ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「侵入って？」

「だから、たぶんS工業のやつらが、1階の窓か、非常口開けたんだ！」

「それだけで非常ベル鳴んのか？」

「SPアラームだよ。たいていの公共施設はそうなってる。だから夜の出入りは御法度なんだ」。
（↑たぶん現在も同じ旧式のところがあるので注意）

「ってことは？」

「とにかくまずいことになった。西条、逃げよう！もうすぐ工藤がまわってくるぞ！」

いきなり慌ただしくなりました。
それは、この部屋に限ったことではなく、廊下を通して、他の部屋からも伝わって来ます。

「待てよ。逃げたら、井上たちが疑われないか？」

「逃げなくっても同じだ。僕らは宿泊名簿にはないんだからな！」

実はこれはれっきとした「犯罪」。
窃盗罪にも匹敵します。
（ただし、団体宿泊なので、人数さえ変わっていなければ普通は無罪）

「アレックス。悪いけど、この部屋、出来る限り閉めっきりにしといてくれ！」

「ええけど。限界はありまっせ？」

「ああ。わかってる。とにかく井上たち、部屋にもどすから」

「もどせるんでっか？」

「わかんない。けど、それしかないよ。集合かけられるとやっかいだ」。

僕たちは、剣道の面と胴をベッドに入れ、「井上くんたちの寝ている」カモフラージュをつくり、三たび避難ロープで外へと飛び出しました。

闇の中を走りながら西条くん。
「くっそ～～～～！泣きっ面にムチだな」。

「それ言うなら、泣きっ面にハチ！」

「え？ハチじゃ、さすがに範疇を超えてるだろ～～～～～」

「なんの範疇だよ！」

『泣きっ面にムチ』。その業界ならきっと名言です。


なんなく敷地を突破した僕たちは、オバちゃんの店の前にあった公衆電話へと走りました。

「今日は、麻生んとこだっけ？井上たち泊まるの？」

「村山んちかどっちかって言ってた」。

どちらも年長の兄がいる家を選んでいるのは、さすがグレート井上くん。
万一の場合の夜中の連絡を想定しているのでしょう。

「しかたない。たたきおこすしかないな」。

「もう0時半だぞ？」

それでも、携帯電話のない時代。こうした深夜の連絡は、まったくもって大変でした。
普通に連絡がとれるのは、せいぜい午後9時まで。
田舎は、夜が早いですから、簡単にはとりつげません。

しかし、僕には秘策がありました。

どんなに深夜であっても、友人宅に電話をつなぐ方法。

麻生くんの家のダイヤルをまわします。

「大丈夫か？こんな時間で」

「ああ。心配すんな」

　RRRRRR…　RRRRRR…　RRRRRR…

意外にも、5回ほどのコールで

”もしもし～？麻生ですが？”

麻生くんのお兄さんが電話口に出ました。

ここで、極めて事務的に、
「こちらはKDD、国際電信電話株式会社です」

当時、国際電話は、一旦つなぐかどうかの確認が、KDD（現KDDI）によって入りました。

「ワシントンから国際電話です。おつなぎしますか？」

アメリカからなら、時差で午前8時半。
国際電話は、たいてい突飛な時間にかかってきたものでした。

”ちょ、ちょ、ちょっとお待ちください”

麻生兄さん、焦りながら麻生くんを呼びに行きました。
そりゃ慌てます。

それでも、麻生くんの家は、もともと夜中に車の故障車や事故車などの連絡もあるので、慣れてはいるはずです。


ようやっと電話口に、麻生くん。


「Hello！Mr.Aso！」

”あ？え？は、はろ～～～～、誰？”

「僕だ。麻生。落ち着いて聞いてくれ！」

麻生くんに事情を説明する僕。


”わかった！井上たちは工場のほうにいる”

幸いにして、姫沼からはもどっていました。

「すぐ青年の家にもどるように言ってくれ！」

いつまでアレックスが「全員寝たフリ」で持ちこたえられるかわかりません。
ヘタをすれば、非常ベルの濡れ衣を着せられてしまいます。
いや。最悪、エスケープが白日のもととなるかも知れません。
そんなことになれば、ESS始まって以来の珍事。大問題です。


「S工業のやつらはどうしたかな？」

「たぶん、知らぬ存ぜぬを通すだろ」。

「ったく、やっかいなことしてくれるぜ」。

「ほんとだな・・・・」。

青年の家付近までもどると、あちこちの部屋に明かりがついており、騒ぎがまだおさまっていないことがわかりました。

そのうちに、

「見ろ！体育館の明かりがついた！」

「やばい・・・。集められてるんだ・・・・」

たのみはアレックスですが・・・・。
一応、ごまかしかたのセオリーは教えて来たものの。

なにしろまだ中学生。
なんとも心細い味方です。

「たのんだぞ・・・。アレックス・・・・」。



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