ぼくたちと駐在さんの700日戦争

駐在さん。驚いてはいますが、奥さんが思いがけなくやって来たのはうれしそうです。
それでも、駐在さんは、僕の手前もあってか、

「なんだ。来たのか・・・」

うれしそうな顔を無理矢理おさえました。
まったく素直じゃないんだから。

奥さんも、なにしろ美人看護婦さんが側にいたものですから、
微笑むこともなく、
「ええ。富士見さんに送られてー」。

「富士見ぃい？」

なんで大人ってこうなんだ？

気まずい空気を察して、美人看護婦さんが、奥さんに会釈だけして、先に部屋を出ました。
奥さんが小さく会釈して応えましたが、さらに空気は微妙になりました。

僕も、いなくなりたいところですが、なにしろ奥さんに『ラブレター』を切り出されたら、その後の予測がつきません。

奥さん、
「あ、食事中だったの？」

「あー。うん、まぁな」。

「代わるわ。ママチャリくん」。

「あ、えっと。そうですね・・・・」。

と、言ってはみましたが、
僕としては、ここで2人きりになってほしくありません。

「えっと。いえ、けっこうです！」

「はああ？」

不審がったのは駐在さん。
まぁ、当然です。
奥さんが来ているのに、介護を買って出る高校生ってのは、かなり殊勝。
普通に不自然です。

「いえ、あの～。今、駐在さんと、スプーンは曲げられるか実験してたんで～」

おかゆのスプーンを前に出しました。

「はあああああ？」

「えっと・・・・。ユリゲラー？」

＜ユリ・ゲラー=74年に来日し、日本にスプーン曲げを大流行させた自称超能力者。HPは60＞



「そ、そうなんです！今、超能力に凝ってて～～～～～」

「なに言ってんだ？お前」

くぅ・・・・。
我ながらつらい言い訳です。

と、そこに、僕にとっては救いの神が訪れました。

「失礼しますっ！」

「ふ、富士見っ！」

「ハ！先輩！お久しぶりです！」

富士見さん、生真面目警察官らしく、帽子をこわきにかかえ、直立不動で敬礼！

「ん。ごくろうさん」

駐在さんも敬礼で返しますが、敬礼できるくらいなら、自分でおかゆくらい喰えそうなもんです。

でも、とにかく助かりました。
このまま「スプーン曲げてみろ」などと言われたら、さすがに真っ青なとこでしたから。

しかし、富士見さんの立ち位置が実に微妙でした。
ほぼ奥さんに寄り添うような位置であり、2人並ぶと、美人と美男子、哺乳類同士で、それはそれはお似合いなのですが・・・。

爬虫類である駐在さんは、当然、不機嫌。

「だいじょうぶでありますか！先輩！」

「だいじょぶじゃねーから入院してんだろ？」
憮然と答える駐在さん。

「ハ！それはそうであります！」
でも、まったくそういうことには気づかない生真面目警察官。

「お体にはじゅうぶんご注意いただかないと！」

「あー、はいはい。次に盲腸なる時は気をつけるよ・・・」

大人げね～～～～～。
何度盲腸なる気だ？

駐在さん。よっぽど奥さんの側に哺乳類が立っているのが気に入らないようです。
でも、それももっともでした。
奥さんと富士見さんは、こっちから見ると、ほとんどくっついているようにさえ見えます。
それは僕でさえ、不愉快に思える距離だったのです。

このため、

「本日は、受け継ぎでまいりました！」

富士見さんが言った時、
それが、「奥さんの受け継ぎ」みたいに聴こえたのは、僕だけではなかったようです。

「受け継ぎだぁ～～～～～～～？」

しかし、爬虫類。ここは抑えました。

「それはごくろうさん」

えらい！爬虫類の鏡！

「というわけで、ママチャリ。出ててくれるか？」

駐在さん、突如として業務モード。

「あー、はい。ところで富士見さん、西条は？」

「ん。あー、君の友人か。彼なら、病院ついたとたんに治ったとかで、逃げるように帰ってったよ」

やっぱし・・・。

「大丈夫かなー、彼。盲腸って言ってたのに・・・・」。

ここまでくると、バカがつく真面目。というか、真面目にバカがついていると言ったほうがいいかも知れません。

「西条も盲腸～～～～？」

ここで余計なことを駐在さんに言ってもらいたくない僕は、

　ドス！

間違ったふりをして、必殺病人突き！

「ぐぉおおおおおお！」

　効果は抜群だ！

まるで炎系ポケモンに『ハイドロポンプ』をしかけたようです！
（↑わかる人にしかわかんないだろうけど）

「も、盲腸！盲腸がぁああああ～～～～！」

悶え苦しむ駐在さんを背に、

「と、とにかく外に出ますね。奥さん、出ましょう」。

奥さんも出る必要があるかどうかはわかりませんでしたが、一緒に出てもらわないと困ります。

「そう・・・ね・・・じゃ、富士見さん、よろしく」。


廊下に出て、長椅子に奥さんと並んで座りました。
この時、長椅子には、他にオバさんが2人もかけられていたので、奥さんとピッタリとくっつくことに。
今度は、その近さにドギマギしてしまう僕です。
特に腰に伝わるぬくもりがたまりません。

こうなると、男子高校生というのは、血液のほとんどが下半身に流れてしまうため、脳には血がまわりません。
パーセンテージで言えば、下半身に70％。脳に2％くらい。

すると奥さんから、
「ママチャリくん」

「あ！は、はい？」
2％の血液の運ぶ酸素で、ようやっと答えた僕です。
しかし、2％の酸素量では、とうてい足りませんでした。

なぜなら、

「あの手紙、ママチャリくんたちでしょ」

「えっ！」

　ドキ～～～～ン！

心臓が残り30％を消費！
足りてません！
急遽、ハイドロポンプのために海綿体に蓄えた「予備血液」を送り、かろうじて生きている状態。

「あーっと・・・・いやぁ・・・・・」

やはり住所でバレた？

が、真実はちがいました。

「字は主人のものだったけど・・・・。『囁き』なんてむずかしい漢字、主人は書けないわ」

代筆した森田くんは、考えてみたら写経が趣味。
第二水準どころの騒ぎじゃなく、第百水準くらいまで漢字を知っているわけです。

　しまった・・・・・！

てか、漢字勉強しろよっ！駐在っ！



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