ぼくたちと駐在さんの700日戦争

飲食店、特に若者向けの商売をしていると、招かざる客というのは、必ず来るものです。
僕はよほどについていたのか、これにわずか3日目で遭遇してしまいました。

「君、出前行くと帰って来ないから、僕が出前行くから。店たのむよ」。
「え！マスター、店たのむって言ったって、コーヒーと紅茶以外、僕、出せませんけど」。
「大丈夫、大丈夫。それ以外の客なんてめったにいないから。スイートは冷蔵庫の中入ってるし。すぐもどってくるから」。

「そ、そうですか」。
「うん。君とちがって」。

やっぱり根に持ってたんだな。マスター。
これもかなり屋女将さんと、駐在さんのせいなのに。


そして招かざる客は、この数分後に現れました。

「いらっしゃい・・・ませ」。

それはバイクで訪れた3人組で、誰がどういう視点で見ても「族」。
彼らは必要以上に賑やかにドアを開けて入って来ると、手前のテーブルに陣取り、おもいきり足を広げて椅子に腰掛けました。
とたんに店内の雰囲気は一変します。

「ギャハハハハ」
「そいでよー。その　より子っつー女にさぁ。電話かけたわけよー」
「おー、そいでそいで？」

席に着いたとたんに、怒鳴り声にも近い大声で会話を始め、全員がタバコをふかし始めたのでそのあたりだけが青く見えるほどでした。

「いらっしゃいませ」。

それでも客商売ですので、水を持って席へ。

「あー。あんちゃん。俺、コーヒー」「おれもー。ホッッット、ね。ギャハハハ」
ホットのなにが面白いんだ？こいつら。

「はい。ではコーヒー3つで」。

「おー。さっさと持ってこいよ。おれらぁ気ぃ短けえんだからよー」。

「承知しました」。

奥にいた他のお客さんたちが、一斉に席を立ち始めました。
無理もありません。こんなのにからまれたら、カップルなんかはひとたまりもありません。
しかし、帰り際の女性にさえ、ちょっかいを出すありさま。

こいつら・・・。

レジが混み合ったために、僕は彼らにコーヒーを出すのが少し遅れました。

「あんちゃん、俺らぁ気ぃ短けぇって言ってるだろ？ああ？聞こえネェのか？」

「あー。すいません。少々お待ちを」。

こんなもんでも客は客。僕の店ではありませんからやむをえません。

「お待たせいたしました」。

「最初っからそうしろっつってんだよ！」

が、3つめのコーヒーを出した時に、手前側のひとりが足を出したのに、僕は気づきませんでした。
このため、その足にひっかかり、テーブルがガタガタっと揺れました。

「おいーーー。ウエイター。気ぃつけろよ。こらぁ」。
「す、すいません」。

「お前、俺らぁ、何様だと思ってんだ？」

「えっとーーー。お客様？」

「あん？」
「ぎゃははははは。ちげーねー。こいつ面白いなーーー」。

しかし足をかけた当人は
「あんちゃん。このへん無事に歩きたいなら、舐めたこと言うんじゃねぇぞ」。

見た所、僕と同年、か、それ以下？
いずれにせよ高校生でしょう。このあたりで見かけた顔ではありません。
なによりこのあたりの高校生は、僕にちょっかいを出したりはしません。


しかし。ここまでは序の口でした。

チャリーン

「おい。あんちゃん。スプーン落ちたからよー。取っ替えてくんねぇか？」

「はい。承知しました」。

言いなりにスプーンを取り替える僕。

が。カウンターにもどると

チャリーン

「あー。あんちゃん、また落ちたわ。悪いねぇ。取っ替えてくんない？」

どうやら僕が若いのでからむつもりのようです。

「あ？また落ちたわ。ヒャハハハハハ」。
これを4度ほど繰り返したので

「ありゃ。あんちゃん。だめだなぁ。ここのスプーン落ちやすいわぁ。もっと落ちにくいの持ってきてくんねぇとなぁ」。
「ギャハハハハハハハハ」。

「承知しましたー」。

僕は奥からカレー用のスプーンを持って行くと

「はい。これ、最後の1本なんで大切に使ってくださいね」。

「な！」
「ギャハハハハハハハハ」

「あんちゃん。どうも俺らが何様かわかってねぇようだなぁ」。

僕の額に額をくっつけて来ました。
一触即発。と、思いましたが、残りの2人がこれをおさえ、事はおさまりました。

僕は洗い物をしながら、彼らの会話に耳をかたむけていました。
いえ。耳をかたむけていた、というより声が大きすぎて、勝手に入ってくるのですが。

しかしこの会話の中で

　「しかし、こないだの西条はやばかったなぁ」。
　「ああ？西条？なんぼのもんだ。あんなやつ」。
　「でも工業の茶木のグループもやられてるぜ」。
　「へ。西条怖くて族できるかって」。
　「そうそう。俺らには鹿目さんがいるんだからよー」。


ん？西条？
そうか。西条が言ってた「族」の一味か。こいつら。
鹿目？聞き覚えがありますが思い出せません。

やがて
カランカラーン
次のお客様が入って来ましたが、彼らがあまりに目立つところにいたために、そのまま店を出てしまいました。

なんとかしなきゃ・・・。

そこで僕は、店から駐在所に電話しました。いえ。通報をしたかったわけではありません。

「もしもし。今日、五十嵐さん、来てます？あ。よかったー。換わってもらえます？」

「あ。五十嵐さん？いや。腹痛いって・・・。気のせいですから。ええ」。

「うん。昨日と同じのやってみたいでしょ？はい」。


3人は、やがてテーブルに足を乗せる傍若無人ぶり。

「あ。お客様。テーブルに足を乗せられては困ります」。

「んあ？てめー！なんだってさっきから・・・」。

と、すごんだところで・・・・。


窓の外に赤色灯。

「げ！マッポ？てめー、呼びやがったのか？」

「いえいえ。まさか。コーヒー飲んでるお客様にそんなこと」。

「そ、そうか」。

と

”ママチャリーーー！手を上げて出て来いーーーー！”
パトカーから放送。

”さっさと出て来ないと撃つぞーーーー！そこにいるのはわかってんだーーーー！”

始まりました。五十嵐さんの特別機動捜査隊ごっこ。本物のパトカー使って。

族が急激な事態にわけもわからずびびっています。
そりゃそうだ。
すでに足はテーブルからおろして揃えていました。

「だ、だれだ？まま、ママチャリって・・・」。

「あ。お客様、心配いりません。僕です、僕」。

と、僕が両手を上げて、扉の方へと移動しました。

”ママチャリ！やっと出て来たな！”

僕は手を上げたまま、パトカーへと近づき

「五十嵐さん。ありがと。助かりましたよ」。

「ん？なにが助かったんだ？このバイクか？」

「ちょっとそこで待っててくださいね」。

「あ。このバイク、整備不良とれるかもー。ラッキー♪」
と、五十嵐さん。
さすが交通機動隊。

僕がそのまま店にともどりますと、すっかり青ざめている族のみなさん。

「お、お、お前いったい・・・・」。

「ああ。お客様・・・・」。

僕はちょっと意気込んで
「俺様を何様だとお思いですか？」


「あ・・・。す、すいません・・・・」。


「早くいかないと、整備不良とか言ってたよ。外の交機が」。

「げ！こ、交機!?」

「どうする？中入ってもらってもいいけど」。

あわてて退散する3人。
しかし、外ではしっかり五十嵐さんが手ぐすねひいて待機していたのでした。


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