ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「いいから、さっさと残布（ざんぷ）さがせ！」

「あ・・・・はい」

「な？あっただろ？」

「え・・・ええ・・・・」

内ポケットには、丁重に封筒のようなものに入った残布。
しかも複数入っていました。

「いっぱい入ってます・・・・」

「高い服は、サイズ直しできるくらいの分はついてるもんだ」

「あー・・・・高い服・・・・あー・・・そうですかー・・・・」

さすがオーダー信長です・・・・。

「念のため、他のも開けてみます？」

「あ？いいよ。これで」
と、早苗さん。

「まぁ、心配すんな。きちんとわなんねーようにしてやっからよ！」

ああ・・・・目の錯覚でしょうか？
早苗さんが天使に見えます。

「早苗さんっ!!」

「あ？こら！パンツ一丁で抱きつくんじゃねーぞ？」

「は・・・はい？」

「こ、こ、子供ができると困んだろが！」

それだけじゃ子供はできない、とは思うのですが。
早苗さんはバージンだ、という確証は持てました。

「チェック柄はね、カギザキごまかしやすいんだ」

早苗さん、そっちの知識はドシロウトでしたが、裁縫はプロ級でした。

裏側から残布を当てると、アップリケ用の接着剤なるものを棚から見つけ出し、テキパキテキパキ。

「ほら、な？」

おおおおお！

まるで新品、とまではいきませんが、少なくとも、僕の距離からでは、まったく破れがわかりません。

「す、すごいです！早苗さん！」

「だろ？もっと褒めろ」

ホント。早苗さんは、僕の中では「姉にしたい女性ナンバーワン」です。

「あの～・・・・ハンカチも変色してんですけど・・・」

万能早苗さんに頼んでみましたが、ひと目みるなり、

「あ？こりゃ無理だろ。薬品焼けはなおらねぇ」

「・・・やっぱり・・・」

「ま。ブランドったって、ハンカチくらいはたいしたことないだろ。弁償するしかねぇな」

「ですよね・・・・」

「どういう薬品つけたんだ？これ？」

洗剤です・・・。『スーパー洗剤X』。

アップリケ用接着剤が乾くまでは2時間ほどかかる、というのですが、「2時間もパンツ一丁の男とはいられない」という、もっともな理由で、穿いたまま乾かすことになりました。

「まさかなぁ・・・・この部屋を、こんな形で最後に使うとは思わなかったな・・・・」
しみじみと早苗さん。

「すいません・・・」

「あ？いいって。おかげで、卒業のいい思い出んなった」

母校の教室を見回しながら言いました。

「いろいろあったっけなぁ・・・この部屋でナマイキな後輩シメたり、うらぎりもんシメたり・・・」

シメた思い出だけ？？？

スケ番は、校舎に残る思い出も特殊なようです。

が、僕にとっても、まさかの女子校の教室は、深い思い出のひとつとなりました。

裏門から校舎を出るまでの間、僕は次にどこへ行くかを考えていました。

「早苗さん・・・あの・・・・」

「なんだい？」

「今日、その・・・貸し切りって・・・・」

「ああ、言ったぞ？お前には、いろいろとつきあわせたからねぇ」

「ほ、ホントですか？」

「なに目ぇ輝かせてんだよっ！」

　ドスッ！

あ。どこでもいい、というわけではなさそうです・・・・。

しかし、『早苗さん貸し切り』は、あえなく夢に終わりました。
いえ。悪い意味ではなく。

裏門を出たところに、

「孝昭！」

孝昭くんが待っていたのです。

「やっぱまだガッコにいたんだな。姉ちゃん」

待っていたのは孝昭くんだけでありませんでした。

驚いたのは早苗さん。

「か・・・・母さん・・・・・・・・？」

道を挟んで向こう側に。
来れない、と言っていたはずの早苗さんのお母さんが。

「早苗。卒業、おめでとう・・・」

早苗さんは。

僕の手前からか、

「こ、高校にもなって親がツラ出すんじゃねぇよ！」

いつもみたいに強がりましたが。

「だ、だいたい卒業式なんぞ、とっくに終わったぞ？」

それでも、少しだけ、うれしそうでした。

「ごめんよ・・・。早苗」

二人とも、それ以上に口をきくわけでもなく。
やがて、どちらが言うとでもなく、ゆっくりと並んで歩き始めました。

少し間を空けて、僕と孝昭くん。

「孝昭、・・・どうして？」

「駅でよ。母ちゃんと会ったんだ」

Y駅は、市の規模の割合に小さい駅で、北女側の出口はひとつしかありません。

「あー、そっか。帰ったと思ってたよ」

「母ちゃんがよ。制服、お前に返して来い、ってうるさくってよー」

孝昭くんの着ている制服は僕と交換したもの。

つまりは。

まさしく、『背広ちゃんのお導き』だったのです。


前を歩いていた早苗さんとお母さんは、
やがて、正門前に来ると。

「入学式んときは、ここで写真撮ったっけね・・・・」

「ああ・・・・だっけかな？」

あいかわらず、ぶっきらぼうに言う早苗さんでしたが。

その目は、間違いなく、入学したその日を見つめていました。

「3年なんてあっという間ねぇ」

「え？うん・・・」

僕にとって、いつも歳上の早苗さんですが、お母さんといると、やっぱり「高校生の娘」でした。

早苗さんのお母さんは、カメラを持って来ていて、

「孝昭？」

早苗さんはいやがりましたが。
母娘二人並んで。卒業記念写真を撮りました。

お母さんが、並び方を替えたのは、きっと、入学式と同じにしたかったのだと思います。

お母さんが右。左側に早苗さん。


僕は、家族水入らずの雰囲気には、ひどく場違いでしたので、
校門裏で、孝昭くんと服を交換すると、

「じゃ、僕はこれで・・・・」

が、お母さんから「ぜひ食事をご一緒に」ということになり、
早苗さんと孝昭くんも強く勧めるものですから、お言葉にあまえることになりました。

「入学式のときも、ここで食べたんですよ？」

「そうだったんですか・・・」

と。ついさっき来たY市唯一のデパート。
その最上階に、当時としてはシャレたレストランがありました。
田舎では、なにかいいことがあれば「デパートのレストラン」が定番でした。
そこで、1年に1度くらい食べるビフテキが、当時の家族の「お祝い」。

孝昭くんは、末っ子らしくはしゃいでいて、それをお姉さんの早苗さんが「少しは落ち着け」と、諭します。

家族の群像。

やはり自分の場違いさを後悔していましたが、

そのうちに孝昭くんが、

「ありゃ？」

なんと。勢いあまって、ステーキを背広に、落としてしまいました。

「あーーーー！孝昭！」
「ほらぁ！だから、落ち着けって言ったろー？」

「だってよー、ナイフ切れねぇんだもん」

「ったく。いつまでもガキなんだから！」
と、お姉さんらしく怒る早苗さん。

言う通り。背広ちゃん、今度はデミグラスソースべっちゃりです。

「その背広、さっき洗濯したばっかなんだぞ？」

背広をとりあげようとする早苗さんに、孝昭くん。

「フン。いつまでもガキと思うなよ？姉ちゃん」

持っていた紙袋から、なにやらスプレーのようなものを取り出しまして、

「こんな汚れなぁ。このスプレーで一発だぜ！」

え？

「お前が、なんでそんなもん持ってんだ？」

早苗さんの質問に、

「今日、ここの1階で売ってたんだ！母ちゃんのために1本買ってやったんだぜ！」

え・・・？　1階？

「見てろよ？ビックリすんぞ、姉ちゃんも母ちゃんも！」

え？

「どんな汚れも一発で落とす、『スーパー洗剤X』スプレータイプだっ！」

「あーーーーーー！ダ、ダ、ダメだ！孝昭ぃーーーーーーー！」

　シュッ！　シュッ！シュッ！

「あ～～～～～～～～～～～～～～～！」


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