ぼくたちと駐在さんの700日戦争

しばらく様子を見ていると、僕たちが脱出したあたりに、数人の人影が見えました。

「まずい。隠れろ！」

物陰に潜む僕たち。

「誰だ？あれ？」
「生徒じゃないな・・・」

人影は、さかんになにか調べているふうでした。

「とにかく、めっかると面倒だ」。

僕と西条くんは、一旦、敷地を出て、グレート井上くんたちを待つことにしました。

井上くんが久保くんのバイクに乗ってやって来たのは、それから約40分後。
”国際電話”をかけてから、1時間後のことでした。

それでも、想定した時間よりは、だいぶ早い到着です。

「思ったより早かったな。久保！」

「ああ、ぶっ飛ばして来たぜ！」

「事態を説明してくれ」
と、グレート井上くん。

ひととおりの説明をしながら、僕。
「もう時間がない。もぐりこまないと」

しかし。

アレックスの部屋から、避難ロープはおろされていませんでした。

「工藤の見回りが来たってことだ・・・」。
「さっきの人影かな？」

「どうしよ？」
「また窓に石ぶつけるか？」

ジェミーは、窓じゃなくって、僕にぶつけたんですけどね・・・。

アレックスの部屋には、ひと気が感じられません。

「アレックスも体育館に呼び出されてるんだ。きっと」

それは、アレックスからの「入って来るな」の合図ともとれます。

が、グレート井上くんたちが現地にいないのは、絶対にまずいことにちがいはありません。

「どうやって入るよ？」

そこで、

「ジェミーをたたき起こそう」。

ジェミーは、学校の合宿規則とは、まったく無関係な唯一の宿泊者。
体育館に行った可能性は低いとみていいでしょう。

「ジェミーって・・・どうやって？」

「ダイヤルインを使えばいい」

「ダイヤルインってなんだ？」

ダイヤルインとは、電信電話公社(現NTT)が1960年代から提供したサービスで、外線から、内線電話と直接通話ができる電話網です。
ホテルや大きな会社などでは、当時から用いられていましたが、現代よりも、かなり細かい規制がありました。
内線方式ごとに
『超特甲・特甲・準特甲・甲・準甲』があり、外部と話せる範囲がちがいます。（現代でも実は分かれている）
対して、外部と話せない内線電話は『乙・丙・丁』方式に分かれており、外線とつながる甲以上と、乙以下の区別は、受話器をとった通信音でわかりました。

＜補足：ダイヤルインの区分＞
超特甲＝内線からどこにでもかけられる
特甲＝国内ならどこでもかけられる
準特甲＝国内の近距離のみ
甲＝市内通話だけ
準甲＝着信のみで、かけることはできない
丙以下＝外線とはつながらない。内線のみ


「さっきシンシアと電話演習やったろ？あれでわかったんだ。あそこはたぶん準甲契約だ」

「なんだそりゃ？」

「外線にかけることはできないけど、かかってきたのは受けることができるってこと」

準甲契約では、電話を切った際に、外線と同じ「ツー音」が聴こえるのです。
シンシアとの電話を切った際、この音が聴こえたことから、この内線が準甲以上の契約であることがわかりました。

久保くん。
「あ、うちもそのタイプかな？」

「久保んちのは牛が交換してんだろーが！」

「あははは。根に持ってやんなぁ」

根に持つって！


ジェミーの部屋は、220号。

「たのむ・・・つながれ！」

もし、ダイヤルインに失敗した場合には、「大代表」の電話に一方的につながります。
つまり、青年の家、管理人。

その場合には、また『国際電話』で通すつもりでしたが、それはそれで大ごとです。
すでに時計は午前1時半。

出た！

「ジェミー！」

”あ～～・・・・もしもし～～～～・・・・”

「ジェミー！僕だ！頼みがある！」

が、ジェミー。
”はい・・・今、おかあさんと換わります・・・・”

寝ぼけてます。

「換わんなくっていいんだよ！バカ！」

なのに

”・・・・おかあさ～～～～～～～ん・・・・”

「げ！ジェミー、お母さん呼びに行った！」
「はあ？バカじゃないのか？アイツ」

どこまで呼びに行ったのかわかりませんが、

しばらくして、ジェミー。
”・・・おかあさん、いません。またかけなおしてください”

「青年の家に、お母さんいるわけないだろ!?」

　ブツッ！

切った？

「あのバカがぁああああ！」

小学生なみだな、アイツの電話は。

もう一度ダイヤルイン！

”もしもし～～～～・・・・”

「ジェミー！よく聞け！」

”どちらさまですか～～～～？おかあさんは留守です”

「だからお母さんに換わんなくっていいから！」

”はい。おかあさんにつたえておきます～～～・・・・”

まだ寝ぼけてる・・・。
ラチが明きません。

こうなったら・・・・
「ジェミー。ドラゴンあるけど、やる？」

”え！ほんとですかぁ！”

コイツ・・・・・・・・・・
どんだけドラゴン好きなんでしょう？


ようやくジェミーと話が通じ、避難ロープからジェミーの部屋へ。

「まったく！かんじんな時に寝ぼけやがって！」
久保くんは怒りますが、

「すいません～。久保先輩～～～」

なにしろ午前2時近く。無理もありません。
怒ってはジェミーが気の毒です。

が、
「で。先輩。ドラゴンは？」

「はぁ？」



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