ぼくたちと駐在さんの700日戦争

が

「あら。ママチャリくん！」

そこに子供を抱いたマリア様みたいな美人がひとり。
そうです。奥さんです。

「お茶。飲んでく？」

警察関連施設で美人にお茶をさそわれる高校生。
自慢じゃありませんが、全国でも稀です。

「そう・・・あの人がそんなことを・・・」。

「ええ」。

「あのね。ママチャリくん。夜回りをする警察官はたいていそういう話が苦手だわ」。

「え？」

「夜のパトロールとかが仕事でしょ？警察官は。けっこういろいろ出会うらしいの」。

「いろいろ・・・ですか」。

「これはねぇ。あの人と結婚したばかりの頃聴いたんだけど・・・」。

そう前置きして、奥さんは語り始めました。


「あの人がね。今の前の前の赴任地にいたとき、夜のパトロールをしていたのね」。

「はい」。

「ここよりは少し小さな町で、川にはね、船着き場もあるのどかな田舎だったわ」。


そこにご近所から「稲ばあちゃん」と言われる人物がいたらしいのです。
家は質素でしたが、山形県酒田市の豪族「本間家」の末裔にもあたるらしきかたで、元々は近所でも有力な農家だったという話。
親族も多く、その先祖が、村が飢饉に陥った際に米蔵を解放したことから、地元では先祖代々大きな信望がありました。

「ある日ね。あの人が夜のパトロールをしてたらね。提灯を持った稲ばあちゃんに会ったらしいのね」。

「はい・・・」。

話の雲行きがへんです。

「おや。稲ばあちゃん、こんな深夜にどこ行くんだい？」

「あらぁ。駐在さん～～。いつもごくろうなこって～」。

「いや。ばあちゃん。夜道はあぶないって。どこまで行くの？」

「ん。甥っ子のね。マツ坊んとこにね。行こうとしてんだ」。

「松っちゃんのとこ？ずいぶん遠いなぁ。いいよ。ばあちゃん、じゃ、つきあうから」。

「そうかい？悪いねぇ。駐在さん」。

「いや～～～。仕事だから。それにパトロールなんて名前ばっかでコースなんか決まってねぇんだから。わははは」。

「ありがとよ。駐在さん」。


「あの人ね。お人好しだから。ついてってあげたみたいなの」。
「うん。駐在らしいや」。
西条くん。

「ところがね。船着き場のある川に来たとこでね。稲ばあちゃんが・・・」。


「駐在さん。あとはここでいいよ。一人で行くから」。

「え。あと少しだからいいって」。

すると稲ばあさん。とつぜん厳しい顔で

「いんや。あんたはこの橋、わたっちゃなんね」。


「って・・・。そう言うんですって。あの人ね。その真剣さに、そこで稲ばあちゃんとは別れたらしいの」。

「はい・・・」。

「でもね。あの人、どうにも気になって。途中からおりかえして、その松坊さんの家に行ったらしいのよ」。

「はい・・・」。



ドンドンドン

「松っつぁん！おきてっかーーーー！」

ドンドンドン

ようやく引き戸が開き

「おや。駐在さん、どうしたんだい？こんな夜中によー」。

「い、いや。稲ばあちゃん、来たか？」

「え？ばあちゃん、来てないよ」。

やがて気配を察して、松坊さんの一家中が起き出し、暗かった部屋に灯りがともりました。

「え・・・おかしいな。そこで稲ばあちゃんと会ったんだが。ここに来るって・・・」。

「ここに？なぁ、誰かたずねてきたか？」

すると松坊さんの奥さんが

「ああ・・・。そう言えば、さっき引き戸あいたと思って見に来たけど。でも誰も来てなかったよ」。

ところが、

　ジリリリリリリリリ　ジリリリリリリリリ　ジリリリリリリリリ

電話のベルが鳴りひびきました。

「なんだこんな夜中に。あ。駐在さん、ま、あがあって茶でも飲んでけよ」。

そして松坊さんの奥さんが電話をとり、へたへたとそこに座り込みました。

「あんたー。本家の稲ばあちゃん・・・たったいま、病院で亡くなったってよ・・・」。

「な、なんだって!?」

「そうだよ、稲ばあちゃん、入院してた・・・。そう言えば・・・」

「ええええええええ！」



「それでね。その帰りにね」。

「はい・・・・」

「あの人、不思議だって思いながら元の道をもどってね」。

「はい・・・・」

「また元の船着き場の橋まで来たら・・・・」

「川面にね。提灯の灯りがゆれてるのが見えてね・・・・」。

「それがゆっくりゆっくり・・・手をふってるみたいに動いていたんですって・・・」。


オギャーーーーーーーー

ここで愛ちゃんが声をあげて、僕たちびっくり。

心霊研究会とは言え、この奥さんの話は堪えました。
なにしろ夜回り経験者の話。説得力がちがいます。
また、奥さんのまー語りの上手なこと！

西条くん。すっかりビビりまくっていて

「なぁ。今日、おまえんち、泊めてくんない？」

「ああ。かまわないけど」。

「あ。やめた。おまえんとこバアさんいるもんな。夜中顔あわせて腰抜かすのもやだな」。

「ん？」


僕は少し気になることがあって、

「西条。ちょっと駐在所もどるから。また明日な！」

あたりはすっかり暗くなっていて、駐在所には灯りがついていました。
ひっそりと様子をうかがう僕。

「わーーはっはっはっはっはーーー。ビビってたか！西条たち！」

「ええ。すごく青ざめて帰ったけど」。

「ざまーみやがれ！俺さまを殺人ナナハンとかで脅すからだ！」

やっぱり。
そういうことか・・・。

と、そこに通りかかった人がいました。

僕はその人に、自分の傘をあずけると
「あ。これ、すいませんけど駐在さんとこに届けてくれませんか？」

「ああ。いいよ。なんで自分で届けないんだい？」

「え。いや。僕はちょっとまずいんで」。

「ははぁ。あんた、またなんかしでかしたんだね？いいよ。届けてやるよ」。

僕は、その人が駐在所の引き戸をあけるのをじっと待ちました。

「こんばんわ。駐在さん、いるかい？」

「のわああああああああああああああ！」

聴こえてくる駐在さんの大悲鳴！

「な、な、なんだ。三浦のばばばばぁ！なんだって夜にくるっ！」

「え？失礼だねぇ。ばばあはないだろ？」

「あ・・・。す、すまん。ちょっと・・・・」。

ざまみろ。人をおどすからだ。

まぁ、傘は明日とりにいくとして・・・。


僕はさらに、駐在所の横で様子をうかがいました。

駐在さんと奥さんの会話が聴こえてきます。

「あーーー。三浦のばあさん、のそっと入って来やがって。ビビったぜーーー」。

「でもあなた。あの稲ばあさんの話って、ほんとなんでしょ？」

「あ？ああ。本当だ。でも提灯見えたときにはな。なんか、不思議と怖くなくって。心おだやかっていうかな。ずっと見送ったんだ・・」。


えええええ！ほんとだったの？

僕はいてもたってもいられず、駐在所の扉を開けました。

「あの・・・。すいません。今夜泊めてもらえません？」

夜道。帰れない・・・・。
橋渡るし・・・。



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