ぼくたちと駐在さんの700日戦争

しかも

　ガチガチガチガチガチガチ…

寒い！

めちゃくちゃ寒い！

なにしろ曇天。
こんな日に、市民プールを訪れるバカは、どっかの水泳部と気温の感覚のない小学生だけ。

その小学生でさえ、あきらめて帰るほどで、

「寒い・・・よね？帰る？」

帰るわけにはいきません。
少なくとも、森田くん到着までは持たせなくてはなりません。

「い、いやぁ・・・さ、寒くなんてないぞ？もっと泳ごう！」

「そう？あたしだけかな・・・」

可哀想に。プールサイドで小刻みに震えている和美ちゃん。

さすがに、僕も、

「これ。かけてろよ」。

自分のかけていたバスタオルを渡すと、

「あ・・・。ありがと・・・」

「さーーー。もうひと泳ぎするかーーーーー！」

無理矢理楽しさを演出。
森田ぁ。早く来てくれよ～～～～～～。

「大丈夫・・・？唇、紫色になってるよ？」

「だ、だ、大丈夫だってー。今日はそういう色のルージュなんだ、ルージュ！」


　ザブン！

　し、死ぬぅ・・・・・・！

ある一定温度までは、プールのほうが暖かく感じるものですが、限界を過ぎると水中はまるで刃！

「だあああああ！さ。寒いーーーー！」

「ほらぁ。言ったこっちゃないじゃない」

和美ちゃんは、そう言うと、自分のかけていたバスタオルの片側を上げました。
その照れくさそうなしぐさがかわいくて、

「うん・・・・」

プールサイド。ふたりでひとつのバスタオル。
和美ちゃんの体とピッタリとくっつくと
やわらかくって。
あったかくって。
なんか、気持ちよくって・・・。

女子のかたは、なんてロマンチックなシチュエーション！

と、思われるかも知れませんが、
実は男からは、それどころではないのです。

ようやくそこに
「やーーーー。和美たちも来てたのかーーーー」

わざとくさいセリフで森田くんが遅い登場。

「あれ？森田くんも来たの？」

和美ちゃん、慌てて僕と離れて立ちましたが。

僕は立てません。

なんでって言われても・・・・。

それは、僕が正直者だからです。

正直者は常につらいのです。

「よ・・・よー。森田」

「なんだ。ゾンビみたいな顔して」

「ゾンビで悪かったな・・・」

でも、正直者なので、沈静化するのも早い。
特に森田くんのようなヤツとしゃべると、「あっ！」と言う間。
男子にしかわからないのでしょうが、そういうもんなのです。正直者。

「せっかくふたりでいるんだから記念に写真でも撮ろうかー」

「あ。森田くん、カメラ持って来たの？」

「うん。ぐうぜんにーーー」

ぜんぜん偶然ってカメラじゃありません。
ニコンF。
望遠レンズに三脚まで用意しての、ギンギンに「撮る」いきごみ。
（現代なら捕まります）

「す、すごいカメラだな・・・。森田」。

「うん。父のを借りて来た。合成するなら僕のオリンパスじゃ無理だ」

ところが、この望遠がすごかった。
なんと400ミリニッコール！普段は、鳥とか、そういうもんを撮るヤツですからたいへん。

記念写真だというのに、なかなか2人が収まる距離にならず、

「もっとー。もっと後ろーーーーーぜんぜん近いーーーーー」

とうとう25メートルプールの、スタートからゴールくらいまで離れてようやく

「あー、そのへんそのへん。なんとか入る」

「森田ーーー。標準レンズないのーーーーー？」

「ないーーー。貸してもらえなかったんだーーーーー」

こんな記念撮影ってあるのか？


ようやく和美ちゃんとのポートレート。

和美ちゃんは、僕に寄り添おうとしましたが、

森田くん。
「あーーー。和美！和美！そこまでくっつくと不純だなーーーー」

「そ・・・そうかしら？近い？」

無理矢理僕との間を1mほどとりました。
とっても不自然な距離です。
なぜなら狙いは和美ちゃんのみ。

しかも撮るまでがまた不自然。

「えっとーーー。和美。もう少し体まわして。あと左に3.4度くらいーーー」

「さ、3.4度？」

美奈子さんの写真の角度に合わせるので、すごく微妙な指示です。

ようやく

「じゃーーー撮りマース」

　カシャ。

「もう1枚ーーーー。和美、次は右に2.5度くらいもどしてみようかー」

すると和美ちゃん

ポツリと。
「ふたりだけの写真って初めてだね」

「え？そうだっけ？」

「ウン」

いいえ。彼女は何度も2人だけの撮影を希望しました。
中学の修学旅行のときも。
中学卒業のときも。

でも、
「いつも誰かが加わって、ふたりだけっていうの、１枚もないの」

「あ・・・そうか・・・・」

「だからうれしい。唇紫でも。・・・ウフ。。」

「・・・・・」

「森田ぁーーーー！」

「あ？なんだぁーーー？」

「もう1枚フリーで撮ってくれるー？」

「ああ、いいよーーー」

最後の1枚だけは、おもいっきり彼女に寄り添って。
和美ちゃんは、こんなに寒いのに、ちょっと顔をあからめて。
ほんとにすももみたいに。

　カシャ。

僕と和美ちゃんの、初めてのツーショットは、プールサイド。



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