ぼくたちと駐在さんの700日戦争

あれ？
今さら気づきました。

なににって。

コートがない・・・・・。

駐在さんが、どこにどの服をかけるか、どこのロッカーになにを仕舞うかまで知っていた僕たちでしたが、いつもかかっているところに革コートがありません。

「あ。春になったから！」

ちがいました。

「標高が低いとは言え、山だもの。着て行ったわよ？」

「え～～～～～～～～～～～～～～！」

だって、あのコートにはラードとハチミツ、とろ～り溶けてるわけで。
そんなもんを、クマのいる山に着て行ったら、エサが登山してるようなもんです。

「ま、まずい！」
「奥さん、さいならーーーー！」

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

ということで、またしても赤土山へ。

「こんだけ登山してる高校生っていんのかなー？」
「ワンダーフォーゲル部だな、ワンダーフォーゲル」

＜ワンダーフォーゲル=ドイツで始まった『野外活動』。当時、高校、大学を中心に一気に広まり、インターハイには競技種目として現在もある＞

「しかたねーだろー。奥さんを未亡人にはできねぇ！」

正確には、未亡人になったらなったでうれしいのですが、その原因が「自分たち」ってのがダメなわけです。

なによりの証拠に、
「奥さん、気を落とさず・・・・、俺がついてますよ。特に夜は」
「ああ、西条さん！あたしってイケナイ女？」
「あああ～～～～奥さん～～～～、そんなことしたら～～～～」
すでに、駐在さん亡き後の「ありえねー寸劇」まで始まっています。

赤土山から民家のある「里」までは、けっこうな距離があります。
学校からは、バイクを使っても40分。
カーちゃんは、カラスですから、行動範囲は20キロ。それも空を飛んでの話で、陸を歩くツキノワグマにとってはちがいます。

言ったように、春先の熊は、立って歩くことさえおぼつきません。
それがわざわざ、危険を冒して里まで下りてくる、というのは、まず考えられないことです。
これが、推理派グレート井上くんが
「あのハンターたちの仕組んだことではないのか？」
という根拠のひとつでした。

それに、赤土山の麓からは、途中には川があって、橋を渡らなければ、民家には近よれません。

「熊が橋なんて渡ると思うか？森田」
「まぁ・・・ありえないだろうね。でも、畑はちがうからなぁ」

そう。農村の場合、畑に熊が出た場合でも非常事態です。
農作物の被害自体は、猪のほうがはるかに大きいのですが、熊の場合は人命が脅かされます。

ところが、これにもグレート井上くん、
「ふもとの畑に？それはないと思うよ」

「なんでそんなこと言えんだよ」

「だって、あのへんの畑って、うちの土地だから」

「え～～～～～～～～～～～～～・・・・・」

もう感心するのを通り越してあきれてしまいます。
グレート井上家のグレートな資産！
そう考えると、ご令嬢夕子ちゃんを断った僕には、「逃した魚」は巨大だった、とも言えます。

「耕地として貸して、耕してもらっているんだ」
（農地は放っておくと荒れるので、土地に実った作物そのものを分けてもらうことで貸すことが多い）

「王様かよっ！」

「そうだ！」

「へへ～～～～～～～」

屈してどうする？



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