ぼくたちと駐在さんの700日戦争

駐在所には、エンゲル冷蔵庫という小さな冷蔵庫がありました。
（エンゲル冷蔵庫=澤藤電気という会社が作っていて、ホテルなど小型冷蔵庫では圧倒的シェアを誇っていた）
以前の駐在さんの頃から夏場だけあったところをみると、駐在所の備品なのかも知れません。

そこから氷と水をとりだし、地方公務員のためにコーヒーをつくる僕です。
だいたい、交番のコーヒーの場所やら、冷蔵庫の位置までわかる高校生ってのも、どうかと思うのですが。

ネスカフェのゴールドブレンドが水に溶けやすいのは、すでに証明済み（5巻『すもももももも』参照）。
問題は砂糖です（当時、ガムシロップの家庭用はあまりなかった）。

「えっとー。駐在さんガムシロップは？」

「そんなシャレたもんあるか。冷蔵庫にハチミツ入ってるだろ？」

「あー、ハチミツ・・・。健康によさそうですね」

「そーだな。ハチミツで健康になった分を、高校生が夜なべさせて打ち消すがな！」

うう・・・・。いちいちつっかかる人だなぁ・・・・。

「あ！お前のは砂糖な！砂糖！」

「はいはい・・・・」

しかもケチです。

「西条は？砂糖入れる？」

たずねましたが

「西条は眠ってるぞ」

ジムニーの旅に疲れたのか、西条くんは、椅子にこしかけたままで眠ってしまっていました。

もともと、西条くんは、夜は強くありません。
我が家に泊まっても、キャンプでも、たいてい先に眠ってしまいます。
駐在さんも、わかっているのか、無理に西条くんを起こそうとはしませんでした。

静かな夜の駐在所に、カラカラと氷の音がひびきます。

「起こしましょうか？」

「いや。いい」

「へー。やさしんですね。駐在さん・・・・」

「あ？西条が起きてたら2対1だからな。おまえら二人おきてるとこっちが不利だ！」

そういう・・・ことか・・・・。
感動してそんした・・・。

住民との間に有利不利があるってのも、どうかと思うのですが。

「A町で事故ったんだそうだな。ママチャリ」

「ええ・・・まぁ」

「なんでA町なんぞ行った？」

きた！

「えっと。劇団に会いに・・・」

「劇団？」

実は、駐在さんの前任地を調べて弱みをさぐろう、と思っていたわけですが。
さすがに白状できません。

「ええ・・・。ちょっと知り合いがいたものですから」

　そう言えば・・・
　久保はどうしたかな・・・

「A町は俺の前任地だが」

「あ～～～～～、そうでしたっけかね～～～～～～」

とぼける僕です。

だいたいにおいて、今回の事故だって、発端は駐在さんが麦茶を股間にかけたからです。
（それ以前にクボレンジャーがかけたことは記憶外）
それがなければ、僕はA町に同行しなかったでしょうし、西条くんも僕を乗せていなければ、あんな事故はおこさずに済んだはず。
そう考えると、ムラムラと腹が立って来ました。

今、駐在さんのアイスコーヒーを倒せば、間違いなく股間に・・・・。

と、思っていたら、
駐在さん。しっかとコップを押さえまして、

「そうはいくかっ！」

くそ～～～～～
読まれてる～～～～～
くやし～～～～～

「や、やだなぁ。なんにもしませんよ～～～」

「する！お前はする！」

なんという信頼関係でしょう？
一朝一夜じゃこうはいきません。

駐在さん、そうはさせじと、アイスコーヒーをいっきに飲み干すと、

「あのあたりはな。よからぬ連中が多いからな」

「そうなんですか？」

「となりは波止場町だからな。波止場にはどこでもそういう連中が集まる」

（波止場は、繁華街を中心として、賭博や風俗、密漁に関わる輩が多かった。また漁師は高収入ながら不定期収入であったために街金も暗躍した）

「グロリアって言ったな？」

「ええ。黒のグロリアでした。思い当たることでもありますか？」

「車種だけでわかるか！ナンバーは見たのか？」

「いえ・・・。残念ながら・・・・」

「そうか。言っとくが、余計なこと考えんじゃねーぞ？」

駐在さんは、釘をさしました。
すごい・・・。まるで警察官とでも話しているようです。

あ。警察官だ。

こうして、まるで交番にでもいるかのような時間が流れ、

あ。交番だ。

どうも忘れがちです。いかんいかん。

そこに突然、バイクの爆音が聴こえてきました。

「ん？なんだ？・・・今頃」

ルロロロロ・・・・プスン・・・・

駐在所前でそれは停止し、

「久保ぉ！」

なんと久保くん！

「やっぱここにいたか」

「どうしてわかった？」

「麻生から。事故ったっつーからよ、ここしかねーだろ？」

久保くんは、麻生くんから西条くんがDTで事故ったことを聞きつけて、まっすぐかけつけたようでした。
自慢じゃありませんが、非常事態の連絡網は優れてます。

「そっちは？」
「あー、おかげで無事送り届けたぜ？なんてったって王子様だからな」

カエルの、ね。

駐在さん。
久保くんが夜中にやって来たのを不思議がるでもなく、

「悪ガキってのは、どうしてこうも落ち合うのがうまいのかな・・・・」

元暴走族総長。よくご存知です。

が。この夜中の騒音のおかげで、

「・・・・う～～～～～ん・・・・、どうしたの？どなたかお客様？」

な、な、なんと奥さんが出て来られました！

「バカ！なんてカッコしてくんだ！お前！」

駐在さんが焦りまくってます。
そりゃそうでしょう。

だって。
だって、だって、ネグリジェ！
薄いカーディガンみたいなのは羽織ってますが、ネグリジェ！

「あら・・・ママチャリくん、どうしたの・・・？」

時計と僕を交互に見直す奥さん。

「あ～～～～～～えっと～～～～～」

奥さんのネグリジェ姿に、すっかり言葉を失ってしまう僕と久保くんです。

「・・・・・あ。替えのパンツ？またおもらししたの・・・？」

ちがうっちゅうにな～～～～～
寝てもさめても寝ぼけた人です。

でも寝ぼけた奥さんもかわいい～～～～♪

西条、起きたらくやしがるだろうな～～～～

当人は、久保くんのバイクの爆音もどこ吹く風。机を枕に、すっかり夢の中です。

ところが。普段着の久保くんを見慣れていない奥さん。
寝ぼけまなこのまま、ここで、思わぬことを口走りました。

「あら・・・・ケンちゃんも来てたの・・・？・・・・また捕まったの？」



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