ぼくたちと駐在さんの700日戦争

1970年代、換気扇が普及し始めると、その家の晩ご飯のおかずがわかったものでした。
が。高校生にとって、この換気扇というシロモノ。実にやっかいだったのです。

なにしろ、部活を終えてクタクタの腹ぺこになっているところに、カレーの匂いやら、蒲焼きの匂いやらは、堪えるわけですね。

「はらへった・・・・」
「早く帰りたい・・・・」
は、高校生下校時の文部省制定会話でした。

我々の通学路には、駐在所があります。
駐在所には、言うまでもなく「住居部」があり、かつ、換気扇の普及も早かったので、加奈子さんがその日つくる料理がなんであるか、僕たちはペコペコの「腹」で知ることができました。

「くそ～～～。駐在んとこ、今日はスキヤキだ」
「腹たつなー」

スキヤキというだけで、怨まれる警察機関もめずらしいとは思うのですが、
部活帰り。育ち盛りの僕たちには、それが「怨み」という形で現れました。
ごくごく自然なことと言えるでしょう（か？）

だって奥さん。美人ですから。

この頃、牛肉は高級品で、スキヤキやら焼き肉やらは、勤め人にとっては、「なにかいいことがあった時」しか食べられませんでした。

と、いうことはー

「駐在。なんかいいことあったんだな？」

推理派グレート井上くんがいなくともわかることだったのです。

「くそ～。腹たつなー」

いいことがあった、というだけで怨まれる警察機関も珍しいのですが、

「出世したんじゃねぇか？」
と、孝昭くん。

「え？駐在ってどういう役職だっけ？」

「駐在」
「そりゃ役職じゃないだろ？」

「たぶん巡査長」
と、毎度、「解説の千葉さん」です。

でも実際には、

「巡査長って役職は実はない」
と、解説の千葉さん。

「え！じゃ、勝手に駐在が名乗ってるだけか？」

「勝手にってことはないと思うけどー」

僕もそう思います。

巡査長とは、職責の位として警察がつけているだけで、警察法にはない役職であり、

「まぁ、5、6年勤めりゃ誰でもなれる」

のだそうです。

「そっから出世するとなんになるんだ？」
「ブリか？ブリ」

いや・・・
＜ブリ=ワカシ → イナダ → ワラサ → ブリで出世するので、出世魚と言われる。関西ではツバス → ハマチ → メジロ → ブリ、九州ではワカナゴ → ヤズ → ハマチ → メジロ → ブリ → オオウオ＞

「そんなもん、久保がすでになってんじゃん」

「久保のはブリブリだろー」

出世魚。だいなし。
ま、最後には　「ブリ→ブリブリ」にはなるわけで、まんざら間違ってもいない。

「次は巡査部長だな」

「え～～～～～！駐在が部長～～～～？」

「実はその役職も、実際には巡査部ってのがあるわけじゃないから」

これも実は警察法にはなく、一般の会社の「部長」とはまったく異なります。
したがって、20代で巡査部長職もめずらしくありません。

「ま、駐在所勤めれば、たいていは巡査部長なんだ」
と、解説の千葉さん。

しかし、警察法にあろうとなかろうと

「あの駐在が部長ってのはー」
「許せん！」

わけです。高校生の許しがいるとは毛頭思えないものの。

でも、本当に許せないのは「昇進」ではなく

「スキヤキ」。

なにしろこっちは腹ペコペコですから。

「くそぉ！ドナドナでも歌ったろか！」

くらいしないと気がすみません。

で。

駐在所の換気扇の下あたりで「ドナドナ」大合唱したりするわけです。
そんなことするくらいなら、さっさと家に帰って、晩ご飯喰えばいいんですが。

「♪にばしゃがゆ～～～れ～～～る～～～～～」

ドナドナの威力については、僕たちは経験済み。

が

　ガラ！

なんと！駐在さんが扉を開けて出て参りまして、
まぁ、普通出て来ますよね。
スキヤキ楽しんでるのに、『ドナドナ』歌われちゃ。

「きさまらーーーーー！なんのつもりだー！」

ここは僕たちも想定済み。

「あ、駐在さん。ご昇進さおめでとうございます！」
「おめでとうございます！」

「はぁ？」

「だってスキヤキ・・・・」

「俺は昇進の時しかスキヤキ喰えないのか？」

でもスキヤキは、ヒラ警察官にとって、あまりに高価なものでしたので、

「え？ちがうんですか？駐在さん」

「ちがう。実はなーーーー」

「はい～～～～」

「美奈ちゃんが結婚することになってなー」

「えーーーーーーーーーー



ーーーーーーー」


　つづく。


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