ぼくたちと駐在さんの700日戦争

滑走路に面したガラス窓までかけよると

「あ！あれだ！大阪便！もうタラップ外してるじゃん！」
「ほんとだー！」

タラップカーはすでに移動を開始していました。

「どうする？」

「お前、止めてこい！」
「無茶言うな！」

「新幹線は止められるって言ってたじゃん！」
「新幹線は止められるけど、飛行機は無理なんだよ！」
「なんで？カッコ似てるだろ？」
「カッコで止まるわけじゃないからっ！」

（東海道新幹線はアマチュア無線機を改造したもので本当に止めることができ、問題となった）

「みんな！送迎デッキだ！」
「おお！」
「よっしゃ！」

送迎用バルコニーは、搭乗待合室のすぐとなり。
滑走路を目前に見ることができます。

「あの全○空だな？」

「でけーーーー。飛行機」

田舎モンまる出し。

「なんであんなのが飛ぶんだ？」
「んーーー。念力だよ。きっと」
「そっか。念力かー。どーりで」
「雷に打たれたにちがいない」

揚力について説明している暇はありません。

「井上、お前、上になれ！」

「よ、よし！」

僕と孝昭くんが馬をつくり、その上にグレート井上くん。

大きく手を上げて絵をかかげます。

「おーーーーーーい!!」
「誰だか知らないけど見えるかーーーー!!」

孝昭くんと僕が叫びますが

当然聴こえるわけもなく

ジェットの金属音の中へと消えて行きます。


飛行機は、牽引車に引かれてゆっくりと、ゆっくりと動き始めました。

それにつれて僕たちも移動します。

「走れ！」
「おお！」

「う・・・気持ち悪い・・・」

「井上ーーー、吐くなよーーーーー」
「針千本飲ますぞーーーーーーー」

バルコニー中の人たちが、僕たちに視線をそそぎますが、気にしている場合ではありません。

「井上ーーー、見えるかーーーー？」

「窓ちっちゃいからーーーよく見えないーーーー」

というか、窓にうつる全員が見ているようにも思えます。

グレート井上くんは、見た事もない少女にわかるよう
せいいっぱいのパフォーマンスをしますが、

それが彼女に見えているのかどうか

見えたとしてそれが絵と認識できるのかどうか。

ところが飛行機が最も至近距離となった時。

「あれ？見ろ！誰か手振ってるーーーー！」

「ほんとかーーーーー？」

「うん。間違いない！一番前！一番前の窓！」

「まえ～～～～～？」

僕たちも止まって確認しましたが

一番と視力のいい孝昭くん。
「バカ。帽子見ろよ。あれスッチーじゃん」。

「え？スチュワーデスさん？」

「お愛想だよ。お愛想」
「そっかぁ～～～～」「ざんねん～～～～」

騎馬のままスライドを続けた僕たちでしたが、バルコニーの距離は短く、すぐにその端に達しました。

それでも井上くんは、ずっと絵をかかげていましたが、

　キーーーーーーンンンンン

旋回を終えた飛行機は、轟音をたてて、滑走し、

やがて地面を離れました。

「あーあ、行っちゃったよ・・・」
「ご主人、がっかりするだろうなぁ・・・」

とにかく届けることができませんでしたので、その報告はしなくてはなりません。

「ところでさぁ。この絵だけど・・・」。

馬から降りたグレート井上くん。

「こないだ僕らが見た時と違ってるよね？」

「ん？そうか？」
「なにしろ慌ただしかったからなぁ。そんなの気づく暇なかった」

「うん。ほら」。

「足跡は警備員がふんづけた跡だぞ？」

「ちがうよ。ほら、コレ」

「どれどれ？」

絵をのぞきこむと

あいかわらず「おとうさんとおかあさん」はにこやかで、
「さ」の字も逆を向いたままでしたが、

その右上に赤いマジックで

大きな大きな　花まる。

「この花まる？」

「だね・・・」。

「ご主人が入れたのかな」

「たぶん・・・こないだまで入ってなかった。これ」

「どうして？花まる？」

「娘さんかなにかなのかな・・・」

「え。独身って言ってたよ？針千本の店員さん」
「あ、そうだよねぇ」

「ひょっとして・・・隠し子か？」

「うーん・・・ありえないこともないだろうけど・・・」

いずれにせよ複雑な事情があることは間違いなさそうです。
僕たちは、このことについてあまり追求しないことを、暗黙のうちに了解し合いました。

「思えば不思議な事件だったな」

「これを斎藤はなまる事件と名付けよう」

「あはははは。センスないなぁ。孝昭」

しかしこのとき、グレート井上くんが

「斎藤・・・はな・・まる？」

少し首をかしげました。

「まじめにとるなよ。井上ー」

「だよね。ははは」

「コーラでも飲む？」

「いや・・・。今は塩水がいいな」。

あるかなぁ・・・塩水の自動販売機。


親子の絵は、みんな幸せそうに笑っています。
その中でも、両親に手をつながれた女の子は、顔の半分ほどもある大きな口で笑っていました。

右側はたぶんお母さん。

その上に。

大きな、大きな、花まる。



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