ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＜ぼくちゅうラジオ第２回配信中！ゲストは中村悠一さん。こちらから＞

美奈子さんは、グレート井上くんにとってだけではなく、
あらゆる意味で強烈でした。

なんてったって、あの「奥さん」と、同じ美貌を持ち、
さらに知性がありました。

その上で、爬虫類が手をつけていません。

「美奈子さんって英語しゃべれます？」

「英語・・・。そうねぇ。英検1級は持ってるけど」。
と、さらりと言うほどでしたが、

「え～～～～すげ～～～～！」
「じゃ、次は初段に挑戦ですね？」

バカたちにとって、それは、あまり意味はないのでした・・・。
上のレベルを知らない、ということは、ある意味幸いなことです。

それなのに、

「西条くんたちは？」

「俺もしゃべれますよ」。

「ふうん。すごいじゃない？」

「どヘッドかちわったろか！」

「あははは。なぁに？それ。おもしろーい」。

美奈子さんは、富士の頂上から、僕たち一合目、いや、河口湖湖底くらいのレベルまで下がって、話してくださるのです。

当然、全員が、グレート井上くんの、この「かないそうもない初恋」を応援しました。

僕も、西条くんも、小町の「井上くんへの思い」は、なんとなく感じ取っていましたが、グレート井上くんは、それこそ中学生から3年生の先輩まで、モテまくっていたので、その多くの女性のひとり、でしかなかったのです。

しかし、美奈子さんが天体観測をやっていたことは、思わぬ「不都合」を生みました。

グレート井上くんが、彼女に会うために、天体観測につきあうようになったからです。

いいえ。もちろん、それを仕組んだのも僕たちだったのですが・・・。

夏休みに入る1週間ほど前。

「ねぇ。たのみがあるんだけどな・・・」。
折り入って、グレート井上くん。

グレート井上くんが、僕に頼み事をするのは、その逆のパターンの1/100しかありません。

「なんだよ。めずらしいな？」

「ESSの合宿あるだろ？」

「ああ。出るんだろ？」

「うん・・・出るんだけどさ・・・」。

「その間の夕子ちゃんのめんどう？」

「半径1km以内に近づいたら殺す」

「はい・・・気をつけます」

「そうじゃなくって。夜だけ代わってくれない？」

「はあ？合宿を？」

あの「真っすぐ」な、グレート井上くんが、僕に替え玉を頼んで来たのです。

「な、なんだってまた・・・・！」

とは言ってみたものの。
それが「美奈子さんと天体観測をするため」であることは、すぐにわかりました。

「え！だって、ESSの合宿って英語しかしゃべれないんだろ？」

「だからお前に頼んでるんだろ？」

「あ・・・・いや。僕は英語2だぞ？」

「我慢する」。

なんでしょうか。
我慢するって・・・・。

「そ・・・それはありがたいね・・・・悪いね。2で・・・・来学期は頑張るからさ・・・」。

井上くんに向かって、英語の成績を詫びることになるとは、思ってもみませんでした。

「男子参加者は、僕と久保しかいないから」。

「同室なんだな？」

「うん。それが・・・・・」

なんと。
久保くんもこれに1枚、噛んでいました。
どうやら、久保くんが、井上くんのエスケープを手助けするようです。

青年の家は、山の中にありましたから、抜け出しても、交通手段がありません。
そこから、久保くんが、グレート井上くんを、美奈子さんのいる姫沼まで、バイクで送ろう、という魂胆です。

そればかりか、ボディガードとして孝昭くんもつきあい、その帰りには、美奈子さんを送り届けた後、麻生くんか村山くんの家に宿泊。早朝に、久保くんが、また青年の家にもどそう、という「グループあげて」の作戦でした。

「え！じゃ、その時間、もぬけの殻？」

「いや。ちがうよ」。

「誰かいるの？」

「お前」。

いやいやいや。
そりゃ元の木阿弥な話だろう。

おもしろそうですが、なんて無謀な計画でしょう？
しかし、その盲目さが、またグレート井上くんらしくなく、人間味があったことも確かでした。

「だって抜け出すのって、午後8時くらいってことだろ？ミーティングとかないの？」

「夜、内線電話を使った英語の電話練習があるだけ。その時、シンシアさんとしゃべらなきゃいけない」

「シンシアと～～～～～～？バレるじゃん！」

どヘッドかちわられるぞ！

「大丈夫だ。理恵の話だと、お前の僕のものまねはパーフェクトだったらしいよ」。

小町が・・・
パーフェクトだって？
パーフェクトなグレート井上くんの英語のマネを？

あの日の、僕の井上くんのマネがパーフェクトだったのが
むしろ彼女の気にさわったのかも知れません。

僕は、この時、グレート井上くんが、まったく小町の気持ちに気づいていないことを知って、伝えるべきか一瞬、迷いました。
が、前述したように、井上くんを好きな子は、うなるようにいましたから、結局、それを口にしなかったのです。

「久保のぶんはどうすんだ！」

「久保は、実は英語ヘタクソだから。あははは」

そっちのほうがずっとむずかしいぞ・・・。
ひとりふたやくかよ・・・。
と、思ったら
「西条でも置いてくよ」

「いや！西条なら置いてってもらわないほうが無事だって！」

「たのむよ・・・・この夏しかない・・・」

この夏しかない・・・。

美奈子さんとの恋を、最も応援していた僕は、これを引き受けざるをえなかったのです。

「グレート父さんにバレたらどうするつもりだ？タダで済まないぞ？」

が、さすがグレート井上くんです。
バレた時のこともしっかり考えていました。

「そんときは、神童タカさん、よろしく」

万全です（泣）。




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