ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＜けっこうノンフィクション混じりでシリアスモード＞

示談屋は、高校生にとっては馴染みの薄い商売でしたが、（当時）町内中をまわれば、1件や2件は話の聞くことができるというくらいには、ポピュラーなものでした。（それだけ、任意保険の加入率が低かった、とも言える）

特に、麻生くんに長兄は自動車工場をやっていたため、かなり詳しく、そういった物件を何度も扱ったことがありました。

「示談屋？まぁ、悪っちゃぁ悪だが、役にたつこともある」

「そうなんですか？」

「まぁ、保険入ってても、そのスジの人の車にぶつけた時なんかはな。普通の保険代理店じゃ歯がたたないことあるから」

「なるほど・・・」

そうした際に、（比較的スジのいい）示談屋がのりだし、法外な手数料をとるわけですが、それでも延々とむしりとられるよりは、だいぶマシなわけです。

大人の世界は奥が深い。

この相手が「スジが悪い」と、ほぼ、一家離散に追い込まれます。
したがって、示談屋を頼る際には、よほどに信用のおける人づてでなければ、使えませんが、

「まぁ、溺れる者はワラをもつかむからー」

「でしょうね・・・」

自動車修理工場にすれば、支払い先があれば修理は行いますが、たいていの示談屋が、この際に「裏取引」を持ち出すので、すぐにわかるのだそうです。
しかも、この裏取引は、犯罪として立証できません。まぁ、その手口はさておいて。

「ウチ？ウチは、そういうやっかいごとはゴメンだから。けど、示談屋は、たいてい、つぶれかけた工場とかに持ちかけんだ」

これも「溺れる者はワラをも掴む」ところにつけ込むわけです。

「示談屋のシコミはなー。まず、警察の事故証明があるかないかで大きくちがう」

『シコミ』とは、彼らの専門用語で「仕事」のこと。
もう、この段階からして、まっとうな仕事ではないことがうかがえます。

事故証明がなければ、保険はまったく効きません。
このため、警察は「どんな小さな事故でも、証明書をとるよう」勧めているわけです。

「もし、事故証明がない場合は、事故を起こす段階から絵図を書く」

絵図とは。これも彼らの専門用語で「スジガキ」のことです。まぁ、企画書？

つまり、示談屋が関わる（事故証明のない）事故は、事故後から作られていくわけで、なにも知らない一般ピープルは、これにまんまと乗るわけです。

僕は、麻生くんのお兄さんから、示談屋の手口のあれこれをレクチャーしてもらいました。
さすが業界人！まー、くわしいくわしい！
いっしょに聞いていた麻生くんは、飽きてしまっていましたが、実に奥が深く、たいへんおもしろい話でした（※長くなるので、後々、少しずつ明かします）

ひととおり、教えてから、麻生くんのお兄さん、
「あ？とうとう示談屋でも開業すんの？」

「しませんよっ！」

どうも友人の家族にも、僕の印象はネジ曲がって伝わっているようです。

むろん、麻生くんのお兄さんは、自分の弟たちが、高校生がてらに「示談屋」と対抗しようとしている、などとは夢にも思っていません。

ただし、当の麻生くん自体は、もともとビビリ屋ですから、

「マジでやりあうつもりかよ・・・・・？」

お兄さんからリアルな話を聞かされて、かなり意気消沈してしまいました、

「まぁ。西条が言い出したからなぁ・・・・。迷惑はかけないよ」

「お前の存在自体、迷惑なんですけど？」

「そりゃないだろ!?」


麻生くんが、あまりに及び腰なので、孝昭くんにも来てもらい、情報収集再開。

「そいつぁおもしろそーだ！」

なんでもそうですが、孝昭くんが来ると盛り上がります。


最初の仕事は、陸運局支局です。
千葉くんが、マークIIのナンバーを押さえていましたから、ここから所有者がわかります。

一般に、車のナンバーから住所を知るのは、警察の「紹介センター」でしかできない、と思われがちですが、さにあらず。
車検を扱う整備工場なら、なんなく、住所を引き出すことができます。

が。

「リースだった」
もどって来た麻生くん。

「リース？」

マークIIは、なんとリース会社の所有でした。

車というのは、購入すれば「所有物」ですから、当然、資産。税金がかかります。
が、リースすると「借り物」なので、税金がかかりません。
このため、多くの法人が、この方法を利用するのです。

まー、カタギのやり口も、あの手この手ということですね。

「でも、使用者は違うだろ？」

車は、所有している者と、使用している者はちがいます。
たとえば、僕のママチャリでも、僕が乗ってはいますが、所有者は購入した父、と言った具合。

リース車両の場合、借りている主が「使用者」となり（税金はかからない）、車検証に明記されます。
（当時は、ローンを使った場合も同様で、払い終わるまで所有者はローン会社だった。ただし、ローンの場合は課税対象となる）

「盛岡の会社だったぞ」

「盛岡～～～～～～？」

そりゃまたずいぶんと遠い・・・・。


104（電電公社の電話番号案内）で調べましたが、その会社は

”現在使われてないようです”

「え！そうなんですか？」

”はい。類似会社、調べますか？”

「いえ・・・・・ありがとうございました」

初っぱなから手詰まり・・・・。

「ない会社なのにリースされてんのかぁ？ありえねーだろ」

「僕に聞くなよ・・・・」


ああ。こんな時に、知性派グレート井上くんが使えないのが痛い。


僕たちが、着々と危ない橋を渡っている時にも、グレート井上くんは、

「美人妻と・・・・」
「アイドル宮崎を手玉にとりやがって・・・」

「あんなことや・・・・」
「こんなこと・・・・・」


[シーン演劇練習]（妄想）

”カーーーット！宮崎さん！そこはもっと色っぽく！”
”はい！監督！こうですか？・・・アハン？”
”そうじゃなくって、もっとせつなそうに！”
”じゃぁ、アハ～～～ン？”
”ダメだなぁ。ぜんぜんダメ。奥さん、手本しるしてあげてくださいませんか？”
”え？わたしが？”
”お願いします！芸術のためです！”
”じゃ・・・・・・あっは～～～～ん”
”奥さん！グッジョブ！”

膨らむ男子高校生の妄想。
男子なんてのは、そんなもんでした。
ほんと、いくらだって膨らむんですから。

「俺らは104のオバはんで・・・・」
「井上は美人妻とアイドルの生声・・・・・・」

「あはん・・・」
「うふん・・・・」


したがって。

「なーーーーにがグッジョブだーーーー!!」
「井上ぇ！ゆるせね～～～～～～～～～!!」

いつしか対象がズレ始めている僕たちでした。



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