ぼくたちと駐在さんの700日戦争

翌日、ひさびさにアジト教室をたずねた僕に、久保くんが衝撃的報告をしました。

「まぁ、実際のとこはチャーリーの小屋に住み着いたんだけどな」。
「いや。人、住めないだろ。あそこ。第一食い物・・・」

「チャーリーが面倒みてるみたいだ・・・」。
「チャーリーが？」

「うん。チャーリー、渉くんの時の反省があるから」。
「そ・・・か・・・」。

その日も、森田くん以外のノッポさん部隊の姿はありませんでした。
やはりスティングレイの小屋につめているのでしょう。

「どうも坂本の家の家業、うまくいってないみたいなんだ」。

「家業って・・・。水道工事だっけ？」
「そう」。

「でも、坂本の話じゃ8割が市からの発注で安定してたんじゃ・・・」。
「うん。でもまぁ、なんかけつまづく原因あったらしい」。

どんな家庭にも経済というものはあるわけですが、僕たち「子供」、まして公立高校の学生が家の経済状況まで知ることはめったにありません。まして他人の家の家業について語り合うこと自体、稀なことです。
しかし逆に、どの家にも経済事情はあるわけで、それはまだ社会に出ていない我々にとって、奇妙に生々しいものでした。

坂本家がつまづいた原因は、どうやら坂本くんの弟の病気にあるらしく、それがまた坂本くんのお母さんの入信に関連があるらしきことまでわかりました。

ここからグレート井上くん。
「それでな。どうも虹色家族と、ほら、なんて言ったっけ？お前らが喧嘩売ってきた金融屋」。

「ああ。権藤さんな」。
「うん。野口さんね」。
「早乙女ちゃん」。

「なんでバラバラなんだよ！統一しろよ！」

「野口さん」「権藤さん」「早乙女ちゃん」。
やっぱりばらばら。

「・・・。ま、いいや・・・。その金融屋とな。虹色家族の奇妙な関係がわかってきたんだ」。
僕に向かって言いました。

「宗教と・・・金融？」
ちょっと結びつきません。

「西条がケンイチ兄ちゃんから聴いてきた話によるとな。どうも虹色家族は、その金融屋の金主になってるらしい」。

「金・・・主？なんだそれ」。

僕の質問に今度は直接聞いた本人である西条くんが
「スッポンさんだ」。

得意げに答えますが
グレート井上くんが間髪おかずに修正。
「スポンサーだよ。金貸しも貸す為の元の金、持ってなくっちゃいけないだろ？」

「え。そうなの？」

「そう。普通は銀行だったりするわけだけど、高利貸しの場合まっとうな商売じゃないから。お金持ちとか政治家が元金を提供する場合が多いんだ」。

「へぇ。自分の金でまわしてるのかと思った」。
普通はそう考えます。まして高校生。そんな複雑な構造までは考えません。

「ふうん。それで？」

「うん。その権藤さんの金融屋がな」。
「早乙女！」「野口！」

「どれでもいいけど、手形割引がメインみたいなんだ」。

「手形？」
「割引？」
「なにそれ？」

当時、高利貸しで最も多いスタイルは、商工業者向けの「手形割引」でした。
今のようなサラ金全盛期になる直前のことです。
手形という担保があり、かつ回収のしやすい中小の商工業者は、当時の高利貸しの格好の餌食でした。

「ん～～～。手形っていうのはねぇ」。

ではグレート井上くんによる『学校では教えない手形講座』。
はじまりはじまり。

「僕も父からの聞きかじりなんだけど・・・」
こう前置きしてグレート井上くん。

「例えば、西条が饅頭屋を始めるとする」。

「え！饅頭屋なんてやだ。パンツ屋がいい」。

「パ・・・パンツ屋？」
「そうそう。女性専門。せくしーらんじぇりーってやつ？」

「ランジェリー・・・・。わ、わかった。それを始めるとする」。
「うんうん。理解しやすい」。
いや。まだパンツ屋ってことしかわかってないぞ。

「で。その西条パンツ店が・・・」

「”セクシーランジェリーショップ西条”」。
店名まで決めたのか。西条。

「そ、そのランジェリーショップ西条が大量に売る場合、大量に仕入れなくちゃいけないだろ？」
「やた！パンツ大量仕入れ！」
なにがうれしいんだよ・・・。

「ところが西条の店ではお金は売れてから入るわけだから、まだ仕入れる金はない」。

「あ。確かに」。
「くそ～～～。レースのパンツ仕入れたいぜ」。
「いや。ヒモパンもすてがたい」。
「うーん。穴開きって手もあるぞ」。
「え!?なになに？その穴開きって」。
「いや。こないだエロ本の後ろに載ってたんだが、あのあたりにこう・・・」。

「お前ら聴く気あるのか？」

「あ。すいませ～ん。井上さん」。
サル並みの反省。

「そこで現金じゃなく、約束手形というもので支払うんだ」。

「お、それがあると買えるのか？ヒモパン」。

「そう。約束手形は、たとえば3ヶ月後に現金に換金できます、っていう期日付きの小切手みたいなもんだ」。

「はは～～～ん」。

「3ヶ月後にはその、ヒヒヒヒ、ヒヒ、ヒモ・・・」。
井上くん。言いにくそうです。

「ヒモパン」。
「そう。それ。それが売れてお金が入ってるかも知れない。それで先に手形で支払って仕入れるわけだ」。

「やた！ヒモパンGET！」

「約束手形には期日が書いてあって、その日をすぎると、銀行でお金に換えることができるんだよ。逆に西条の店ではそれまで現金を用意しなくてはならない」。

「だから約束なんだな」。
「そうそう」。

「ヒモパン履くっていう」。
「ちがう・・・」。

「そうすると、その期日が来るまではただの紙切れなんだな？」

「ちょっと違う。これを速攻で現金化する方法もあるんだ」。

「？」「？」「？」

「たとえばそれがトヨタ自動車の振り出した約束手形なら、数ヶ月後に現金になるのは確実だろ？」
「ああ。トヨタならつぶれないからな」。

「そこでそれを銀行に持って行くと、その手形を担保に少しだけ金額を割り引いて現金化してくれるんだ」。

「割り引く？」

「そう。100万円の手形なら、99万円とかで」。

「ちょっと損じゃん」。

「損だけど、すぐに現金が欲しいってことはあるだろ？従業員にボーナス払いたいとかさ」。

「なるほど。新しいエロ本ほしいときとかな」。
「でもトヨタのはいいけど、ランジェリーショップ西条のはやだな」。

「そこなんだ」。
グレート井上くんが人差し指をたてて、説明を続けます。

「同じ100万円の手形でも、トヨタの手形は担保にしてくれるけど、ランジェリーショップ西条の100万円の手形だと担保にしてくれない場合がある。価値が違うってことだ」。

「3ヶ月後には同じなのにな」。

「信用度が違う。ランジェリーショップ西条のは支払えなくなる可能性があるだろ？」

「パンツが予定ほど売れなかった場合とか？」
「そうそう」。

「ほらみろ。だからヒモよりレースだったんだって」。
「え。きわどさが足りなかったんだよ」。
「いや、時代はスケスケだよ。スケパン」。
「そうだったか・・・。失敗した・・・。スケパンだったか・・・スケパンお欄」。
「なんで姉ちゃんの名前出す!?」
例によって小競り合い。

「聴けっ！」

「あ～～～。はいはい」。
サル並みの反省。

「振り出した手形分の現金を期日まで用意できない場合・・・」。
「できない場合？」

「不渡りって言ってね。手形の価値はゼロになる」。

「その場合は？」

「手形が銀行から差し戻されるだけ。現金にできませんでした、って」。

「お！そしたら無料で仕入れじゃん！スケパン！」
「うん。けどもらった人は黙っちゃいないから」。
「そりゃそうだな」。

「手形の不渡りはたいていその企業の倒産を意味するから。なにがなんでも落とすものなんだ」。

「うん。それはよく聴く」。

「だから担保としての価値は高い。たとえその・・・セ、セク、セク・・・」

「セクシーランジェリーショップ西条」。

「そう。それ」。

「いいかげん覚えろよ！井上！」
いや。覚えてもなんの価値もないと思います。

「話はもどるけど、”ランジェリーショップ西条”の手形でも割り引くところはある」。

「え？どこどこ？」

「それがその、野口さんみたいな金融屋だよ」。
「権藤さん！」「早乙女っ！」

「しかもね。自社振り出しの手形も割り引くことができるんだ」。

「自社って”セクシーランジェリーショップ西条”の？」

「そ、そう。それ」。

「覚えろよ。井上」。

一見、僕たちにはまったく関係のなさそうな「手形割引」のシステムに、まさか直接関わろうなどとは、この時誰ひとり予想していませんでした。



今日の標語：人間やめますか？それともランクリやめますか？
あれ？逆じゃん！人間やめてもランクリやめるな！

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