ぼくたちと駐在さんの700日戦争

心なしかさっきより速くなった気がする・・・

「まぁ、チューンナップパーツ減ったからな！」

じゃあ、なんで付けているんでしょう？
それは「チューンダウン」と言うのではないでしょうか？

シャコタン（車高を下げている）の車というのは、常に地面とこすれる可能性に怯えなくてはならないため、パーツが減るほど速く走れるようになるのです。
菊池さんに限らず、彼らは「チューンナップ」の意味を大幅にはき違えているところがありました。

つまり。
ノーマルのマークIIに追いつけなかったのは、GTOのシャコタンと、つまらぬ「エアダムスカート」に敗因があったわけで、

「パワーの差じゃないじゃないですかぁ！」

「るせぃなー！」

土手から落ちたのも、CIBIEのフォグランプと、三連ホーンがバッテリーを喰ったからであり、菊池さんのチューンナップは、はっきり言って障害でしかありません。

「おぉーーーっと！逆バンクかぁ！」
（逆バンク＝遠心力の働くほうに道路が下がっていること）

　ギュギュギュギュ！

しかも菊池さん、運転テクニックはなかなかです。
これでGTOがノーマルであったなら「絶対離されることはなかったし、みんなとはぐれることもなかった」と考えると、なおのこと腹が立って来ました。

「なんかはえー！俺♪」

そりゃよかったね。


「西条、相手どんなヤツだった？」

「え？早苗さんの相手？お前じゃないの？愛されてんだから」

「いや・・・そっちの話じゃなく・・・・」

まだ空想エロ世界にいます。

「ああ、マークIIか！」

「そう。そっち！」

「ありゃ相撲部屋クズレじゃねぇかなぁ・・・」

「え！そんなデカイの!?」

（相撲部屋くずれ＝当時は相撲部屋を志願する若者は少なくなく、体格がいい者は、自ら力士を目指して角界に入った。が、言うまでもなく、幕内になれるのはごく一部であり、途中で辞める者が大半で、そこを狙ってヤクザがスカウトした）

「ああ。デカイから車もグロリアとかじゃないとダメなんだろ、きっと」

「なるほど・・・・」

それはとてつもなくやっかいです。
相撲は「格闘技」に数えられるくらいですから、あれでいてかなりハード。
多少、柔道や空手をやっているくらいではかないません。

　孝昭・・・・、大丈夫か？
　先頭の千葉は・・・・・

「2人いたって言ったよね？」

DTで擦られた時は、まちがいなくひとりでした。

「ああ。そう見えた」

菊池さん、
「え！おまいら、チンピラって言ってたろーがぁ！」

突如速度をゆるめるヘタレな菊池さん。

「度胸と体格は別モンだって。菊池さん」

西条くんに言われて、

「そ、そうか！そりゃそうだな！」
速度の上がる菊池さん。

「でも相撲部の練習はヘビィだかんなー」
「えーーーー！」
速度の下がる菊池さん。

「ま、俺がいりゃ大丈夫だって！」
「あ、だよな、だよな！」
速度の上がる菊池さん。

「菊池さんまでは守れねぇけどな」
「えーーーーー！」
速度の下がる菊池さん。

「けど、まー、手があまれば・・・」

西条、絶対おもしろがってるだろ、お前・・・・。

しかたない・・・。

「早苗さんは強い男が好きなんですよ？菊池さん」

ブオオオオオオオオオオオオオオ！

女って偉大だ・・・。

「バリバリだぜぃ！」

考えてみれば、こんな大バクチなチェイスをしているのも、元は弥生ちゃんですから、女が原因なわけですが。
西条くんにしても、もともとは「ゆき姉」。初恋の相手です。

「そう言えば、西条。ゆきさんには兄弟いたんだよねぇ？」

「あー、ケンイチ兄ちゃんのこと？」

・・・・それだっ！
やっぱりそうだ！
奥さんが言ってたのは・・・「ケンちゃん」！

しかし、ケンイチという名前は、（当時）あまりにありふれていました。
久保くんのイトコにさえ、ショウイチがふたり、ショウジが3人。
このことが、僕の推理に悪く作用したことは、間違いありませんでした。

「それがなんか？」

「いや・・・・・」

A町にいるのは
西条と「同じ構え」を知っているのは、その人かも知れない。

まぁいいや。劇団の春香さんにでも構えを見せてもらおう。
僕は、ひそかにそう決心していました。


ほどなく、

「分かれ道だぜぃ！」

はじめの分岐点。

「僕らが通ってた道は、たぶん右から、ですよね」

路面と道路の太ささから考えてそうです。
ショウジが倒れていた所と感じも似ています。

見ると左の道路は、その道路よりはだいぶ舗装が荒れていて、いかにもバイクは走りづらそう・・・。

と、言うことは・・・・

「左、入りましょう！」

相手が相撲くずれであるとするなら、一刻も早く西条くんを連れて行かなくてはなりません。

「千葉はこれくらいなら、楽勝で走るぜ？」

「それならなおさらだ！」

　しかし。

またしても

「また分岐・・・・・・・」

「どっちだ！さっさとハッキリしろぃ！」

「んーーー・・・・・・・左、左です！」

もはや確証などありませんでした。

ただ、自分がバイクに追いかけられる立場であるなら、アウトインアウト（外側からコーナーに入って、コーナー角で内側に入って、再び外側に抜ける最も効率のいい曲がり方）がしにくい、左に曲がるだろう、と考えたのです。

その考えは、半分だけ当たっていました。

そこから松林を抜けたところで、

「浜だ・・・・・・！」

なんと道路は、海に出ていました。

ノロノロと見通しのよい所まで出ると、

そこに、

　ブロロロロロロロロロロロロ

「よー、今頃の到着かぁ」
「おっせーぞ！」

「久保、千葉！無事だったか！」

「ヤロウ、運転うめぇ」
「こっちは、路面に砂あって、アブなくって追っかけらんねー」

運転だけではありません。

頭もいい・・・・・。

「そっか。孝昭は？」

「孝昭？来てねぇぜ？西条とバラバラんなったのか？」

「うん。じゃ、2人でホーン鳴らしてくんない？」

ここで、
「え？約束はアンジェリーナだろ？」
と、菊池さん。

冗談のわかんないやっちゃなー、と思ってる間に、

　ガチャ。

トランク開けちゃいました。

「あ！菊池さん！なにやってんですかっ！」

「これはなー、トランクリッドオープナーつって、チューンナップ・・・」

それ自慢したいだけかっ!?

＜トランクリッドオープナー＝車内からトランクを開ける装置で、今の車には常識的装備だが、当時は大改造だった。むろん速度にはまったく関係ない＞

「コケーーーーーーーーーー！」

「う、うわっ！アンジェリーナ！」

夜だと言うのに、ようやく真っ暗なトランクを開けられて、夜明けとでも勘違いしたのか、

「コケッケーーーーーー！」

めちゃくちゃ元気なアンジェリーナ！

「ココケッコーーーーーー！」

「イ、イテテテ！つ、つかまえてくれぃ！」

「ケッコーーーーーーーーーー！」

「冗談だろ」
「捕まえなくってケッコーって言ってましたよ？」
「うん、言ってた言ってた」

みんな、アンジェリーナには懲りてます。


「アンジェリーナーーーー・・・ー・・・ー・・・」




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