ぼくたちと駐在さんの700日戦争

バレンタインデー。
校門の前で女の子が待っていれば、男子なら誰でもウキウキします。

「チョコつくってきたんだー♪」

「え？僕に？」

「んなわけねーだろ？」

こういうパターンを除いて。です。

待っていたのは、北女の花ちゃん。
バイト先のケーキ屋から直接来たのか、今日はスケ番ではなく、エプロン姿。
見た目、そこそこかわいいので、まわりを通る男子生徒たちは、うらやましそうに見ていきますが、
それは会話が聴こえないから。

「だってー。アタシ、お前キライだもん♪」

嫌いって・・・・そんなにハッキリと・・・
バレンタインデーに・・・・

「それより井上クンは～～～～？」

「あー、進学組は面談だよ」

「ああん？隠してんじゃねーぞ？」

「隠してないよ・・・」

なんでしょう。この女。

「井上クンてば・・・。進学と未来の花嫁とで、どっちが大事なのかしら？」

「進学だと思うよ」

　ガッ！

「・・・・・くぅ・・・・・・・・・花嫁さん・・・かも知んない・・・・」

「そうだよね？そうよね？」

そうだった・・・。
この子は、いきなり急所狙いだった・・・。

うかつでした。

「アンタ。そんなとこ押さえてると、アタシを見て興奮してるように見えるからやめてよ！」

見えねーよ！
ってか、なら、蹴るなよ！

「どうしよー。せっかく手作りチョコなのにーん」

「・・・・・・」。

口は災いのもと。
幾多の経験から悟りました。

僕がなにも言わずにいると、花ちゃん
「ここは、『僕が届けてやろうかー』って言うとこでしょ？友達がいのない人ねー」

「あー、はいはい・・・。僕が届けてやろうかーー」

「イヤよ。アンタに渡すと食べちゃうもん」

くぉのアマぁ～～～～～～～～！

「これ食べたら、ワタシに惚れちゃうんだからー」

「薬でも入ってんの？」

　ガッ！

く・・・ううううう・・・・・

この調子だと、来年は「チョコを渡す側」になっちゃうかも・・・。

「あのねー。僕には彼女がいるの！わかる？」

と、言ったとたんに花ちゃん、

　シクシク

なんと花ちゃん。突然、僕の目の前で泣き始めました。

　あれ？まさか？

「なんで・・・泣くの？」

「こんな男とつき合う彼女がかわいそうで～～～～」

こ、こ、こ、こ、こいつぅ！

「お欄姉さんも言ってたわ。アンタはスペシャルローリングサンダー打つから気をつけろって！」

「スペシャル・・・ローリングサンダー？」

「0.1秒の間に、5回手を出すってことよ」

「・・・・・・・」

＜スペシャルローリングサンダー＝漫画『リングにかけろ』で、志那虎一城の放つ必殺技。0.1秒の間に5発のストレートを打つ早業＞

「略してスペロン」

なんだ、その、どっかヘンにいやらしい略は。

もういいや・・・。

「じゃ・・・、がんばって。待ってりゃそのうち来るから」、

すると花ちゃん、
「なーんてね！はい、これアンタのぶん」

「え？あ？」

赤い小さな包みを渡しました。

「で、こっちはフラれた西条のぶんネ！ちゃんと渡してよ？手作りなんだから！」

さらに1個。大きな青い包み。

花ちゃんは、西条くんが、竹内さんと、遠距離の上でとうとう別れたことを知っています。

「え・・・？あれ？井上のぶんは？」

「もう渡したに決まってんでしょ？本命だもん」

「はあ？」

「じゃーねーーーーー。スペロン！」

この・・・小悪魔！

しかし、さすがお菓子屋さんだけあり。
花ちゃんのチョコレートは、ダントツにおいしく

「え～～～～～、お蝶夫人があ～～～～～」
西条くんも大感激です。

この年。竹内さんのいない西条くんは、花ちゃんの1個だけ。

「こりゃ惚れるよな～～～～～」

小悪魔の義理チョコは、「やさしさ」という惚れ薬入り。


　ーー おしまい ーー


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