ようやく駐在さんが自転車2号で到着！

　ほ・・・・。

「げぇ。巡査!!」

ケンちゃんの手が停まりました。

「ああん？ケン坊ぉ？」

助かった・・・・。

が、

「ママチャリぃ！俺のスミレちゃん、どこやったっ！」

「いや。駐在さん。それどこじゃないでしょ？」

「なにが？」

「なにがって、西条とケンちゃんのケンカ・・・・」。

すると、駐在さん。様子をあらためて見まして

「ふむ。ケンカ・・か・・・・」。

納得すると

「スミレちゃんはどこだーーーーー!!!!」

だめだ・・・頭に入ってない・・・・。



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