ぼくたちと駐在さんの700日戦争

井上くんの経済講座の終了後、僕たちはチャーリーの製作小屋へと向かっていました。
ともあれ坂本くんに会わないことには話になりません。また、僕には渉くんの消息をチャーリーに伝える必要がありました。

村山くんが車を乗るようになってから、僕たちの移動はかなりの頻度でトレノになりました。
しかし、村山くんは男子バレーのキャプテンでしたから、その練習終了を待たなくてはならず、時間はいつも夕方過ぎで、僕たちはたいてい夕食をとってそれを待ちました。
当の村山くんにすれば、部活でヘトヘトになった後、さらに車を（隠してある所まで）取りに行っての話ですから、この上なくたいへんです。

この日も西条くん。
「悪いなー、村山ー。ほんと感謝してるわー」。

村山くん。
「感謝してるならギア抜くな。車が止まる」。

「そう言うなよー。ここに生えてるのが悪いんだって」。

別にミッションギアは生えてるわけじゃないんですけどね。

「俺たちは飯喰っちゃってるけど、腹へらないのか？村山」。

すると村山くん。
「え？うん・・・。その女子部員がさ・・・サンドとか作って来てくれるから・・・」。

「ぬぁにぃぃぃぃ！」

　ガガガガガガ

「ば、ばかやろーーー！なんでギア、ローに入れる!?」

「うるせーーー!!てめぇみたいなのに俺たちの気持ちがわかるかっ！」

うーん。同情の余地はある。

しかし、この有様ですから、どんなに村山くんの運転がうまくても、トレノは迷走に迷走を重ね、数少ない周囲の車に迷惑かけまくり！

しかも
「と、止めろ！村山！」

「あん？」

　バン！

またも車を飛び出す西条くん。

そして行く先にはまたも

　「ヤスッペ～～～。ペロティ*たべるかぁ？」。
　「うーん。リョくんが食べたとこちょうだい～～」。

仲むつまじいカップル。
（*ペロティ=江崎グリコから昭和45年発売されたペロペロキャンディ型チョコで大ヒットした）



「あ。あれ。うちの生徒じゃないよなぁ」。
「うん。見た事ないけど、とにかくカップルだから」。
「ああ。気の毒だな」。

げろ～～～～～～～～

「きゃ～～～～！なになになにぃ？この子～～～」


「西条のやつ、自由自在に車酔いできるようになってきたな」。
「うん。俺、今まで西条のいろんな技、見せつけられたけど、あれが一番怖いわ」。
「うん。よかった、敵じゃなくって」。
確かに。

カップル前の西条くん。

「あ。マッシュルームが・・・」。

少しは噛めよ・・・。西条。
小学校で習ったろ？

しかも今度も
「なぁ。西条。なんでまた飲食店前で吐くわけ？」
「いや～～～～。すっきりした！二重の意味で！」。
「バカ野郎！おかげでまた掃除だって！」

またしてもゲロ処理班。

なのに西条くん。自分は掃除するでもなく

「カレーって吐くと後味悪いなぁ」。

いいよ。説明しなくって。
掃除してりゃいやってほどわかるから。
っていうか、後味のいいゲロってあるのか？

「あ。マッシュルーム、食うか？」。
「喰わねぇっつってるだろっ！」

「でも和美のは喰える」。
「だから喰えるよっ！悪いかよっ！」

ったくも～～～～～。
腹たつ～～～～～～。

こんなことをやっていますから、到着は自転車で向かうより遅いくらい。なんのための車なんだか。


WCの製作小屋につくと、すさまじいエンジン音が聴こえてきました。

　クォォォォォォォォン

「あ。エンジン動いてる」。
「うん。すげ。進化してるなぁ」。
「うん。さすがのっぽさん部隊だな」。
「うん。さすが白バイのエンジンだな」
「わはははは。言うな」。

奇妙な草が下げられた軒先をくぐり、扉を叩く僕たち。

「よぉ！来たのか！」

チャーリーが扉を開いて迎えました。

見るとレフランプに照らされたスティングレイ2号は、すでにエンジンが載せられていて、ブロックで持ち上げられたボディには後輪もついていました。
その後輪が激しく回転しています。

「すげーーー！動いてんじゃん！スティングレイ！」

「ああ。坂本がよくやってくれてるからな」。

「先輩！おつかれさまです！」

挨拶する坂本くん。
坂本くんは、ジェミーと同じ学年ですが、礼儀正しく、むしろそれが人によっては感に障るほどきちんとした高校生でした。

チャーリーが彼をかわいがったのは、やはり渉くんと似た面影があるからで、坂本くんもメンバーの中ではチャーリーを一番と慕っていました。

製作小屋には、いつの間にかホンダの発電機、それもかなり大きな物が持ち込まれていて、内部は見違えるほどに装備が整っていました。
そうです。それはちょっとした生活ができるほど。
仮眠ベッドの横に「H2O」と書かれたポリタンクがあり、それはあきらかにエンジンのためのものではなく、生活用水であることがわかりました。

「チャーリー。まわりに下げてる草なんだ？なんかのおまじないか？」
孝昭くんが聴きました。
実は僕も気になっていたのですが、それが宗教にかかわりがあるといやだと思い、まだ口に出せなかったのです。

「あ？あれ、除虫菊の一種」。
「除虫菊？」
「蚊取り線香の元になってる植物だよ。このへん蚊が多いんだ。こないだ森田が見つけて下げてってくれた」。

　そうか。僕が来ない間にも、みんなはチャーリーを応援してたんだ・・・。

僕はまず、チャーリーがいるところで、和美ちゃんから受け取った「渉くんの最後の手紙」を見せました。

「そっか！やっぱ生きてんだ！渉！」

チャーリーの喜びようは、それはたいへんなものでした。
それを複雑な表情で見ている坂本くん。
坂本くんにすれば、自分を片腕として可愛がってくれるチャーリーの見えない相棒に嫉妬しているのかも知れません。

「名古屋かぁ・・・・」。

「ああ」。

「遠いなぁ・・・・」。
しみじみとチャーリー。

ここで久保くんが例によってもよおして

「あ。悪ぃ。さっきのカレー、出して来るわ」。
「ことわんなくっていいぞ。久保」。

まったく。ゲロになるわウ○コになるわ・・・。
まぁ。自然の摂理ですが、いちいち説明されるといやになります。
しかもカレー。

ここで坂本くん。
「あ。久保先輩！トイレ使えますよ！」
「え？ほんとか？」
「ええ。奇麗にしておきました」。

そっか・・・。坂本がここで生活して家に帰ってないの、ほんとなんだ・・・。
確定です。

僕たちは排気ガスの溜まった小屋を出て外へ。
入口の横に坂本くんの食事の後か、食器が奇麗に洗われて重ねてあります。

　ん？

僕はそれがちょっと気になりました。

「坂本。お前。ちょっと来い」。

「はい・・・」。

坂本くんは、僕からなにを言われるか、すでにわかっているように見えました。



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