ぼくたちと駐在さんの700日戦争

夜。わたしは眠れへんかった。

昼に目撃したオリハルコンもショックやったけど・・・。

それよりはやはり明日のこと。

許嫁に会うから？

ちがう。

もっと違うなにかが、わたしの小さな胸・・・いや、発展途上な胸を騒がせてた。

「なんやろ・・・これ・・・・」

暗い蚊帳の天井に向かって自問自答するけど、

それがなんであるか。わたしにはすでにわかっていた。
わかっていたのに・・・。


ナイーブなわたしの小さな・・・発展途上な胸さわぎにくらべ、隣りの部屋まで聴こえてくる大イビキ。

そうだ。50％野郎のイビキなのだが。

男性のイビキってのは、もっとこう、ゴーー、ゴーーとか、グーー、グーーとか。
豪快ならまだしも、

「ゴォオお？」「ゴォお。」

こいつのイビキには、質問部と回答部があるのだ。
イビキで自問自答するやつもめずらしい。


夜通しこの自問自答イビキを聴かせられ続けた翌朝のテンションは最低だった。

ただでさえ、キンタと女センセと。そして奄美との別れ。

ハブもいたし、アメフラシも気持ち悪かったけど。

いい島だったな・・・奄美・・・。


「花さん。ここでお別れです」

島の小さな空港で、キンタが言った。

「また来てね。花ちゃん！」

女センセ。あんまり悲しそうな顔せんといて。

わたし。
自慢じゃないけど、涙もろいから。

「あ。そだ。女センセ。これ、キンタ先生と一緒に食べはって」

わたしは女センセにひとつの包みを渡した。

「それね。わたしが自分でつくった水無月」

＜水無月=寺社の行事「夏越しのはらえ」用につくられた和菓子＞

「え？でも、花ちゃん。これ、確か許嫁の人へのおみやげじゃ・・・」

「ううん。ええの。会えるかわからへんし。これで京都思い出して」

そうなんだ。
実はこれは会えるかどうかもわからない井上くん用のみやげではなかった。
自分で自分に嘘をついていただけ・・・。

わたしの心の中には。自分がつくった菓子を見せたい人が他にいたのだ。

それを察したのか。女センセは
「ありがとう・・・花ちゃん。でもこれは受け取れへん。東北に持ってって」

「・・・・」

わたしは、水無月を奄美に置いていってしまえば、わたしの心が少し晴れると思っていた。
いや。正確には、あきらめがつくと思っていた。

　わたしは。

　許嫁にかこつけて、実は父に会おうとしている。

女センセに、それを見透かされ、わたしは少しうろたえた。

「花ちゃん。きちんと渡してらっしゃい」

「そや・・・ね・・・。うん」

わたしは。自分の思いを捨てそこねてしまった。


奄美の飛行場は小さく、本当にギリギリまで一般の人が見送りに来ることができる。
それは空港というより、まるで電車の駅のようだ。

「また来てくださいね！花さん！」

「うん！女センセと仲良う。お母ちゃん、大切にしてね！」


2人に見送られながら、来たときとまったく同じ小さなプロペラ機に乗り込むわたしと男センセ。

「花ちゃん、だいじょぶ？また酔っちゃうんじゃない？」

「うーん。そうかも。寝不足だし」

わたしは皮肉タップリに言ったつもりだったが

「あらー。旅の前は眠らなくっちゃ！」

わかってない。
わたしの眠れなかった要因の大半は、こいつのオリハルコンと自問自答イビキだと言うのに。
まったく腹たつオカマだ。

「あ。いい薬あるよ♪飲んどけば？」

男センセが、写真用フィルムのケースから2錠、薬をとって私の手のひらにおいた。

「あ？これ酔い止め？」

「ううん。万能薬」

「万能薬？そないなもんがあるんだぁ？なんて薬？」

「命の母A」。

「あほかーーーーーーっ！」

だいたい、なんで男のアンタがそんなもん持ってはる？

「え？けっこうなんにでも効くよ？」

そりゃあんたみたいな50％人間には効くかもしれないが、「命の母A」が乗り物酔いに効く話を聴いたことがない。
っていうか、男が飲むとどうなるんだ？この薬。

「いるかっ！」

ああ・・・。こいつといると飛ぶ前から酔う。

「あ！そうだ！もっといいのがある♪」

またなにやら思いついたらしく別なフィルムケースを取り出した。

「これこれ♪」

「男センセ。えっとー、このピンクの小粒は・・・」

「コーラック♪」

だあほっ!!

「だって下から出せば上から出なくなるじゃない？」

わたしゃミミズか？

哺乳類の構造をなめてる。こいつ。

＜コーラック=元P＆Gの製品。開発はマックスファクター。平成9年より大正製薬がこの販売権を買い取った＞

詰まってもいないのに、あやうく便秘薬を、しかも酔い止めとして与えられそうになったわたしだったが。

飛行機が離陸したと同時に、男センセは爆睡。

「ゴォオお？」「ゴォお。」

またも自問自答イビキのせいで、わたしは眠ることも、しゃべることもできず、ひたすらゲロゲロのまま。

大阪空港到着直前に、男センセは目をさましたが、

「ほらー。だからコーラック飲んどけばよかったのにーーー♪」

まだ「下から出せば上から出ない論」を言ってる・・。

「花ちゃん、どうせ便秘でしょ？」

むかっ！

「ダメだよー。ウンコ出さないと♪」

「んなっ・・・・・！」

どうでもいいけど声デカすぎ！
前の席の老夫婦がこの会話を聴いてクスクス笑っている。

「ウンコ女になっちゃうよ？」

公衆の面前で～～～～～～～～～！
ウンコおんなぁああああ？

老夫婦ばかりか、まわりの席の人たちみんなの肩がふるえている。

「じゃ。もらう・・・」

「今から？」

「うん。また飛行機だし」

「あ、それもそうだね♪」

男センセがまたフィルムケースを取り出したところで

　いまだ！

私はそれを奪うと、無理矢理男センセの口へ！

「ワーーーーー　ワママン　アママママ！」

「自分で飲めっーーーーーーーー！」

「わままままままままままま」

ゴクッ。

「ああああああ！飲んじゃったじゃないっ!?どうしよ？どうしよ？」

「だいじょぶや。センセ」

「なんで？」

「すぐに出はるわ」


大阪空港に到着するやいなや、男センセはトイレに行ったっきりもどってこない。

無理もないか。



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