ぼくたちと駐在さんの700日戦争

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＜おことわり＞本日シリアスモード。笑える部分はありません

僕たちは、全員で乗り込むのを避け、教祖に会う人数を絞ることにしました。
早乙女さんの話によると、入る時に記帳をしなくてはならない、というのです。
偽の住所を書くにせよ、5人というのは危険です。

「どうしよ？」
顔を見合わせる僕たち。

「孝昭はダメだな。すぐ騙されるから」。
「え！なんで！」
「うん。ダメだ。お前、肉屋にさえ入信しちゃうからなぁ」。
「うん。ケーキ屋にも入信してるし」。
「商店ばっかだな」。

「久保は緊張耐えられないな」。
「うん。無理だな」。
「ハウアーユー必至だもんな」。

「西条は・・・・」。
「ダメだ」。

当人以外全一致で戦力外通達。

「な、なんで！？」
不満たらたらの西条くんですが

「論外」。
理由も全員一致。

「え～～～～。もうゲロ吐かねぇって」。
「そう言う問題でもない」。

僕たちがもめていると、早乙女さんが忠告しました。

「言っとくが自営の家と公務員のやつはやめとけ」。

「？」

ウインクこそしませんでしたが、それが僕たちの立場にたったものであることは容易にわかりました。
まんざら悪い人ってわけでもなさそうだ・・・。この人。

これを受けて僕。
「村山にはさ。外であたってもらいたいことがあるんだ」。

「ん？いいけど。なに？」

「あそこに車並んでるだろ？」
「うん。それが？」

「うん。そのバンパーにな・・・」。
僕が村山くんに耳打ちしていると

「おぃ！決めたか？」
早乙女さんが催促します。

「ええ。僕が」。

「じゃ。来い」。

玉砂利の庭。鉄平石の石畳を渡り、異様なつくりの門構えの玄関へとたどり着きました。
一般家屋よりはだいぶ背の高い引き戸が開けられ、早乙女さんが中へといざないます。

やたらに天井の高い玄関へと入ると、なにやら巫女さん風のスタイルをした女性が出て来て、早乙女さんと打ち合わせています。

「ここに名前書け」。

和紙であろう記帳書は、すでにたくさんの名前が記載されていました。

僕はちょっと迷いましたが、実際の住所氏名を書いてみることにしました。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
もし、インチキ宗教家であるなら、この住所で動き出すはず。
たとえなにかがやってきても、なにしろ「バラモン教」の母ですので、なんとかしてくれるだろう、という母頼みの大博打でした。

僕は慣れない筆で、隣りの達筆な字を横目で見ながら、ハネもトメもない、いかにも貧相な字を書きました。
電話番号の記入欄があり、これも僕を悩ませましたが、しかたないので、これも正規のものを記入しました。

「少々お待ちくださいませ」。
女性が記帳を持って、奥へと一旦下がりました。おそらく電話番号で「本物」か確認するのでしょう。

少し時間があき、手持ち無沙汰になった僕は

「これは・・・」。
僕は壁にかけかれた絵を指してたずねました。

「ああ。右が極楽図。左は地獄絵図だ。この地獄絵図はな。国宝級らしい」。

その大きさは横で6m近くもあり、「国宝級」がうなづけました。
そこには、我々のイメージする地獄の図が、実に克明に描かれていて、見る者を圧倒するものがありました。

そして正面に古い写真。

「あれが・・・先代ですね？」

「ああ。そうだ。あとは余計なおしゃべりすんな」。

早乙女さんが、怒ったように言いました。

写真を見る限りで、先代は、そんなに悪い人のようには見えません。
むしろ僕は、母によく似た面影を感じたほどでした。

ようやく女性がもどってきて
「お待たせしました。こちらへどうぞ」。

いったい何人が靴を脱ぐのか、学校のように広い玄関の渡りで靴を脱ぐと、いよいよ中へ。

正面扉が開くと、そこは廊下でした。
廊下は窓には面しておらず灯りは電球だけ。
短いながら昼とは思えぬ暗さです。
電球は、二燭光程度のもので、しかもじょじょに暗くなっていくような・・・。

やがてひとつの大きな扉の前。

早乙女さん。
「ここからは俺はついていけねぇ。ま。せいぜい頑張れや」。
そう言うと、早乙女さんは元の廊下をもどっていきました。

すると女性が
「時計をはずしてそこの箱に入れてください」。

時計を？なぜ？

僕は言われた通り、時計をはずしそこにおかれていた紫の箱に入れました。

「ではどうぞ」。

扉が勝手に開きます。

その部屋は、15畳ほどの大広間で、廊下よりさらに薄暗く、真ん中に椅子がおいてありました。
人数がわかっているのか、椅子はひとつだけ。

僕はおそるおそるそこへ入ります。

すると扉は後ろから閉められました。

僕は、天井にまで描かれた大曼荼羅を見ながら、ここが仏教系であることを、今さらのように悟っていました。

すると、さきほどの女性の声で、いくつかの質問。
名前。住所。年齢。
それは生の声ではなく、どうやら無指向性のスピーカーかなにかであるようです。

「お若いのですね」。

「ええ。まぁ」。

そして女性は、ついさっき早乙女さんから聴いた、先代の話を繰り返しました。
ただし、指を切らせた話には至らず、そこから二代目の話へ。

「お父様はその跡をつがれた純粋なおかたです。この世の森羅万象すべてをご存知です」。
「そうですか」。

「虹色家族はけしてあなたに入信をすすめるものではありません。よろしいですか？」
「はい」。

「ではどうぞ、お父様とお話しください」。

そして。灯りが消されると、そこはまったくの漆黒でした。
光のかけらもない。

経験ありますか？まったくの闇。
目をつむったのとも違います。
なにしろ自分の手がどこにあるかさえわかりません。
しかもおそらく防音室なのでしょう。外の音はまったくしません。
自分の耳のわずかな耳鳴りが聴こえるだけとなりました。

　いや・・・。違う。

　なにか感じ取れない低い音が・・・。

それはパイプオルガンの可聴範囲を超えた低音のような・・・。

自分の感覚がおかしくなっていくのがわかります。

　そうか・・・。こうやって・・・。

　わかった！時計にはライトがついているから、はずさせたんだ・・・。

音は次第に大きく、しかも脈打つ感じがしましたが、やはり可聴範囲を超えているのか「振動」としてしか感じ取れません。

僕はしばらくそうやって周りに神経を研ぎすましていました。

それが10分であったのか。あるいは30分であったのか。
よくわかりません。

そしてようやく、さきほどまでの気になっていた音が止み、幾分、気分がよくなると、今度は目前に小さな白い光が見えました。
点のような光でしたが、今まで漆黒の闇であったため、異様にまぶしく、なによりその安堵感・・・。

　ん。この光・・・。見たことがある・・・？

　
「心は・・・・・静まりましたか？」

こいつが教祖だ！



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