ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「あ！飛行機！」

「飛行機って・・・。井上ぇ。お前もガキだなぁ」

「あ・・・いや・・・」

よりによって西条くんに「ガキ」と指摘されたグレート井上くん。
すぐに空を見上げるのをやめるかと思いきや

「いや・・・。ほら。あれにも人乗ってるわけだろ？」

「あたりまえだろ？」

「なんか・・・さ。あれにもいっぱい人生って乗ってるわけで・・・」

「バカだな。井上ぇ。飛行機だけじゃなくって、バスにも、サンダーバードにも人は乗ってるって」

「そうじゃなくってさ・・・。なんか不思議なもんだなぁ、って」

「飛行機に人乗ってても不思議ないぞ。乗ってなきゃ不思議だ」

西条くんは、そう言いましたが、
僕には井上くんの言いたいことが、なんとなくわかりました。

バスや電車に乗っている人は、たいていが町の人たちですから、普段でも出会うことはあります。
が、飛行機に乗っている人たちは、おそらく一生出会わない人たちがほとんどなわけで。

そう考えると、ひとつひとつの出会いというのは奇跡にも近いものがあって。

たとえば今ここにいる仲間にしても・・・

「あ！しまった！」
「どうした？西条」

たまたま似た地域に生まれて、同じ学校に入ったから出会って・・・

「今日、S○ファンの発売日だった」

「え！そういうレベルの話？」

こうして・・・友達になっているわけで・・・

「バカヤロ。俺はいつも発売日に買ってるんだぞ？」
「いばるなよ・・・。S○ファンだろ？」

それは、確かにひとつの奇跡として・・・

「よし！今からみんなで買いにいこー！」
「なんでみんなで買いにいくんだよ!?」

神様に・・・

「え？だって俺ひとりの金じゃ足りねーもん」

感謝するのはやめました。

　テメーの金だけで買え！


グレート井上くんは、この会話の間中、ずっと飛行機雲を追いかけていました。
まるでなにかこだわりでもあるかのようです。

「井上も。いつまで飛行機見てるんだ？」
「あ。いや。なんとなく、ね。いつもより低い気がして」

「ふうん。なんかわがままな客でもいて、低空飛行してるんじゃないの？」

「はは。まさか」

飛行機は、ときおり、かたむいた太陽の光を反射して、キラキラと輝きます。

「奇麗だなぁ・・・」。

まだ飛行機を追いかけているグレート井上くん。


いつも通り、西条くんのわがままがまかり通りまして、本屋さんに到着した我々でしたが、

そこは春休み。

「げ・・・。レジ、うちの女子じゃん」

そうです。春休みだけのアルバイトなのか、レジがうちの学校の女子。
そればかりではありません。
最近になってファンシーグッズを取扱い始めた本屋さんは、女子であふれかえっていました。

「くそ～～～～！これじゃS○ファン買えねーーーー！」
「だから別な日にひとりで来いよ。西条」
「ダメだ。そんなことをしたら発売日から2日も遅れてしまう！」

それのなにが悪いのかよくわかりませんが、これだけ熱心な読者がいるとは出版社冥利につきるというものでしょう。S○ファンだけど。

「まったくよー。人の迷惑考えろっつーの」

エロ本を買う男子高生への迷惑など、まったく考える必要などないと思います。

「今の時期は、どこの店もうちの生徒いるよ」
「そうそう。なんてったって春休みだもん」

と、ここで

「じゃぁ。恐怖のグルービーやろう」

「ええええ？」
「グルービーやんの？」
「やだなぁ・・・」

『恐怖のグルービー』とは。

この頃、ラジカセの大ブームがおき、電機メーカー各社はその性能を競いましたが、その中で三洋電気が発売した「グルービー」という機種にはワイヤレスマイクがついていました。
この「グルービー」。どういうわけかワイヤレスマイクの性能が異常とも言えるほどに良く、かなりの遠距離からも音を拾うことができたのです。

僕たちの中では、河野くんがこのラジカセを買ったのですが、こんな楽しいものを僕たちが利用しないはずもなく、たちまち悪戯の中に取り入れていったのです。

「グルービー」のルールはこうです。

ジャンケンで負けた者は、ラジカセを持ち、マスクをして店に入ります。
当人はいっさいの台詞を話してはならず、口だけ動かします。
その台詞は、外でワイヤレスマイクを持った人間が勝手にしゃべりまくり、店内の人間の滞在時間を競う、というもの。ま、遠隔腹話術ですね。

むろん、ラジカセの音質など、とうてい生には聴こえないのですが、フルボリュームが原則でしたので、その恥ずかしさたるやたいへんなものでした。
これは現在でも行えるファンキーこの上ない遊びですので、皆様もぜひお試しください。

「じゃ～～～んけ～～～～ん‥」

河野くんがグルービーを持って来て、いよいよ『恐怖のグルービー』開始。

「くそー・・・負けた」

ということで最初の選手は千葉くんです。

千葉くんは、マスクをかけると女子で賑わう本屋へ潜入。
バイトの女子のいるカウンターへ。

マイクを持つのはジャンケンで1番になった孝昭くんです。つまり台詞係。

ワイヤレスマイクのスイッチを入れると、ザッというノイズが入ります。
これを合図に、選手は口をもごもごさせなくてはなりません。

僕たちはウィンドウ越しにこの様子をわくわくとうかがいます。

”すいませ～～～ん。コン○ームどこですかぁ？”

なにしろフルボリューム。店内中の客が一斉にふりむきます。

”なるべく薄いのがいいんですが～～～～”

バイトの女子店員は露骨に困ってます。

”あ。Lサイズね。L。俺デカいから”

千葉選手。たまらず退散！

「バ、バ、バカ野郎ぉぉ！本屋なのになんてこと言うんだ！たかあきぃ！」

「ただ今の千葉くんの記録～～～。33秒～～～～」。
「わははは。なさけねーーーー」

「テメェが行ってみろ！ばか！」

大爆笑！

しかし。

次の選手はなんと僕でした。
マイクは河野くん。

やべーーーー・・・・。

ターゲットはお菓子屋さんということになりましたが、レジは普通におばさんでした。
まぁ、女子高生よりはましかも知れませんが、僕もラジカセを持たされ、重い足取りで店内へ。

　ザッ。

ノイズと同時にマスクの下で口を動かします。

”あの～～～～。すいませ～～～ん”

「はいはい？なぁに？」
と、店員のオバさん。


”君のためなら死ねるっ！”



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