ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＜シリアスに半フィクション裏社会モードです＞

菊池さんの車を直した保険会社が判明しました。
普通、示談屋は保険会社がわからないようにするものですが、相手が「アホ」なので油断したのでしょう。

保険会社は外資系A社。

「聞いたことある？」
「ない」

A社は、1967年から日本市場に参入した初の外資系損害保険会社で、（当時）僕たちには馴染みのない名前でした。

ともあれ、

「菊池さんがアホで助かりました～」

「褒めんなよ～！」

「いえいえ」

ここは褒めさせていただきます。

「もうちょいで全損扱いまでしてもらえるとこだったのによー」

（全損＝おシャカのこと）

「全損？屋根とボンネットが凹んだ程度で？」

「屋根が凹む事故なんてそうそうねーだろ？」

まぁ、それもそうです。

全損だと、同等の新しい車（新車とは限らない。あくまで同等の車）が、賠償されます。

しかし、全損ともなれば、警察の事故証明は必須なので、彼らはおいそれとは手を出さないのです。

「その代わりよ。ほれ！」

菊池さん、サイフから千円札を10枚、取り出して見せました。

「なんです？それ？」

「あ？これはなー、千円札つって、店に持ってくといろんなもんが買えるんだぜ？」

「いや・・・・・・」

誰がお札の説明しろつった？

「それ！ひょっとして！」

「そう。保険会社が払ってくれたんだぜぃ」

「なんで！」

「いや。桜庭さんから診断書もって来いって言われて・・・・」

「菊池さん！それ保険詐欺に加担してますよ！」

「え～～～～～～～～？」

やっぱり、さっぱりわかってない・・・・。

保険金詐欺で最も簡単なのは、怪我をしていようがいまいが診断書をもらって、その分の保証金をもらう方法で、示談屋はここからも抜き取ります。
菊池さんが受け取った1万円は、いわば「口止め料」。

菊池さんのようなバカがつくほどに健康なヤツが診断書をとれるか？と言いますと、医者にとっても「長引く患者は上客」なので、簡単にとれるのです。
これを、裏業界用語で「ゴネ得」と言い、警察も保険会社も実証が難しいために訴求しません。

「菊池さん、ヘタすると捕まりますよ？」

「ま、マジ？」

（実際のところ『ゴネ得詐欺』が捕まることはめったにない）

しかし、不思議なことがあります。

「なんで千円札なんだろうな・・・？」

そこです。

「1万円なら、1万円札1枚でいいはずなのに・・・・」
「わざわざ千円札にしてる意味ってなんだ？」

「うーん・・・あるいは示談屋独自の、なにかがあるのかも・・・・」
「なんだろ・・・？」

「なんか裏がある・・・・・」
「どういう裏だ・・・・・？」
「もしかすると、複数の保険屋がからんでるのかも・・・・」

みんなが高校生の浅知恵を出し合って考えますが、わかりません。

「絶対なんかあるよな・・・・」
「うーーーーーーん・・・・・」

と、その謎を必死に究明してみましたが、

「え？これ？いや、札10枚のほうが景気いいからくずして来たんだけど？」

「バカヤローーーー！」

「うわ～～～～、なんで殴る～～～～～～！」

殴るわっ！

「いやぁ～～～、この札束でよ～～～、こう、早苗のホッペをビタビタ～っとよ！」

「千円札10枚で、やれるもんならやってみぃ！」

あの早苗さん相手に。
それこそ、本物の医師の診断書がもらえます。

しかし、健康な菊池さんから診断書をとった段階で、「保険金詐欺」の実証は掴んだことになります。

駐在さんといても、めったに「犯罪の現場そのもの」に出会うことなどありませんから、実際のところ、僕たちは、かなりビビってしまいました。

「なーなー、手ぇ引いたほうがよくねーか？」
特に気の小さい麻生くんには堪えたようです。

「麻生はキモちっちぇーなぁ」
と、西条くん。

普段なら、ここで怒り出す麻生くんですが、今回は神妙でした。
それほどにビビっているのでしょう。

「じゃ、駐在は？なあ？」

「無理だろうね・・・」

前述したように『ゴネ得詐欺』に対して、警察は（現在も）かかわりを持ちたがりません。
犯罪の程度の割合には、立証が極めてめんどくさいからです。
ましてや田舎の駐在員がどうこう騒いで、なんとかなる問題ではないのです。

保険金詐欺というのは、小額なものを含めたら、巷に溢れかえっていました（現在も）が、専門職となれば話はまったく別です。

「まぁまぁ、こっちが誰かはまだバレてないんだから」

「バレたら？」

「うーん・・・・・」

想像がつきません。

「ただじゃ済まないよなぁ？」

「そいじゃー、また電話してみる」

「なんでそういう結論になるんだよっ!?どういう思考回路してんだ！お前！」

動かないわけにはいきません。
僕たちは、すでに仕掛けてしまっているのですから。それが弥生ちゃん本人に向かないようにしなくてはなりません。

しかし

「電話出ない・・・」

菊池さん、
「あーーー、桜庭さんは6時以降しか連絡つかねーぞ？」

「だからぁ・・・・そういうことは、電話する前に言ってくださいよ！」

やはり昼は他の仕事をしている。
これは好都合でもありました。

6時半になるのを待って電話をかけました。
こうした電話は、相手が食事をとる前に限ります。
食事前は、相手が、よりイライラしやすいからです。

人間イライラするとボロを出しやすいものです。

が・・・・・。

「もしもし～、めぐみさん？」

”おお”

僕は「小川 恵」本名以外の呼び方を使いませんでした。
あくまで「めぐみさん」。

麻生兄談話によりますと、「示談屋は、事故によって偽名を変えたりする」ので、偽名を呼んだ時点で、まるでシリアルナンバーのように、どの案件かわかってしまうのだそうです。
「桜庭」も、おそらくは、菊池さんの事故向け、か、小規模事故用の名前。

僕は、桜庭、こと小川さんが、こっちが誰であるかを訴求してくるかと思ったのですが、

”おまえ、タクロウか、キジマぁ、知ってるか？”

　カマかけてきた!?

今度は、僕が言葉に詰まる番でした。



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