ぼくたちと駐在さんの700日戦争

そーっと・・・・そーっと・・・

小熊が逃げませんように。
母熊が気付きませんよに。

そーっと・・・・そーっと・・・

孝昭くんが上をサポートするために登ろうとすると、
やはり、小熊は、逃げる姿勢をとります。

「ダメか・・・」

「孝昭。僕より前に出るな」
「やっぱお前の臭いなのかな」

小熊は本当に幼いらしく、動く物すべてに興味を持ち、動く物すべてを恐れているようでもあります。

「まだ離乳してないようだ」

「離乳って？」

「乳離れってこと！」

「あー。乳！」

「デカい声出すな。西条の言う『乳』とは意味がちがう」

西条くんが言ってる乳は「バスト」
熊が離れていないのは「ミルク」です。

「なんだよ、なんも言ってないだろ？」

「顔にそう書いてある」

「フ・・・。お前も和美の乳からは離れてないくせに」

「・・・・。それを今、言い争わないと気が済まないのか？西条」

「うんにゃ」

おかげで緊張だけは解けました。

「最初っからそれ狙ってたんだって」

「ウソつけ！」

「デカい声出すなって！」

「ごめん・・・」

ようやっと、目前にミルク缶。
小熊は、やはり逃げようとはしません。

「待ってろよ・・・・。孝昭、上は？」

「こっちはいない」

今しかありません！

「よ、よし！」

　コココココ・・・
　ザラザラ・・・・

ミルク缶の蓋を開けたとたん、こぼれ出すポップコーン。
それを、わずか数メートル下がってマジマジと見つめる小熊。
こんな至近距離で熊を見るのは初めてです。
その姿のかわいいこと！とても「猛獣」とは思えません。

「よ、よし！開けた、逃げよう！」

「よっしゃ！」
「目ぇそらすなよ！」
「おお！」

西条くんが、僕を守るように、後ろにしました。
小熊くらいなら、襲って来ても、西条くんなら一発でしとめるでしょう。
だからこそ、争いごとを避けなければなりません。

ところが小熊。
僕たちが数歩も後ずさりする前に、ミルク缶に近よると、ガツガツと、しかし器用に、ポップコーンをほおばり始めたのです。
普通、動物は、食べている最中は無防備になるので、敵がいなくなるのを待ちます。
が、小熊は、そこまで教わっていないか、あるいは、待ち切れなかったのかも知れません。

　シャクシャク・・・

「よっぽど腹へってたんだなー」
「うん・・・・」

ここまで食べる音が聴こえます。

ということは。

親熊は「無事ではない」のかも知れません。

しかし、誰もそのことを口にはしませんでした。
なぜなら、西条くんがなにを言い出すかわからないからです。

ようやく土手を下った所で、案の定、西条くん。

「よし！こうなったら！」

「な、なんだよ？」
「これ以上の危険はゴメンだぜ？」

「アイツをモロコシ王と名付けよう」

「また王かよっ！」
「っつーか。モロコシ王ってなんだ？」
「カルビーの新製品かっつーの！」

「ダメ？」

「ダメだダメだ」

「じゃーーーーーーモロッコは？」

「エサ、ダイレクトかよ・・・・」
「てか、国の名前だぞ。モロッコ」

「それとも、モロッコ王がいいのか？」

二者択一？
モロッコ王って、なんとなく実際にいそうです。

「じゃ、モロッコ・・・・・・」
「俺も・・・そっちでいいや」
「俺も・・・・」

「よし！全会一致っ！」

一致というか。選択肢がなかっただけなのですが。

「はいはい・・・」
「いい名前だな・・・」

まぁ。名前がなんであれ、後は「二度と会わないから」いい、と思っていたのです。



「とにかく、さっさと逃げよう！」

またついて来られてはかないません。

「でも、親熊は50キロで走るんですよね～？走ったって無駄じゃないですか？」

ジェミー・・・。
時折こういう正論を言います。

「そうだけど、バイクんとこまでは、走るしかないだろ？」
「そうそう。人間、それ以上の速度は出せない」

「いえ。方法はあります！」

「え？なんだよ」
「言ってみろ」

「スキップはどうですか？」

「スキップ・・・・・・・・」

「スキップは走るより速いです！」

「速いわけねーだろ・・・」
「お前だけスキップしてこい・・・・」

でも。

スキップは「にぎやかで、しかも速い」という、ジェミー案が採択され、

　♪らんら、らんら、らん

なぜかスキップで山を下る僕たちなのでした。

「ジェミー・・・歌いながらじゃないとダメ？」

「スキップは歌うもんです！」

　♪らんら、らん



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