ぼくたちと駐在さんの700日戦争

僕はこの本で、知らないコーヒーの飲み方や種類が膨大にあることに驚きました。
なにしろ、当時は、普通のドリップ以外は「ウィンナーコーヒー」くらいしか世に知られていませんでした。
そのウィンナーコーヒーでさえ、ウィンナーソーセージをのせたものと信じている人が、まじめにいたくらいです。

「そろそろ駐在所、出前行ってくれる？」
「あ。そうでした。いいですよ」。

「そうそう。お代はいいからって。赤ちゃん産まれたお祝いって」。
「わかりました」。

と、店を出たものの、僕はさっきの五十嵐さんの暴挙を思い出していて、頭は復讐策でいっぱいでした。

と、ふと、さっきの経営ノウハウ本が頭をよぎりました。

そーだ！

駐在所前には五十嵐さんのパトカーが停めてありました。
駐在さんのシビックとちがって、なかなかな迫力。

「ごめんくださいー。ポプラでーす」。

「おー。ママチャリー。ホントにバイトしてんだな」。
「ええ。情報早いですね。駐在さん」

「うん。昨日な。チャーリーがうちのパトカーに悪さしてな。そん時、とっつかまえたら吐いた」。

吐いたって・・・。

「え？チャーリー、なんかしたんですか？」

「あ？コーラス部員募集のポスター、パトカーに張りやがって。俺はお前のさしがねかと思ってな。わははは」。

パトカーに部員募集・・・。そう言えば、和菓子屋のデリカにも貼ってあったな・・・。

「あやうく気づかずに出発するとこだった」。

と、ふと見ると・・・
指名手配犯の写真の横にも貼ってあることに、どうやら駐在さんは気づいていないようでした。

「えっと。コーヒーみっつでしたよね」。

僕は、五十嵐さんの相方、駐在さん、五十嵐さんの順でコーヒーをおきました。

「あ。そうそう。お代はいいそうです。ご出産のお祝いだとか」。

「あ？いや。それお祝いじゃないわ。マスター、麻雀の負け精算してないからな」。

「え！賭け麻雀、いいんですか？」

「いや。人聞き悪いな。マスターの負けはコーヒーなんだ。あいつ今んとこ750杯タダ。わははは」。

そうか。市民を麻雀で陥れて商売品タダとは。とんでもねーやつ。

「あれ？ママチャリぃ。この木の棒なんだ？」

五十嵐さんが最初に気づきました。

「ああ。それね。カプチーノっていうコーヒーで、その棒でかきまぜて飲むんです。え？五十嵐さんご存知ないんですか？シティ派なのにー」。

「あ？え？あ、い、いや。知ってるぞ。カ、カチプーノくらい。知ってるって」。

「そうですよねー。五十嵐さん、シティ派だもん」。

「お、おお」。

と、付いて来た木の棒でくるくるとカップをかき回し始めました。

「五十嵐さん。カプチーノは、もっと泡立てるほどにかきまわさないとー」。

「あ？ああ。あー。そうだな。カチプーノは泡立てるくらいじゃないとな。いや、こういうのは、だ、だんだんと速くかき混ぜるんだよ」。

「あ！そうですね！さすが五十嵐さん。よくご存知で」。

すると3人の警察官。五十嵐さんの言葉を信じて、シャカシャカ音が出るほどにおもいきりコーヒーをかき回し始めました。


実はカプチーノ。今日読んだ本によると、シナモンの棒でかきまわすわけなのですが、このコーヒーはただのブレンドでした。
この木の棒は、配達最中にそのへんの地べたで拾ったものを、てきとうに折って僕が添えたものだったのです。

ま、いい薬だ。麻雀の戦利品なんぞ、こんなもんでじゅうぶんだ。


が・・・。

五十嵐さん。

「マ、ママチャリ、な、なんか浮いて来たぞ」。

「え？」

見ると。

うわぁ。ありゃ蛾の卵だ。
きっと折った木の枝にくっついていたのでしょう。あまり確認などしませんでしたから。

しかしあわてず

「あ。それシナモンの実です。ラッキーでしたね～」。

「あ？シ、シナモンの？あ？うん。そう言えば、こ、こないだ飲んだときも出たな。シナモンの実」。

「うわぁ。五十嵐さん、すっごいついてますよ。茶柱立つよりずっとめずらしいんですからー」。

なにしろ蛾の卵ですから。珍しいことこの上ありません。

「ふふ。日頃の行いってやつだな～♪」。

はい。日頃の行いってやつです。

「シナモンの実から飲むとおいしいですよー」。

「あ？う、うん。そうだな」。

五十嵐さん、そう言われて、いっきに

ズズズ・・・・。

すすって飲んじゃいました。蛾の卵。

「俺のにはないな。シナモンの実」。

と、駐在さん。

「そうですかぁ。残念ですね」。

「ただな。ママチャリ」。

「はい？」

「なんか青虫みたいなのが浮いてるが、気のせいか？」

暖かい春。もう目覚めていやがったか・・・・。

「しかもなんか動いてるんだけど」。

「ほ。ほんとだぁ。元気いいですね・・・」

「うん。これもラッキーかなぁ？カプチーノ」。

「ええ。そ、そりゃぁもお」。

あはは・・・・やばい・・・・・。

→ → → → → → → → → →


僕が駐在さんの長い長～い説教から解放されたのは1時間後のことでした。

こりゃマスター、おかんむりだろうなぁ、と思ってポプラにもどりますと、

「おかえりー」。

意外なことに笑顔で出迎え。なんて温厚なかたでしょう。

「すいません。ちょっと駐在所でもつかまりまして・・・」。

「うん。いいよいいよ。それより君ねぇ。いましがた西条くんたちが来ててね」。

「え？西条が？」

「うん。15、6人で来てくれてさぁ。今帰ったばっかりなんだけど」。

なんだ。僕を待っていればいいものを。

「そうでしたか」。

「うん。それで・・・・これ」。

と、1枚の紙をわたしました。
それは・・。レシート。

「あのね。3250円ね。君のツケでって」。

はぁ？

「そうだねぇ。あと3日もがんばればなんとかなるから」。

ええええええええええええ！


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