ぼくたちと駐在さんの700日戦争

食事が終える頃、僕は本論に入りました。

「それで坂本、どうしたって？」

「あー。はい。それがですねぇ」。

ジェミーの話によると、坂本くんの家業が突然うまくいかなくなってきて、それにすっかりまいっていた坂本くんのお母さん。そこに勧誘員が知人をツテに現れ、教祖様を連れて来たのだとか。
その教祖が次から次にと、坂本家の現状を言い当て、それにすっかり心酔したお母さんが入信を決めたらしい、とのこと。
ところが教団からは、次から次にさまざまな霊感商品を売りつけられ、ただでさえうまくいっていなかった坂本家の家計は破綻寸前。
しかもご近所や、お得意様にまでその信仰を進めるため、ますます孤立し、うまくいかなくなっているらしいのです。

「ふうん・・・。でも高校生の息子のともだちがどうこうする話でもなさそうだな・・」。

「でも僕たちは心霊研究してきたじゃないですか。絶対きな臭いんですよね～。この話」。

「うん。まぁ、確かに」。

「坂本は、先輩なら大人に口たつからお母さんを説得できるんじゃないかって」。

「ん・・・・・・」。

僕は坂本くんのお母さんとは面識がありました。
そんなに回数が多いわけではありませんが、商売人でバリバリとやっていたその姿からは「入信」は、ちょっと考えにくいことでした。

「うーん。あのお母さんがねぇ」。
「ええ。僕もビックリしてます」。

「こないだ春のPTAの集まりあったでしょ？」

「ああ。それ2年生の親だけだよ」。

「ええ。そこでも勧誘やったらしくって」。

「学校で？」。

「ええ。それ担任の雛田先生の耳にも入って」。

「雛田の？」

「はい。それ噂になってて。坂本、ちょっとやばいんですよ～」。

「そうか・・・・・」。

ちょっと問題は深そうです。


と、そこに唐突に母がやってきました。

「お前。このプリント・・・」。

「あ。母ちゃん！なんだって人の鞄勝手にあける？」

「はぁ？そういうのはねぇ。学校のプリント、ちゃんと渡せるようになってから言いなさいね！」

「う・・・」。

「まったく小学校から渡したためしないんだから。何回PTAの集まりで泡くったと思ってんの？」

「え。でも行きっぱぐれたことないだろ？」

「そりゃ他のお母様がたよりねぇ。学校行く回数、圧倒的に多いからぁぁ」。

「う・・・」。

「お呼出しでっ！」

「・・・はい・・・」。

「定期買いたいわよ。こっちは」。

「うう・・・」。

「それでね。このプリントだけど」。

1枚のプリントに見入っている母。それは・・・。

「駐在所で映写会やるのね。行こうかしら？」

「え・・・・・」。

「それにしても駐在。なに考えてんのかしら。こんなの上映して」。

”こんなの”は、母ちゃんのお友達の井上さんのフィルムです、と言いたくなるのをこらえながら、

「行かないほうが・・・いいと思うよ」。

「そう？母ちゃん、駐在に説教してやろうかと思って」。

「いやぁ・・・説教も・・・しないほうが・・・ほら。個人の自由だしさ！」

「お前、いつも駐在さんの肩もつねぇ。駐在さんはね、個人じゃないの！公人！」。

なんとか止めないとたいへんなことになりそうです。
説教しに行ったあげく、それが息子の仕業となれば立場がありません。

「でも。なんだってここだけ青インクなんだろうね・・・」。

そうです。『駐在所だより』は図書館の輪転機の黒インクが使われていました。
僕たちの使った学校の輪転機は青インクが入っていたため、そこだけ青。
おかげで「映写会」だけ目立つ目立つ。

「と、とにかく行かないほうがいいと思うよ」。

「んんんん～～～～～～？」

母。なにか感づいたようです。
しかたないので詳細白状。


「このバカ息子がーーーーーーっ！」

「あい・・・」。

「なんてことすんの！」

「・・すいません・・・」。

「私に謝ってどうこうなんないでしょ!?」

めずらしく悪戯を叱る母。
どうしたと言うのでしょう。

「しかも薫ちゃん(グレート父)のフィルムだなんて」。

「うーん・・・」。

「お前ね。やっていい悪戯と悪い悪戯があるよ？」。

「うん。わかってるつもりだけど・・・」。

「わかってない！」

手厳しい。
これはダメなのか・・・・。

「当たり前でしょ？何人に迷惑かけると思ってんのっ！300人よ！300人！」

「そ、そうか・・・。そうだね」。

「300人もいればね。不快に思う人もいるでしょ!?」

「あ・・・う・・・うん」。

幾度も呼び出しをくらっている母が言うと説得力があります。

「とにかく準備なさい！駐在所あやまりにいくから！」

「え～～～～～～」。

「ジェミーちゃんもいっしょよっ！」

「僕もですかぁ？」

「加担したんでしょ。どうせ」。

「う・・・・」。


駐在所へ向かうタクシーの中。

「ごめんよ。母ちゃん」。

「まったく。やっていいことと悪いことの見境もつかないなんて。情けないっ！」

まだプンプンの母。

「じゃ・・・。銀行強盗なんてとんでもなかったんだね・・・」。

「ん？」

しばし考え込む母。

「ああ。あれは面白かったわね～～～。よくやるわ～～～～」。

この境界がよくわかりません。

「じゃ。レーダー測定妨害とかもダメだったね」。

「あっはははははは」。

笑ってます・・・。

「本屋さんの毒ガス・・・」。

「あははははははははははは」。

ウケまくってます。

「白バイ白線流し・・・」。

「あっはっはっはっは。もうかんべんして～～～～～」。

「靴の墓場・・・・」。

「ひ～～～～～ひ～～～～～、こ、呼吸・・・」

「パトカーエロ本車検・・・

「ひ・・ひ・・ふ～～～、ひ・・ひ・・ふ～～～」。

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