ぼくたちと駐在さんの700日戦争

その日、西条くんは僕の家に泊まり、休日の朝。

「う～～～～～～～～～ん」
「西条！西条ってば！」

西条くん。昨日のことがあってか、なにやらうなされての目覚めです。
普通、西条くんは小学生のような元気さで目をさますので、よほどに堪えたのかも知れません。

「どうした？西条」。
「あ・・・」。

「やな夢でも見たか？」
「ああ・・・。うん・・・」。

「そっか・・・無理もないかな・・・・」。

「うん。熊太郎がおっかけてくるんだ」。

はぁぁぁ？？

「後ろからよ。こうブランブランさせてよ・・・」。

ブランブラン・・・。
心配には及ばないようです。

しかし、やはり気になっていたのは確かなようで、少し遅めの朝食をとるとさっそく
「なぁ。駐在所行ってみるか」。

言い出したのも西条くんでした。
もちろんそれは僕も同じ気持ちでした。


自転車の後ろに西条くん。

「転勤、決まったのかなぁ・・・。駐在」。
「うん。なんかそういう口調だったよな・・・」。
「まさかこんな日来るとはなぁ・・・・」。

2人ともあまり会話ははずみません。
それまで僕たちは、同じ時間が永遠につづくものと。思い込んでいたのです。


坂道を上がり、駐在所がようやく見えて来ると、外で打ち水をしている女性。
そうです。奥さんです。
打ち水をしているだけであの色っぽさ。

「あ！お、奥さんだ！」

西条。そろそろどもらず言えるようになれ。
でも、ほんと色っぽい。

「こんにちは～。奥さん」。

「あら？君たち。お休みなのに。なにかたくらんだの？」

なにかたくらんだの？という挨拶自体、非常にめずらしいと言うか・・・。

「あ。いえ。駐在さん、います？」

「あー。いるけど。今、会わないほうがいいかも」。

「え・・・」。

窓から見ると駐在さんがうなだれているらしき姿が確認できました。
ほとんど机に伏しています。

「やっぱり・・・その・・・落ち込んでるんでしょうか？」

「落ち込んで？あー・・・。そうね。そういう言い方もあるかも」。

「やっぱり僕ら会っていきます」。

僕たちは自転車を停めて、駐在所の中へ。

「駐在さん！」「駐在ぃ！」

駐在さん。にこりともせず、弱々しい目で僕たちを見ると

「あ・・・ああ・・・・お前ら・・・か。なんか用か？」

ひどい落ち込みようです。
そこに笑顔のかけらもありません。
やはり転勤は事実・・・・・？

「いや。あの・・・・。別に用ってわけじゃないんですが。僕たちその・・・」。

すると駐在さん。
「用がないならとっとと帰れ。今日は非番だ・・・」。
つっけんどんに言いました。

「でも・・・えっと・・・・」。

僕はまだ話す言葉がまとまっていませんでした。

駐在さんは
「今・・・誰とも会いたくない・・・」。

「誰・・・とも・・・」。

僕はさらに言葉を失いました。

が、

そこに奥さんがいつの間にまわったのか、住居側から麦茶を持って現れました。

奥さん。普段通りの笑顔で

「ごめんねー。この人、二日酔いで～」。

「はぁ？」
「二日酔いぃ？」

絶句。

駐在さん。
「う～～～～～。気持ちわり～～～～～～」。

「そうなのよー。昨日、町内のお祭りの会合でね。一升瓶差し入れ持ってったのに、それ全部自分で飲んできて」。

「差し入れ？」
「ぜんぶ～～～～？」

駐在さん。
「酒の話しないでくれ～～～～～～」。

僕は一応聴いてみました。
「あの～～～。駐在さん、夕べ僕らと会ったの記憶にあります？」

「あああ？お前らと？」

しばらく考え込むと
「ん～～～～。夕べ、肉屋のオヤジと飲み比べして・・・・」
飲み比べ・・・

「酔いさますのに外出たら～～～。なんかヘチマが・・・ん？なんでヘチマ？んんんん？」

げ！記憶ない！
僕と西条くんは唖然としました。

「おかしいな。お前ら思い出そうとするとヘチマが・・・なんでだ？」

一瞬たりと心を開いた僕らが馬鹿だった・・・・・。

「え・・・。じゃ、転勤は・・・・」。

「ああ？誰か転勤すんのかぁ？」

「いえ・・・。あの、駐在さんが・・・・」。

「だはは～～～。お前ら全員逮捕するまで転勤などしてたまるかっ！って、頭いて～～～～～～」。

「え！」

とんだ思い違い？

「とにかく頭痛いんだからよ～～。帰れ。お前ら」


「くっ！駐在っ！こ、殺すっ！」

「待て待て待て。西条！」
一応止めた僕ですが、気持ちはわかる。
痛いほどわかるぞ、西条。

しかし駐在さん
「お前らのツラ見ると～～～～。吐き気ひどくなる・・・」。

「てめ～～～！地獄に転勤させてやるっ！」

もっともだ。今度は止めないぞ。西条。

が、ちょうどそこにお客さんが訪れました。
なにしろ駐在所の中で殺すだのなんだのぶっそうな話でしたので、声をかけそびれていたみたいなのですが

「あの～～～～、お取り込み中すいませんが。おまわりさん・・・・」。
品のよさそうな、このあたりでは見かけないおばさんです。

「あー・・・はいはい・・・・」。
でろでろのまま、やる気のない返事をする駐在さん。

「あの・・・このあたりで鶴岡さんっておうち探してるんですが」。

田舎では道順を聴かれることなどめったにありませんが、夏休みやお正月などの行事の時は例外的に増えます。
そのための、この時期、地図もちゃんと貼られているのですが、

駐在さん。
「あ～～～～。鶴岡・・・あ～～～～」。
やる気なし。

しかも
「ん。今そこの高校生が案内しますから。つれてってもらってください～」。

「え～～～～～～～～！」

なんという職務怠慢！昨日「町の人に愛されたい」とか言ってなかったか？

「え！駐在さん。僕ら鶴岡さんちなんて知りませんよ？」

「あ～～～～～。お前ら高校生だろーがぁ。それくらい自分で調べろ」。

自分は警察官のくせにっ！
それくらいって・・・。

「あ？迷子になるんだっけ？わはは～～～」。

く、くそ～～～～～！

「そこに地図あるからな。あとわかんなきゃ交番ででも聴け」。


ここが交番だろぉぉがぁぁぁっ！



しかたないので言われたページを開いて鶴岡さんちを調べる僕たち。
なんだってまた・・・。

「鶴岡・・・鶴岡さん・・・」。

すると駐在さん。
「三浦のばあさんちのそばだ～～～～～」。

机に顔をつっぷしたまま教えます。
わかるならこっちきて教えろよ・・・。

「三浦のおばあさんちって？」

「鶴岡さんちの前だ～～～～～～」。

わかるかっ！

「・・・・・・・・ZZZZ」

って寝てるしっ！


しかし
「あ！あった！なんだ、学校のすぐ裏じゃん」。

西条くんが鶴岡さんち発見。

「おばさん、だいじょぶ。僕ら案内しますよ」。

「すいません・・・ね・・・」。
思わぬ事態に目を白黒させるおばさん。
そりゃそうだ。どういう駐在所だ。まったく。

おばさんを無事三浦のばあちゃんちの前の鶴岡さんちに送り届けた後の僕たち。

「この後どうする？」

「あー。僕は井上たちと会うことになってるんだ」。

そうです。別働隊のグレート井上くんと森田くん。
こちらも動き出さなくてはなりませんでした。

「ところでさ」。
「ん？」

「二日酔いってそんなにしんどいのか？」

僕の質問に西条くん。
「あー。俺も2、3回なったけど、ひでぇなんてもんじゃねぇ。死んだほうがましってくらいに気持ち悪い」。

さすが西条くん。経験豊か。

「へぇ～～～。車酔いとどっちひどい？」
「比じゃねぇよ。もうな。酒の”さ”の字聴いただけでもゲロゲロだから」。

「ふ～ん。じゃ、酒見たら？」

「死ぬ。間違いなく」。

僕たちは顔を見合わせました。
孝昭くんたちも呼び出し、向かった先はもちろん酒屋さん。
大量なウィスキーやジンの空き瓶、ビールの看板などしこたま入手すると、駐在所へともどり、駐在所中にこれでもかというほど飾りました。
もうどこを見ても、酒、酒、酒。四方八方酒だらけ。

「駐在さ～～～～～ん」。
「おきろよ～～～。駐在～～～～」。
「本署から署長来てるぞ～～～～」。

ようやく机から顔をあげた駐在さん。

「ん？え？おわっっっ！うえ”ぇぇぇぇぇっ！」

悶絶。

「逃げろっ！」

愛の告白の代償は重い。



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