ぼくたちと駐在さんの700日戦争

この一休さんばりの快挙は、すぐに早苗さんも知るところとなりました。

さっそく孝昭くんから、ご報告。
「でな？姉ちゃんがよー、すっげぇ感激してよー」

「うんうん！」

「2900円でいいって」


100円かいっ！


感激の価格は思ったより安い。

「2900円でいいから、明日まで払えってさ」

しかも納付期限まで付きました・・・。
前より条件が悪化した気もします。

「わかったよ・・・」


しかし、僕たちが、反省文にうつつを抜かしているほんの数日の間に、事態は大きく進展していました。

いいえ。もとより、僕たちには、あせる理由はありませんでした。
問題のダンスパーティまでは、それでも、ひと月近くありましたし、警察の人事などが、そんなに急激とは思えなかったからです。

ところが

「駐在さんが退院したぁあ？」

「退院しましたよ？つい昨日」

看護婦さんは、いたって冷静でした。

「な、なんで引き止めなかったんですか！」

その言いぶんは無茶です。

「だって虫垂炎よ？退院は、先生がお決めになることだから」。

「そうか・・・・」
「よほど産後の肥立ちが悪かったんだなー・・・」

「退院って言ってるでしょう？」

「あのぉ。本人には告知したんですか？」

「なにを？」

「産後の肥立ち」

「だから退院って言ってるでしょ!?」

相手にされてません。
と言うか、ここまで相手にしてくだされば、じゅうぶんすぎるくらいです。

なのに、西条くん、

「か、看護婦さん！」

「なにかしら？まだご用？」

「電話番号、教えてもらっていいですか？」

西条・・・。

でも、なんとなんと

「いいわよ？」

おおおおお・・・・。

教えてもらいました！

病院の電話番号。

ま、普通、あのタイミングで聴けば、当然です。

「でも、これってつきあってもいいってことだよな？」

ポジティブ西条。
さすがグリコで育ったヤツはちがいます。

「ちがうと思うよ」



しかし、問題はそんなレベルではありません。

「駐在が退院したってことはー」

と、いうことは。

駐在さんは、駐在所にもどり、
富士見さんは臨時ですから、本署にもどり、
駐在さんが移転の依願書を提出する。
受け入れられれば、ここの駐在員は、富士見さんになり、

「奥さんはいなくなる・・・・」

「それは困るぜ！」
「ああ、困る！」

「もう少し傷口開かせるか？」

いや・・・そこまでは・・・。

しかし、これは、僕にとっても、予定外のことの運びでした。

『謎のダンスパーティ』に翻弄されまくり、ことの中心がなんであるかも把握できていません。

単純に駐在さんが入院して、
奥さんに急接近した「色男」がおもしろくなかっただけなのに。

「駐在所行って確認するかぁ」
「それしかねーな」。

西条くんたちは言いますが。
僕は、やっぱり気が進みません。
奥さんの本意も知らず、暴言を吐いたままだったからです。

「謝りゃいいじゃん」。
「そうそう。お前、謝るの、プロじゃん」。

謝るプロってなんでしょう？
謝ってお金を取られたことはありましたが、もらったことは一度もありません。

「そりゃ・・・だうだけど・・・」

僕にとって、奥さん、加奈子さんは、まだまだ遠い存在でした。
先生ともちがうし、早苗さんのような姉的存在でもない。

強いて言うなら、テレビの中のアイドルが抜け出して来たようなもので、おいそれと前に出ることさえはばかられたのです。

その彼女に対し、暴言。

あれからの僕は、自分でもビックリするほど、クヨクヨしていました。


「井上。僕の代わりに事態を把握して来てくんない？」

「事態って？」

「その、駐在さんの動向とかさ・・・」

退院したとは言え、まだ警らに出るような激務は無理なはず。
とすれば、今はまだ富士見さんが残っているはずです。

最も困るのは、駐在さんと富士見さんが、ダイレクトに話し合い、「駐在所の後がま」を依頼すること。

「できれば阻止できるとうれしいんだけど・・・」。

「なんだって僕が・・・」。

「頼むよ。ほかはアテにならない」

アテにならないと言うより、事態を悪化させかねません。

「自分で行けばいいだろう？」

「そんなぁ。井上ぇ。親友だろ？」

「いや、親友をごり押しするなよ」。

「やっぱり無理？」

「君の代わりはできないよ。いくら親友でも、だ」。

「そっか・・・」

「うん。悪いな、親友」

「・・・・美奈子さんもいなくなるんだぞ？」

「行くっーーーーーー！」

さすが親友・・・・。

だよねぇ？井上え？



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