ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「・・・・・・・・・・」

「えっとーーー・・・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「なにごともなくって、なによりです」

「なにごともなくて入院するか？」

「う・・・・」

「俺、死ぬとこだったんですけど！」

「いやぁ、そんなオーバーな・・・・」

「また駐在所あけることになっちゃったんですけど！」

「す、すいません・・・・」

「有給使いはたしちゃったんですけど！」

「も、申し訳ありません」

すっげー冷たい話し方です。
これならいっそ怒鳴られたほうがスッキリするんですが。

「今度のボーナス査定、絶望的なんですけど！」

「そんな社会の仕組みまで言われても・・・・・」

今回はネチネチ作戦のようです。駐在さん。
おとなげないなぁ。

それをはたで聴いて、クスッと笑う奥さん。

すると駐在さん、奥さんに向かって、
「だいたいお前があれだ！それをそこに入れたらダメとか言うから悪いんだぞ！」

「あら。だってー、ハナクソなんてとても言えないわ」

「言ってるだろーが！」

まーーーー機嫌の悪い悪い。

この針のムシロ状態に終止符を打ったのが、

「う・・・・・」

「どうしました？駐在さん」

「ママチャリ！お前帰れ！」

「はい？どうしたんです？急に」

「いいからとっとと帰れ！」

「でも、ボーナス査定は？」

「とっとと帰れーーーー！いたたたた・・・」

すると今度は奥さんに、

「お、おい！加奈子ぉ！」

「はい？あー、わかった。ママチャリくん、帰って」

「はい？」

「ウンチよ、ウンチ。まだトイレまで動けないのよ」

「言うなーーーー！バカーーーーーー！なんで鼻クソは言えないのに、クソは言えるんだ！」

「あら。クソなんて言ってないわよ」

「今言ったーーーーー！」

まるで小学生です。

僕が病室を出るまで、終止、奥さんはにこやかでした。

やがてカーテンが閉まる音がして。

そうか・・・。夫婦って、こういうことがあっても世話はしなくっちゃいけないんだ。

しかも、奥さんはちっともイヤそうではありませんでした。

それはついこの前、僕たちが論争になったことでもあり、
実にタイムリーな出来事だったとも言えます。

　僕には本当にできるのか？
　たとえば和美ちゃんだったとして。

前回の論争の時よりは、ずいぶんと現実的な仮定となりました。
なぜ和美ちゃんと思ったかと言うと。

中学2年の夏、和美ちゃんが盲腸で入院して、僕は千葉くんと、2日連続でお見舞いに行きました。
千葉くんと僕が、あまりに和美ちゃんを笑わせたので、結局、見舞いに行ったのか、悪化させに行ったのかわかりませんでしたが、

その2日め。
和美ちゃんが、僕たちの話に大笑いした拍子に、

　Pu・・・。

僕も千葉くんも、和美ちゃんに気を使って知らないフリを決め込んでいたのに、

なにしろ盲腸でしたから。
年をとった看護婦さんが、
「あ！ガスが出たのね！おめでとう！和美ちゃん！」
（盲腸はガスが出ると完治）

男子同級生の前で、おおらかに宣言！

「えっと・・・あの・・・・」

和美ちゃんは顔を真っ赤にして、
今度は僕たちに、

「帰って」

「え？」

「お願いー。帰ってー」

　今日と同じように追い出されたっけ・・・。

帰りの自転車で、

「なぁ、千葉ぁ。和美のオナラ、かわいかったよなー」

「はあ？オナラがかわいいい？」

「え？かわいくなかった？」

「じゃ、聴かせてやろうか？」

「はあ？」

千葉くん、そう言うと、スポーツ自転車で猛ダッシュ！

「ふぁいとーーー！」

「こ、こらぁ！風上に出るなーーー！」

「いっぱーーーーつ！」

実に中学生っぽい、しょうもない論争でした。

＜リポビタンDのCMで「ファイト一発！」が採用されたのは1977年から。最初は、王貞治で「ファイトでいこう！」＞

「千葉のを聴きたいって誰が言った！」

「不思議だな。物理的には同じなのにな」

「千葉と和美のは、物理的にも違うよ」

「なんだ、それぇ！おもしろくねーーーーー！よし！ふぁいとーーーーーー！」

「こらぁ！風上に出るなーーーーーー！」

僕も阻止しようとダッシュしますが、体力で勝る千葉くんは、

「いっぱーーーーーーーーーつ！」

ことごとく「風上のオナラ」に成功するのでした。


「ぷ・・・バカだったなぁ・・・」

ひとり思い出し笑いする僕。

　でも、あの時は、確かにそう思った。

奥さんとは別次元の話でしたが。

そう考えたら、無性に和美ちゃんの声が聴きたくなって、

「もしもし。和美？」

”あ。なぁに？”

「あのさー。盲腸で入院した時、覚えてる？」

”んもーーーー！イヤ！”

切られました・・・。

やっぱり覚えてるんだ・・・。


なぜか、この出来事が、僕をふっ切れさせました。

「うん。大丈夫だ。明日、里美さんと会おう！」

ふぁいとーーー！　いっぱーーーーつ！



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