ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＊＊＊＊＊Natsumi Side

「運転手さん！急いで！」

「急ぐって・・・・どこへ？」

「えっと・・・・」

井上王子が言葉に詰まった。

「なにそんなに慌ててんの？井上クン」

「いや・・・なんか・・・・なんかイヤな感じがするんだけど・・・・」

慌てふためいてる井上クンって、めったに見ないけど、
やっぱり大人っぽくっても、中1の男の子なんだなぁ、って。
わたしはヘンなとこに感心してた。

けれども、やっぱり井上クンは、そのへんのガキンチョとは違った。

「藤木がさ・・・。さっき見た時、髪型がちがってたんだ・・・・」

「髪型？」

「髪・・・・短くなってた。だからすぐにわからなかったんだ」

「ふぅーん・・・・・」

女の髪型なんて、普通の中1の男の子は気づかない。
たとえ気づいても、髪型が変わったからと言って、男子は、なんとも思わないものだ。

けどね。美容師の娘だからって言うわけじゃないけど、
女にとって髪型は、とっても重要だ。
プロのママに言わせれば「女は髪型で性格も変わる」。
髪型に性格が合って来る、って言えばいいのかな？

活発な髪型をした時には、活発に。
長い髪のときは、おしとやかに。

わたし？
わたしだって、ロングの時はおしとやかだったわよ～～。
今は爆発したみたいな髪になっちゃってるけど。

井上クンが言う通り、ロングのゆいちゃんが髪を短くしていたのだとすれば

「心を軽くしたいから、ね・・・・」

・・・・きっと。

だから、そこから「胸騒ぎ」のする井上クンは、やっぱり、そのへんの中1男子とはちがう。

さすがわたしの王子様～♪



「小島って・・・・意外に大人なんだな」

「髪の話だけはネ～。だって家業だもん！」

褒められちった！王子様に！

「で？どこへ急げばいいの？」と、運転手さん。

どこへ、って決まってんでしょ？

「えっとーー。とりあえずトイレのあるとこへ！」

「えええええ？」

「だって～～～～。村山クン、もうガマンできないでしょ？」

「・・・・・・・・・え？僕は・・・別に・・・・」

「ガマンできないでしょ!?」

「あ・・・・え？・・・・・ああ・・・・・」

「運転手さん、はやくぅううう！」


あ～～～～～！もうダメっ！



＊＊＊＊＊Mothers Side

藤木さんのおじいさんは、子供と同居しておりません。
同じ町に家督がいながら、同居していない家庭は、ここいらでは極めて珍しいことなので、その噂も耳に聞こえてまいります。

なぜ同居していないのか。

あまり芳しいとは言えない噂でございますが・・・・。

その孫娘さんが、「おじいさんの味」を求めてケーキ屋さんに来たのだとすれば、なんらかの接触があったということです。
それはそれで、他人の知ったことではございませんが、繋いだものが「柿のケーキ」ですから、誰が演出したかは容易にわかります。

そう。十中八九、我が子。

先日亡くなったおばあ様は、孫に会えないことをたいそう寂しがっておられたそうですから、息子は「いいことした！」と思っているに違いありません。
むしろ「生きているうちに会わせるべきだった」と。

しかしながら、大人の世界は、中学になりたての息子が考えるほどに単純ではございません。
が、その事情まで考慮に入れろ、と言うのは、中学生には、少々酷にございます。

ここで問題は、なぜ、その孫娘さんが、今日、柿ケーキを食べにやって来たのか・・・。

確実なことは、もう「おじいさんの家の行くことはできなくなった」ということでしょう。
つまり、息子の「思い」が悪い方向に働いた、ということ。
あさはかな「善行」が、「余計なおせっかい」になった、ということです。

はて・・・・。

「今日・・・・食べに来た・・・・・と言うことはー」

息子は、薫ちゃんの息子さんを誘って家を出ました。
本来なら、じゅうぶんに楽しい「お金持ちの家」。
オマケに息子の大大大スキな「かわいい妹」さんまでいながら。

それをわざわざ出かけて行ったのは、なんらかの緊急事態があったのです。

「あの時、薫ちゃんちの犬が吠えてた・・・」

誰かが迎えにやって来た？

とたんにいなくなったのですから、そう考えるのが自然です。

それも、門前まで来なかったのですから、おそらくは女の子でしょう。
薫ちゃんは、男女には厳しいですから。自分のこと棚に上げて。
そう考えれば、夕子ちゃんがめったになく後追いしたのも、合点がいきます。

「井上くんも、と言うことは・・・・A小のことね・・・・」

A小でありながら、息子にも関わりがある。とするならば・・・・・・

「中学のクラス。それも息子のいるクラス」

訪問者は、むしろ「息子を迎えに来た」と考えるべき。


すべてを繋ぐカギは「柿のケーキ」。

「間違いないわ」


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