ぼくたちと駐在さんの700日戦争

女が少年を成長させるのは、いつの世も同じです。
美奈子さんと出会ってからというもの、実際、井上くんにはかなりの変化がありました。
それは、必ずしも「いい意味でない」ことのほうが多いのも、世の常です。

授業は気もそぞろ。それまで熱心だったESSの劇練習も、サボりがちになりました。

なにしろ、美奈子さんと天体観測で落ち合うためには、夜になる前に、どうしても「偶然に」会わなくてはなりません。

美奈子さんの天体観測は、大学の研究であって、ロマンチックとは縁のないもので、天候や月の傾斜具合などに左右されました。
したがって「次の約束」がありません。
なのに相手は、天敵「駐在所」にいるわけで、電話もままなりません。

遅くまで観測する時には、美奈子さんから「ボディガード依頼的おさそい」が来るのですが、それも、ESSの練習とかぶっていた（あるいは駐在所前をウロウロしていた）ために、その電話のほとんどは妹の夕子ちゃんがとっていました。
おかげで夕子ちゃんは、へんなふうに美奈子さんと親しくなってしまい、これがもうひとつのグレート井上くんの恋を邪魔することになるのですが、それは別章です。（『マスカレードGS』）

そこで、
「なんとか井上くんと美奈子さんを会わせてあげたい」
という、なんともいじましいプレゼントをするために、僕たちは考えました。

「井上。今日の4時に駐在所に行け。ただし中には入るなよ」

「なんで？」

「いいから。行けばわかるって！」

ようは、グレート井上くんが、駐在所前をウロウロしている時間に、ピッタリ美奈子さんを駐在所交番にひきずり出せればいいわけです。

なんて素敵な「偶然」のプレゼント！

「用意はいいな？」
「おお！」

それは、英語の電話をかけること。

ポーラの一件以来、駐在さんは、だいぶ「英語恐怖症」になっておりましたので、英語で電話をかければ、まず間違いなく「英検一級である美奈子さんに代わってもらうであろう」という魂胆です。

ナイスアイディア！

駐在さんが、英語の電話に困惑するのも楽しみです。
ってか、実はそっちがメインと言えばメインだったのですが。
いかにも「いいことした」の大義名分が必要だったんですね。
後の「さわやかさ」がちがいます。
悪戯にも、後味は大切です。

まず、グレート井上くんを、駐在所付近に配備。
そこに、駐在所最寄りの公衆電話から、駐在所宛に英語の電話をかけます。
すると「Welcome to Osaka」しかしゃべれない駐在さんは、美奈子さんを呼び出して、電話を代わるはず。
そこにグレート井上くんを、「偶然」ふうに飛び込ませて、会わせてやろう、というカンペキな作戦！

大問題は、英語の電話でした。

声色の上手な千葉くんは、英語はダメダメですし、僕は、グレート井上くんのマネがせいぜいなのでバレバレです。

そこで思いついたのが、英語の教材テープ。

どうせ駐在さんは、英語はからっきしなわけですから、それでもじゅうぶんです。

図書館で、英語教材『Mr.BOBの英語教室』を借りて来た僕たちは、そこから、最も難解な英語部分を探しました。
なにしろ、途中、日本語で「では、発音してみましょう」などと入っては困ります。

延々10分ほど、ベラベラと英語だけの部分を見つけ、ラジカセ片手に公衆電話。

「よし！井上発見！」
「電話かけろ！」
「おお！」

ラジカセのスイッチなど誰でも押せそうなものですが、ここは放送部員のバリトンくんを選びました。

”はい～。駐在所です”

声のデカい駐在さん。まわりにまで受話器の声がもれて来ます。

（よし！スイッチオン！）
（オッケ！）

「Hello every body！」

エブリバディじゃないけど、この際、いいや。

「My name is Bob！」

がんばれ！ボブ！
さすがだ！ボブ！

”あ～～～っと・・・・え～～～っと”

（わははは。駐在あわくってる、あわくってる！）

ボブはその最中もマシンガンのように英語で話し続けます。
なんかボブの生まれ故郷のマイアミのことのようですが、どうでもいいや。

（ほら！美奈子さんに代われ！駐在！）

”じゃすたーもーめん！じゃすたもーめん”

（やりぃ！）

その間にもボブは、

「I have an appointment with Mr.YAMADA at three」

どうやら山田さんと3時に約束がある模様。
どうする！駐在！

そして念願の、

”Hello, How can I help you？”
（どういったご用事でしょう？）

美奈子さん！

・・・じゃない・・・。

誰だ？

しかもここで、ボブってば、

「Repeat after me！」

やっちゃったよ・・・。
リピート・アフター・ミー。
誰が電話で、「わたしのマネしなさい」とか言うでしょう？

「Good！」

褒めんなよ・・・ボブ・・・。

（こんなの入ってたっけ？バリトン）

慌てる僕たち。
だってテープはチェック済み。

（あ。B面だ。これ）
（アホーーーーーーー！）

しかたないので、僕がボブと代わりまして

「あ～～～Sorry sir」

すると

”あ！その声は！”

「あ～～～～～！その声は！」

シ・・・シ・・・シ・・・・

　シンシア!?

なんで？

そこで僕。

「あ～～～。Good bye～～～！ Repeat after me！」

シンシアはリピートしませんでした・・・。

しませんでしたが、

”くらぁ！どっからかけとんじゃ！フェイス出さんかい！”


「な、なんだって？」

「ツラ・・・出せって・・・」


Repeat after me！

「ツラ」「　　」　「出せ」「　　」

Good！




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