ぼくたちと駐在さんの700日戦争

ある日、西条くんが、

「女子が電話に出た時に、受話器に鼻息がかかってザザッってなるノイズがたまんない」

などという、コアなことを言い出しました。

「あーーー、わかるわかるーーーー」
「うんうん。たまんないーーーーー」
と、賛同者数名。

これが普通の猥談で終わらないのが「俺たちの青春」。

それも「できれば加奈子さんのノイズが聴きたい」などという、さらにコアなことを言い出しまして、

「奥さんの受話器にかかる鼻息を聴こう作戦」、さっそく実行。

ああ。青春とはなんなんだ？

まず、駐在さんが「絶対留守」な時間に、奥さんを電話のベルが聞こえるギリギリ外までおびきだし、ここで電話をならして、駐在所へとかけもどってもらい、電話に出てもらう、というもの。

西条くん、
「せっかくだから青春の宝物として録音したい」

もともと、録音しないと受話器のひとり以外は、誰も聴けず意味がありません。
ちょうど森田くんが『テレホンピックアップ』という、電話の音を録音できる機器を作った後でしたので、このためだけに『録音班』まで組織して挑む「奥さんの鼻息」。

「ソニーのDuad買ってきた！」

「気合い入ってんなー。西条」

「あたりまえだ。奥さんの鼻息だぜ～？」


＜ソニーDuad=ソニーの最高級カセットテープ。録音はクローム、再生はノーマルという特殊なテープで、1本1000円もした＞

美人は、鼻息にも価値がつくのです。奥さんはDuad級。

駐在所最寄りの公衆電話で、録音班スタンバイ！
僕は奥さんを呼び出す側です。

奥さんをおびき出すのは、極めて簡単。道の向かいからでも手をふれば、すぐいらっしゃってくれます。

さっそく学校の花壇からパンジー（をかっぱらって）の鉢植えなどつくりまして、

「奥さ～～～～～～～～～～～ん！」

駐在所の向い側から手をふりますと、

「あら－、ママチャリくーん。どうしたのー？その花」

フットワークの軽い奥さん、昔っからの恋人みたいに駆け寄って来てくださいました。

いいとこまで近寄ったところで、

録音班が電話をかけます。

　RiRiRiRiRi…　　RiRiRiRiRi…

「あ、電話。ママチャリくん、待っててね？」

「は～い。急いだほうがいいですよ～？」

小走りでもどる奥さん！
録音班、レコーダーREC！スタート！

したのですが、

”あいあい～ん”

電話に出たのは、なぜかそれを聞きつけた、通りがかりの「三浦のばあさん」！
（このように、留守番電話もなかった昔、田舎の電話というのは最寄りの人が勝手に出た）

「ぐぉお・・・・！ばばぁあああ！」


＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

焦った森田くんが、電話を切ってしまったため、かくして作戦は失敗。

「ううう・・・・せっかくのDuadが・・・・・」

「まぁまぁ、上からなんかかぶせて録音すればいいじゃん」

「だよな・・・。それしかねぇよなぁ・・・・」

なにしろ、1本1000円もするDuad。
西条くん、このテープに一番のお気に入り、サディスティックミカバンドのアルバム『黒船』を重ね録りしました。


＜『黒船』=故加藤和彦氏ひきいたサディスティックミカバンドによる日本ロック史に残る名盤＞
＜動画『タイムマシンにおねがい』：サディスティックミカバンドの代表曲。なんとバックコーラスがユーミンという贅沢版＞
＜動画『タイムマシンにおねがい』：こちらは木村カエラ版＞

が。当時のレコーダーというのは、重ね録りしても「冒頭だけは前の録音が残る」という奇妙な現象がありまして（これに苦労した人は多いはず）、
西条くん、とっておきの『黒船』は、冒頭、必ず

”あいあい～ん”

という、三浦のばあさんの声で始まるのです。


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