ぼくたちと駐在さんの700日戦争

雨降って地固まる、とは、よく言いますが、
駐在さんが入院したことによって、さすがに奥さんも、飛ぶようにして戻って来られました。

翌朝の登校途中。

「あ、奥さん」

小走りで歩いている奥さんに遭遇。

「あ、ママチャリくん！主人は、主人はどうなの？」

「え？ただの盲腸って聞きましたよ？心配いりませんよ」

「だって・・・。アタシってバカだ・・・。つまんないことで意地はっちゃって・・・」

それが盲腸であれ、自分がいない時に、伴侶が倒れたことに、深く反省する奥さん。
高校生の僕たちにはわかりませんが、夫婦など、ケンカしたって、そういうものなのかも知れません。

それは微笑ましくもあり。
うらやましくもあり。

奥さんは、そのまま駐在さんの入院されている病院へと走りました。


「へ～～～。奥さんがねぇ」。
「やっぱ、どっかでつながってんだな」。

いずれにせよ、僕たちの心配は徒労に終わったわけで。
めでたしめでたし。

放課後になり、僕たちは、駐在さん夫婦が「きちんと復縁」したか、気になり出しました。

「一応、見舞いに行くか？」

普段なら、絶対そんなことは考えないのですが、今なら、新作ケーキ『大きな栗の木の下で』の試作品が大量に手に入りました。
それを見舞品にして、

「駐在さ～ん」
「見舞いに来ましたよ～～～～」

そこには、ベッドに横たわる駐在さん。
そして、その横に、かいがいしく付き添う奥さんの姿が・・・・

と、思ったら。

予想は大きく裏切られました。

「あら。みんな」。

「あ、奥さん。どうも～」。
「駐在さんの具合どうですか？」

「さぁ？」
冷たく奥さん。

「えっと・・・さぁ、って・・・・」。
朝とえらく雰囲気が違います。

「じゃ、わたしは帰るから。あとは看護婦さんにでも診てもらってね」。

「え！お前！帰るのか？」

駐在さんの様子もヘンです。

「あたりまえでしょ？わたしもいろいろと忙しいの」。

しかも

　ドン！

なんと洗濯物の入った篭を、駐在さんの腹の上に置きました！

「ぐえ！い、いたた・・・な、なにする！お、俺は安静だぞ！」

「また手術でもしてもらえばあ？」

こんな奥さん。見たのは初めてです。

僕たちが固唾を飲む中、さっさと奥さんは部屋を出て行ってしまいました。
だけではありませんでした。
一度わざわざもどってくると

「あ。ママチャリくぅん。ダンパ。楽しみにしてるわね！」

「えっと・・・・あ・・・・はい・・・・」

すっげぇ険悪・・・・。
これはただ事ではありません。

「駐在さん・・・。奥さんになにしたんです？」

「いや・・・・・」

「朝はすっごく心配そうにしてたのに・・・・・」

「そう・・・・か・・・・」。

こんなに弱っている駐在さんを見るのも初めて。
病気から弱気になっているのか、とにかく、駐在さんになんらかの非があったことは、ほぼ間違いありません。

「そうだ・・・・ママチャリ。頼みがある」。

「頼み？いいですけど。その前に、奥さん・・・・」。

僕も他人事ではありません。なにしろ発端はジェミーと僕。

ここまで言われて、駐在さんは、しかたなさそう
に重い口を開きました。

「絶対笑わないと約束できるか？」

「ええ。笑いません」。
「笑うもんか！」

「本当だな？」

「しつこいなー。俺らも人様の不幸笑うような躾はされてねぇって！」
「言ってみろよ。駐在」。

「そうか・・・・。実はな・・・・・」

駐在さんは、奥さんとの間のことを話してくださいました。

「そ、そんなことが・・・・」

それは、あまりにも大人の事情で、笑えるとかそういう問題ではなく


「ぶわっはっはっはっはっはっはっはっはっは！」
「ちゅ、駐在！ば、ばっかで～～～～！あっはっはっはっはっは！」
「ひ～～～～～。あははははははははは！」
「だーーーはっはっはっはっはっはっは！」

大笑いでした。

「き、きっさまらぁ・・・いたたた・・・」

なぜなら、その理由と言うのが

「いや・・・いくらなんだって剃毛で・・・・あはははは」
「た、た、立てじゃダメだろー立てちゃ！あははははははは」

盲腸手術では、下半身の毛は全部剃るわけですが、これはたいてい新人看護婦さんの仕事です。
なんと、駐在さん！その最中に

「あっはっはっはっは！正直者だなーーーーー！駐在ぃいいいい」
「そりゃ奥さんも怒るってーーー。ばはははははははは！」

「や、やかましい！しばらく女房が出てたから・・・いたたた！」

「あっはっはっはっはっはっは！」
「ば、ば、バカだ！あまりにバカだ！」

つまり。新人看護婦さんの手に、正直者の駐在さん。正直に反応したらしく。

「あーーーーーーはっはっはっはっは！なんで立てっかなーーーー」
「あはははははははははははははは！」

これを笑わずに、なにを笑いましょう？
正直者がこんなにおもしろいのは初めてです。

とうとう寸劇までし出す西条くんたち。

「これこれ。そこなおまわり。お前が立てたのは、この金の斧か？」
「いえいえ、めっそうもございません。私が立てたのは、この鉄の斧にございます」

「だははははははははははは！鉄の斧～～～～～」

「き、き、きっさまら・・・タタタタタ！」

苦しがる駐在さんを尻目に、呼吸困難に陥るほど盛り上がる僕たちでしたが。

そこに。

「こら！まだ手術済んだばかりなんですからね！安静にしなきゃダメでしょ！」

叱りながら入って来たのは、看護婦さん。

僕たちの笑いはピタリと止まりました。

「・・・・・・・・」「・・・・・・・・」

「おまわりさんも。ダメですよ？」

「あー、はいはい・・・・」
駐在さん。借りて来たネコのようです。

看護婦さんは、点滴液を確認されると、すぐに出て行かれましたが。

「ひょっとして、今の、看護婦さん？」
「そうだ」。

「・・・・・・・・・・」
「めちゃくちゃ・・・・」
「美人じゃん・・・・・」

タイプこそ違いますが、加奈子さんといい勝負です。
しかも、色っぽい。
こりゃ駐在さんじゃなくても・・・・・。

西条くん、
「駐在・・・・」

「なんだ？」

「盲腸ってどうやったらなれる？」




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