ぼくたちと駐在さんの700日戦争

大喰らい女子高生のおかげで、僕は貴重な春休みをバイトでつぶすことになりました。
喫茶店ポプラのマスターは顔なじみでもありましたし、普段、客である僕を悪く扱うはずもなく

「じゃぁ、時給300円ってことで。2日も皿洗いでもしてくれればいいから。ね」。
「ありがとうございます～。マスター」。
「2日で3000円になるからね。こないだの飲食分引いても1000円はあげられるな」。

1000円にしかなんないのか・・・。あとはパフェとエクレアとケーキとしてあいつらの脂肪となったわけで。
当然ゆかいではありませんが、仕方ありません。でもそれではあまりにみじめな労働なので

「じゃ、マスター。3日間でいいですか？」
「ああ。かまわないよ」。

当時、喫茶店のマスターと言えば、片田舎にあっても垢抜けている人が多かったものですが、ポプラのマスターはちょっと違いました。
どちらかと言えば、見た目寿司職人？


僕にとって、なによりこのバイトがおいしかったのは、好きなレコードをかけていい、という店員特権でした。
当時の喫茶店は、どこでも高級なオーディオセットを備えておりました。ポプラも例外ではなく、僕はこれをいじれる期待に胸をふくらませていました。

が。
「す、すいません。マスター。レコード、演歌しかないんですけど・・・」。
「いやー。好きなんだよねぇ～。君、嫌い？北島三郎」。

「いえ・・・。とりたてて嫌いってわけじゃないですが・・・」。
レコードで聴くほどでもない。

「バタヤンもいいよねぇ。兵庫のバタやん」。
ちょっとちがう。
そういうとマスターは、コーヒー豆をいりながら『かえり舟』を口づさんでいるのでした。

よくこんなんで若者相手の喫茶店つとまるな・・・。

そう言えばこないだ来た時のBGMは、ビートルズだったように思うのですが
「あー。あれはねぇ。お客さんが編集して持ち込んだテープなんだよ」。

そうか。耐えられなかったんだな。お客も。
ブルーマウンテンに北島サブちゃん。うん。蟹みそ汁の味になっちゃうな。ブルーマウンテン。

また、ポプラは地理的なロケーションがいいせいか、この町ではめずらしく『東京FM』が入りました。
このため、BGMは、もっぱらFM東京の番組が流れっぱなしで、これもまたポプラ人気の要因ともなっていたのです。
当時のFM東京は、その頃田舎で唯一聴けたNHK-FMと比べて、圧倒的にポップでした。
商売、なにが原因でうまくいくかわからないものです。


バイト2日目ともなると、僕がここでバイトしていることが早くもリークし始め、大量な高校生たちが訪れるようになりました。

「いやー。君のおかげで客増えたよー。ありがたいなー。もっと日数増やしてもいいよ」。
「まぁ。ものめずらしいうちだけですから。とにかく3日ですね。3日」。
大事な和美ちゃんとのデートができる日を、これ以上イチゴパフェにつぶされてたまるか。

「ところで、コーヒー出前に行ってくれる？」
「あ。かまいませんよ」。
田舎に限らず、当時の喫茶店は、けっこう出前による売上が大きかったものです。

「で、どこでしょう？」

「かなり屋さん」。

「はぁ？」

「かなり屋食堂さん」。

いや。かなり屋って。あそこのメニューにそもそも「コーヒー」ってなかったか？

「わ、わかりました」。
「店も混んで来たからなるべくはやくねー」。

というわけで、コーヒーの出前でかなり屋食堂へ。
何考えてんでしょう？女将さん。

僕が食堂へつくと女将さんたち。
「お！来た来た！」

「コーヒー、お待たせしました～。って、おばちゃん!!」

「ん？」

「コーヒー、メニューになかったっけ？ここ」。

「ああ。あるよ」。

「じゃ、なんだって出前たのむわけ？」

「んー。あんたバイトしてるっていうし、たまに本格的なの飲んでみようと思ってね」。

そうか。ここは本格的じゃないのか・・・。絶対注文できないな。かなり屋コーヒー。

「はい。コーヒー2つ。300円です」。

僕はテーブルの上にコーヒーをふたつ置きました。

「あ！ちょっと待って。今飲んじゃうからさ。どんぶり、持って帰ってよ」。
「コーヒーカップ！」

よく食堂やってるなー。

が。

「お！うまいねー。父ちゃん！こりゃーうちとは大違いだわー」。
旦那さんも（つまり河野会長のお父さんですね）。
「あー。うまいな。さすが喫茶店だ」。

「父ちゃん、やっぱインスタントじゃダメかねぇ」。

げ！インスタントなのか？かなり屋コーヒー。
し、信じがたい・・・。

「んー。違いがわかっちゃうねぇ。違いがわかる男の味？」
違い方が逆だって・・・。
そりゃわかるわ。レギュラーとインスタントだもん。馬鹿でもわかる。

「お、おばちゃん。今までコーヒーってインスタント出してたわけ？」

「んー。そう。ネスカフェ。まー50円だしねぇ」。

「うーん。安いとは言え、ネスカフェでコーヒーって・・・詐欺？」。

「あ？何言ってんだい。よく見てご覧」。

と、壁のメニューの貼紙みに目をやると

”ネスカフエコーヒー　50円”

ほ、ホントだ。はじめっからネスカフェって書いてある。しかも「エ」がでかい。
そしてすぐ横に目をうつすと

”ゴールドブレンドコーヒー　70円”

そうか。ゴールドブレンドは少し高いのか。

「じゃぁ、ここでブレンドって頼むと・・・・」。

「ああ。ゴールドブレンドだよ」。

なに堂々と言ってやがる。
そりゃ確かにブレンドだけど。
全国にあるのか？こんな飲食店。

「あ！けっこう人気あんだよ。ゴールドブレンド。違いのわかるお客さんに。わはははは」。

客も客、か・・・・。

しかしこんな話をしながらコーヒーすすってるわけですから、なかなか「どんぶり」はあかず

「あの～。僕、店、もどんないと～」。
「なーに言ってんのよっ！せいては事をし損じるってね！」

すでにし損じそうなんですが。おばちゃんたちのせいで。

結局30分かけてコーヒー2杯でねばられ
僕がポプラにもどりますと

「おそかったなー」。
「ええ。ちょっと食堂でつかまりまして・・・」。

と、洗い場に移ろうとしたその時・・・

”ママチャリーーーーー!!”

あ？

窓のブラインドごしに見慣れた赤色灯ピカピカ。

”ママチャリーーー、手をあげて出て来なさい!!”

げ！い、五十嵐さんっ!?
なに街中でとんでもねぇことやってんだ？

マスター、けげんな顔つきで

「マ、ママチャリって・・・き、君のことかな？」

「はい～。そのようで・・・・」。

「な、何があったか知らないが出たほうがよくないか？その・・・警察だし・・・」。

「はい～・・・出てみます・・・」。

その間にも

”ママチャリー！お前の母さんは泣いてるぞーーーーー！”

だからてめぇのせいだっつってんのに。

”今おかあさんに替わるー!!”

え！母ちゃん来てんのか？

と、思いきや、五十嵐さん、突然裏声で

”ままちゃりちゃん、でてらっしゃい。あなたそんな子じゃなかったはずよ”

僕はいきなりポプラの扉を開けると

「五十嵐さん!!」

五十嵐さん。なんと横着にもパトカー放送のまま

”あはははー。昨日の『特別機動捜査隊』みたいだろー”

みたいだろうって、それやりたいだけ？

”あのエンディングテーマ泣けるよなー。♪わ～た～し～だけのじゅうじか～”

てめぇのやってる事の方がずっと泣けるわっ！

”それでなー。ママチャリー。コーヒーあとで駐在所まで出前な。3つ～。よろしく～”

よろしくって・・・・。赤色灯つけて・・・・。

扉の後ろでなにごとかとかまえていたマスター。

「えっと・・・。コ、コーヒー3つ、出前・・注文ね？」

「はい・・・。特別機動捜査隊に・・・」。


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