ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「はああ？伊勢エビ～～～～？」

「うん・・・・」。

僕が悩みに悩んで、「伊勢エビ」の成り行きを母に話せたのは、エビが届く当日になってからでした。


「なんだってそんなもんを？」

「いや～～～～。なんつーか偶然で・・・・」

母もさすがにあきれ顔です。
しかし、1万円ともなれば、僕の貯めたお金程度ではどうにもならないわけで。

「偶然で伊勢エビ買われたんじゃ、家計がもたないよ！」

ごもっともです・・・・。

「しかも、なんだって薫ちゃんとこあげちゃわなきゃいけないわけ？うちだって食べたことないよ？伊勢エビなんか」（←ここだけノンフィクション）

ごもっともです・・・・。

しかし、もう魚河岸には届いてしまうわけで・・・。

「どうしよ？母ちゃん」。

「金子さんちじゃ息子が勝手にラジカセ買ったってぼやいてたけど、なんだってうちは伊勢エビ・・・・」。

「ごめん・・・母ちゃん・・・・」。

「そんなのクレジットでも組まなきゃ買えないよ」。

「魚河岸・・・クレジットやってるかどうか・・・・」

魚屋だし。


「しかし、そんな高価なもんを、売りつける魚河岸も魚河岸だね～」。

確かに。

「よし！ついといで！」

というわけで、もうすぐ高校3年生っつーのに「母につれられて魚屋」。ああ、情けない。


「や！タカさん！わざわざお運びとはありがたいね！」

魚河岸のオヤジ。あいかわらずの勢いです。

「伊勢エビ、届いてやすからね！」

「そう。じゃ、見せてくれる？」

平然と母。

届いた伊勢エビは、30センチはゆうにある、そりゃもう立派な伊勢エビでした。

「どうだい！立派なもんでしょ？タカさん！」

母。それを見て一瞬で

「なにこれ。お亡くなりになられてるじゃない」。

「はぁ？お亡くなり？」

「生きてないでしょ？」

「いやぁ。冷凍だからねぇ。無茶言っちゃいけねぇ」。

「あのねぇ。魚屋さん。うちは、エビを飼いたいの」。

「はああああああ？」

「うちでは、教育のために伊勢エビ飼うつもりなのに、お亡くなりになってちゃ意味がないでしょ？」

「いや・・・・伊勢エビっつったら、まぁ、普通お亡くなりになってると・・・・」。

「エビは普通生きてんの！それは人間の勝手なごうってやつでしょ？」

「いや・・・まぁ・・・・そりゃそうっすけど・・・・魚屋で買えば普通は・・・・」。

「殺生で商売やってるからってねぇ。命を軽んじてはいけないわ」。

「はぁ・・・・」。

魚屋が「殺生」と言われてはかないません。
が、母はこの理論で通すつもりのようです。

「誰がお亡くなりになってるのほしい、って言ったの？息子？」

「いえ・・・そこまでの確認は・・・・・」。

「高校生が伊勢エビ欲しいって言ったら、それくらい確認しなきゃダメでしょう？普通、高校生が食べないでしょ？」

「あ～～～・・・確かに・・・・」。

「あんたんとこの確認ミスってやつね。とにかく、うちは生きてらっしゃるのしかいらないから」。

「え～～～～～～～。かんべんしてくださいよ！仕入れだけで5000円はしたんすからね？」

「じゃ、こうしましょう。このお亡くなりになられた伊勢エビは、井上さんとこ差し上げるから。その代わり半額ね」。

「へ・・？半額じゃ、利益出ないんですけど？」

「じゃ、心臓マッサージでもなんでもして生かしてちょうだい。そしたら5000円払うから」

「む、無茶言っちゃいけねぇ。エビの心臓、どこにあるかわかんねぇし・・・・」。

エビの心臓ってどこだろう？
固い殻に囲まれていて、マッサージはむずかしそうです。
しかも交渉が仕入れ値の5000円になっちゃってます。

「あのねぇ。うちは、伊勢エビが今日来るって言うんで、名前まで決めて楽しみに待ってたのよ？」

「な・・・名前っすか・・・」。

「そう。エビちゃん」。

エビちゃん・・・。まんま・・・。

「ああ・・・・エビちゃん・・・・未来にはCanCamのモデルになれたかも知れないのに・・・それが心ない魚屋のせいで・・・・おいたわしや・・・」

「す・・・すいやせん・・・・」。

CanCamってなんだ？？？

「でも、あんたんとこも仕入れはしちゃったんだから。半額の2500円は払うけど、うちはいらないわ。残りは井上さんとこで回収するなり好きになさいな」。

「え・・・井上さんとこでですか？」

「そう。うちはお亡くなりになったエビちゃんに2500円も払うのよ？それくらい当然でしょう」。

当然と言い切りました。

「わ・・・わかりやした・・・・」。

「じゃ、これは井上さんち配達して」。

「へい・・・・」。

というわけで交渉成立。
信じられん。

「で・・・・生きた伊勢・・・エビちゃんはどうしやす？仕入れますか？」

「もういいわよ。次はタラバちゃんでも飼うことにするから」。

タラバちゃん・・・・。


帰り道。


「2500円はアンタが払うのよ！」

「え？うん・・・。井上んとこ、2500円払うかな？」

「払わないでしょ。だいたい薫ちゃんとこは有力者だもの。そんな理由のない請求できないよ」。

「じゃ・・・魚屋さん・・・大損させちゃったね・・・・」。

「あのねぇ。生き物を売ってる商売は、捨てる分計算に入れなきゃいけないから下代はずっと低いの。覚えときなさい。5000円も怪しいもんだ」

「へぇ・・・・」。

「魚河岸にすりゃ袖の下と思えば安いもんよ。伊勢エビくらい。それが何十万になって返ってくるんだから」

なるほど・・・・。


こうしてこの日のうちに、『クッキーデーの伊勢エビ』は、井上家に配達されました。

が、チャーリーの口のすべりの良さから2500円の損失。
せっかくのクッキーデーの予算は、全滅し、

さらに

我が家から井上家に「結納の品が送られたらしい」という奇妙な噂がたち始めたのでした・・・。

さすが伊勢エビ。


「ところで母ちゃん」

「なに？」

「CanCamってなに？」

「そのうちわかる」



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