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6章:第29話 小さな太陽(4)
「西条!」
「あ?おお」
自転車を投げ出すようにして近寄った僕に、西条くんは、まるで普段通りの返事をしました。
「お前、式は?」
「‥‥‥‥ああ、うん。それなんだけどな」
式の話に触れられるのも分かっていたらしく、
それでも、僕が横に腰掛けるまで、言葉は止まっていました。
「なんかさ‥‥‥‥」
それから、西条くんらしからぬ弱々しい声で。
「‥‥‥‥俺、認めたくないんだよな。きっと」
「ユキ姉が、結婚することを?」
「いや‥‥‥‥、そんなんじゃねーんだけど。ユキ姉、ずいぶんと年上だしな‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥小学校の時はよ。もっとずっと上に見えたもんだった。今なんかより、ずっと。ほんと大人に見えたなぁー、6年生」
「ああ。そうかも」
下級生の頃は、本当に「お兄さん・お姉さん」でした。
けれど、今や、ユキ姉より西条くんの方がずっと背も高く、西条くんは「自分の知らぬ間に」ユキ姉を追い抜いていたこと自体、驚きだったようでした。
西条くんにとって、強いユキ姉は、「憧れ」そのものだったのです。
それから西条くんは、唐突に、
あるいは、落ちようとする涙をくい止めるために?
「空」
青い青い午後の空を見上げて、そのまま言葉にしました。
「空‥‥‥?」
「ああ‥‥‥‥」
「お前さぁー、小学校んときから、そこそこ人気あっただろうから分かんないだろうけどな‥‥‥」
「そんなこともないけど‥‥‥」
「いや。俺みたいに疎外されてるヤツとか、いじめられてるヤツとかはな。朝、家の玄関出るだろ?」
「うん‥‥‥‥‥」
「空がどんなに晴れてたってさ‥‥‥。晴れてるって思うことってないんだ」
「え‥‥‥‥‥‥‥」
それは、思ってもみなかった話でした。
「いっつも曇り空に見えるんだよなぁー。学校行きなくないし‥‥‥‥‥」
「だからさ。ゆき姉がいなくなってから高校入るまでさ。一度も、青空なんか見た事ないんだ。俺‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥どんなに晴れてても、な」
確かに、クラスにだって、阻害されていた子もいましたが、そういう立場でものを見たことがありませんでした。
青空は誰にとっても青空だと、思って来たのです。
それが「当たり前」だから。
「でもな。それでも歯くいしばっても生きてたのはさぁ。‥‥‥‥‥太陽があったからなんだよな」
「‥‥‥‥太陽って?」
西条くんは胸から、サクラ貝のペンダントを取り出しました。
「あ、それ‥‥‥‥‥」
「うん。小っちゃい太陽だけど。いっつもさ。ユキ姉を想像してな。はげましてもらってたんだ」
「うん‥‥‥‥‥」
「おっかしいだろ?俺は大っきくなるのにさ。想像のユキ姉は最後に会ったドリフの後のユキ姉なんだぜ?」
やっぱり。
「それをさぁー。勝手に想像してな。”西条がんばれ!”、”西条負けるな!”ってな‥‥‥。勝手なセリフ言わせて‥‥‥ハハ‥」
「‥‥‥‥‥」
「馬鹿だろ?‥‥‥‥‥けど、人間さー、太陽なきゃ生きていけないから‥‥‥‥‥な」
「うん‥‥‥‥‥‥わかるよ。なんとなく」
「だからさ。突然、大人になったユキ姉見てビックリしたよ、俺」
「それはさぁ。恋‥‥‥‥とか、そういうのとは違うんだよなぁー‥‥‥いや、ガキの頃は『ケッコンしたい』とか考えてたけどな、けっこうマジで。ハハ‥‥‥‥」
「うん」
「けど、そういうのとは違うんだよな‥‥‥‥。まぁ、無理に言うなら『希望』みたいなもんだな‥‥‥て言うか‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥やっぱ、『太陽』だな」
「だから俺よ、今回ひとりはりきっちゃって‥‥‥‥‥お前らまでまきこんじゃってな」
「気にすんなって」
「ゆき姉が結婚するって知ってさ。祝ってやんなきゃ、って、幸せにって言わなきゃって。ずっと思ってたんだけどな‥‥‥」
そこまで言って西条くんは、膝に顔をうずめました。
「やっぱりダメだ。俺‥‥‥‥‥」
「西条‥‥‥‥‥‥‥」
ん?
僕が気の利いたセリフを探しているうちに、遠くからこちらに近づいてくるバイクの音が。
孝昭か?
いや、時間的に早すぎる。
誰?
バイクは、すさまじい速度で僕たちの前まで来ると、タイヤをスリップさせて急停車しました。
「西条くん!乗りなさい!」
メットのカウルを上げたのは
「お、奥さん‥‥‥‥‥!?」
「な、なんで?」
僕以上に驚いたのは西条くんです。
ライディングスーツの奥さんを見るのは2度め(5章)ですが、明るいところでは初めてです。
そりゃぁもう、言葉も出ないほどに素敵で‥‥‥

650に乗ったまま、奥さん、
「ゴメンね、ママチャリくん。主人、今、師範の娘さんの結婚式出てるから留守なの。それで代わりに、わたしが来たのよ」
この時ようやく、あの日、師範が警察署長さんにした「たってのお願い」がわかりました。
たぶん、披露宴の挨拶かなにかを依頼したのでしょう。
駐在さんも署長さんも「来賓」だったのです。考えてみれば当たり前。
ところが。西条くん、
「あ‥‥‥‥‥いや‥‥‥‥‥奥さん。いいです、俺」
この時、奥さんが、僕たちの前では初めて声を荒げ
「なに言ってんの!男ならもっと強くなりなさい!けじめつけるんでしょ!?西条!」
そして初めて「呼び捨て」しました。
「けじめ‥‥‥‥‥?」
「そう!大好きな人の門出も祝えないようなら、男やめなさい!」
「あ‥‥‥‥‥‥‥」
西条くんの中で、なにかが動き始めたようでした。
「わかったら、とっとと乗りなさい!西条!」
「あ‥‥‥は、はい!」
「飛ばすわよ?いい?」
「は、はい!」
「つかまって!」
「は、はい〜〜〜〜♥」
西条くんを乗せた奥さんのYAMAHAは、やがて自らが巻き上げるすさまじい土煙の中へ消えていきました。
間に合ってくれ!
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「西条!」
「あ?おお」
自転車を投げ出すようにして近寄った僕に、西条くんは、まるで普段通りの返事をしました。
「お前、式は?」
「‥‥‥‥ああ、うん。それなんだけどな」
式の話に触れられるのも分かっていたらしく、
それでも、僕が横に腰掛けるまで、言葉は止まっていました。
「なんかさ‥‥‥‥」
それから、西条くんらしからぬ弱々しい声で。
「‥‥‥‥俺、認めたくないんだよな。きっと」
「ユキ姉が、結婚することを?」
「いや‥‥‥‥、そんなんじゃねーんだけど。ユキ姉、ずいぶんと年上だしな‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥小学校の時はよ。もっとずっと上に見えたもんだった。今なんかより、ずっと。ほんと大人に見えたなぁー、6年生」
「ああ。そうかも」
下級生の頃は、本当に「お兄さん・お姉さん」でした。
けれど、今や、ユキ姉より西条くんの方がずっと背も高く、西条くんは「自分の知らぬ間に」ユキ姉を追い抜いていたこと自体、驚きだったようでした。
西条くんにとって、強いユキ姉は、「憧れ」そのものだったのです。
それから西条くんは、唐突に、
あるいは、落ちようとする涙をくい止めるために?
「空」
青い青い午後の空を見上げて、そのまま言葉にしました。
「空‥‥‥?」
「ああ‥‥‥‥」
「お前さぁー、小学校んときから、そこそこ人気あっただろうから分かんないだろうけどな‥‥‥」
「そんなこともないけど‥‥‥」
「いや。俺みたいに疎外されてるヤツとか、いじめられてるヤツとかはな。朝、家の玄関出るだろ?」
「うん‥‥‥‥‥」
「空がどんなに晴れてたってさ‥‥‥。晴れてるって思うことってないんだ」
「え‥‥‥‥‥‥‥」
それは、思ってもみなかった話でした。
「いっつも曇り空に見えるんだよなぁー。学校行きなくないし‥‥‥‥‥」
「だからさ。ゆき姉がいなくなってから高校入るまでさ。一度も、青空なんか見た事ないんだ。俺‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥どんなに晴れてても、な」
確かに、クラスにだって、阻害されていた子もいましたが、そういう立場でものを見たことがありませんでした。
青空は誰にとっても青空だと、思って来たのです。
それが「当たり前」だから。
「でもな。それでも歯くいしばっても生きてたのはさぁ。‥‥‥‥‥太陽があったからなんだよな」
「‥‥‥‥太陽って?」
西条くんは胸から、サクラ貝のペンダントを取り出しました。
「あ、それ‥‥‥‥‥」
「うん。小っちゃい太陽だけど。いっつもさ。ユキ姉を想像してな。はげましてもらってたんだ」
「うん‥‥‥‥‥」
「おっかしいだろ?俺は大っきくなるのにさ。想像のユキ姉は最後に会ったドリフの後のユキ姉なんだぜ?」
やっぱり。
「それをさぁー。勝手に想像してな。”西条がんばれ!”、”西条負けるな!”ってな‥‥‥。勝手なセリフ言わせて‥‥‥ハハ‥」
「‥‥‥‥‥」
「馬鹿だろ?‥‥‥‥‥けど、人間さー、太陽なきゃ生きていけないから‥‥‥‥‥な」
「うん‥‥‥‥‥‥わかるよ。なんとなく」
「だからさ。突然、大人になったユキ姉見てビックリしたよ、俺」
「それはさぁ。恋‥‥‥‥とか、そういうのとは違うんだよなぁー‥‥‥いや、ガキの頃は『ケッコンしたい』とか考えてたけどな、けっこうマジで。ハハ‥‥‥‥」
「うん」
「けど、そういうのとは違うんだよな‥‥‥‥。まぁ、無理に言うなら『希望』みたいなもんだな‥‥‥て言うか‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥やっぱ、『太陽』だな」
「だから俺よ、今回ひとりはりきっちゃって‥‥‥‥‥お前らまでまきこんじゃってな」
「気にすんなって」
「ゆき姉が結婚するって知ってさ。祝ってやんなきゃ、って、幸せにって言わなきゃって。ずっと思ってたんだけどな‥‥‥」
そこまで言って西条くんは、膝に顔をうずめました。
「やっぱりダメだ。俺‥‥‥‥‥」
「西条‥‥‥‥‥‥‥」
ん?
僕が気の利いたセリフを探しているうちに、遠くからこちらに近づいてくるバイクの音が。
孝昭か?
いや、時間的に早すぎる。
誰?
バイクは、すさまじい速度で僕たちの前まで来ると、タイヤをスリップさせて急停車しました。
「西条くん!乗りなさい!」
メットのカウルを上げたのは
「お、奥さん‥‥‥‥‥!?」
「な、なんで?」
僕以上に驚いたのは西条くんです。
ライディングスーツの奥さんを見るのは2度め(5章)ですが、明るいところでは初めてです。
そりゃぁもう、言葉も出ないほどに素敵で‥‥‥

650に乗ったまま、奥さん、
「ゴメンね、ママチャリくん。主人、今、師範の娘さんの結婚式出てるから留守なの。それで代わりに、わたしが来たのよ」
この時ようやく、あの日、師範が警察署長さんにした「たってのお願い」がわかりました。
たぶん、披露宴の挨拶かなにかを依頼したのでしょう。
駐在さんも署長さんも「来賓」だったのです。考えてみれば当たり前。
ところが。西条くん、
「あ‥‥‥‥‥いや‥‥‥‥‥奥さん。いいです、俺」
この時、奥さんが、僕たちの前では初めて声を荒げ
「なに言ってんの!男ならもっと強くなりなさい!けじめつけるんでしょ!?西条!」
そして初めて「呼び捨て」しました。
「けじめ‥‥‥‥‥?」
「そう!大好きな人の門出も祝えないようなら、男やめなさい!」
「あ‥‥‥‥‥‥‥」
西条くんの中で、なにかが動き始めたようでした。
「わかったら、とっとと乗りなさい!西条!」
「あ‥‥‥は、はい!」
「飛ばすわよ?いい?」
「は、はい!」
「つかまって!」
「は、はい〜〜〜〜♥」
西条くんを乗せた奥さんのYAMAHAは、やがて自らが巻き上げるすさまじい土煙の中へ消えていきました。
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泣きそう(/-\)
いらっしゃいませ。
そのままサクサクと進んでくださいまし。
このコメントは管理人のみ閲覧できます
奥さん、かっこいい!!
加奈子さんに抱き付きやがってぇ~~!
駐在さんの奥さんはオットコ前だ!!!!
西条君・・・悲しかったんだネ。
男として・・・
ガンバ、カンバ、ガンバ!!!
もっと素敵な女の人が現れるまで・・・。
かんど~
大好きな人の門出祝えないなら男やめなさい
に涙が
高校でママチャリに出会って、漸く青空を見ることが出来るまでの西条君にとって心のなかの幼いゆき姉はまるでティンカー・ベルみたいですね。
彼女の存在で歯をくいしばって生きてこれたらこそ、ママチャリたちとの輝くような青春の日々にたどり着けたんだなぁ。
人は絶望すると景色が白黒で見えると聞いたことがあります。
私は風景が灰色に見えたことはありません。
でも、西条少年はその幼さで青空が曇り空に見えていたんですね・・・
強くなって周りから一目も二目も置かれる存在になってからも・・・
駐在さんの奥さんの説得は力強いです!
僕も西条君と似ていて、小学校時代に撮った写真に写った青空を見ても記憶では空が白いんです。
中学校に進学して青空を見てこんなに綺麗だったんだと初めて気付いたんです。
他の人は何とも思っていないであろう青空。
それは辛いことがある人には当たり前ではないと改めて思いました。