ぼくたちと駐在さんの700日戦争

「お、お見合いを壊したいって・・・花ちゃん？」

「お願い！姐さん！」

さすがに姐さんも困った様子。

と、思ったら

「あっはっはっはっはっはーーー。花ちゃん。あいかわらずオキャンやなーーーー」。

「あ？」

「よっしゃ！のった！その話！」

「おおきに～～～～～～」。

けど、京ことばはどうしたの？姐さん。

すっかり体育部にもどってる。
まぁ、そのほうが姐さんらしくっていいけれど。

「そいじゃまず顔師のとこ、いっしょいこ」

顔師とは、舞妓さん専門のメイキャップアーティスト。

ま～～～。その時間のかかること、かかること。


「お～～～～。花ちゃん。今すぐ見せ出しできるわ！それやったら」

「ほんまどすか～？」

鏡を見つめる私。

「うん。われしのぶもよー似おうてはる」


＜われしのぶ=新米舞妓さん専用の髪型＞


そうかなー。
でも、まぁ、これならわたしとわかる人は、まずいないだろう。

「あれ？姐さん。上唇は？紅ひかんの？」

「新米は下だけ」

「あ。祇園祭でもそやったかな？」

「そ。だいじょぶ。おぼこいよ。花ちゃん」。
（おぼこい＝かわいらしい）


着物は姐さんの昔のものを借りた。

ここまできてようやく、我ながら我ながら。

うん。舞妓はんや～～～～。舞妓はん。
どっから見ても舞妓はん！

そして姐さんによる超短期舞妓訓練。ギネスに載るくらいに短い詰め込みコースだ。

「ちゃう！もっと歩幅小さく！」
「ヘェ」

「荷物は左手！」
「ヘェ」

「がに股なってるちゅうに！」
「ヘェヘェ」

「返事は一度！」
「へへーーーーー」

「それ、悪代官の返事やん！」


ようやく

「ま～～～。そんなもんやね。会場は芙蓉館？」

「ヘェ」

「お。板についてきたね。花ちゃん」。

「ヘェ」

ここに着いてからと言うもの「ヘェ」しか言ってないわたし。
これで板についてんのなら楽なもんだ。


なって気づいたが、舞妓さんは町の中では注目の的。
特に観光客は、びしばしフラッシュをたく。

　心なしか恥ずかしゅおすえ～～～～

見られ続けているうちに不安になってきた。

「姐さん。おばあちゃんにバレへんかな？」

「まー、まさか孫が舞妓姿とは思わんやろから」

それもそうだ。

それにしても歩きにくいぞ。デカぽっくり。


そしてとうとう。
芙蓉館到着。

姐さんが、先に受付の人と挨拶をすませ、私を手招きした。

「いい？部屋までは私の通り真似しはって」

「へぇ」

しゃなりしゃなり。歩くわたしが大きなウィンドウに映る。

おお！舞妓はんや！舞妓はん！

「この部屋やね。うまくやりなさいね？」

「へぇ」


深呼吸・・・、深呼吸・・・と。

　いくぞ！


見合い会場乱入！


そこは畳敷きの上に洋式のテーブルセットが置かれた広い部屋だった。
窓に見える和風庭園が美しいが、そんなものを観賞する余裕はない。

キンタ・・・キンタ・・・。

お！いたいた！めずらしく背広姿。
初めて見るが、なかなか似合っている。

突然見合い会場に舞妓が入ってくれば、それは誰だってびっくりする。

キンタはもちろん、みんなあんぐりだ。

「キンタはん～～～～～」。

「はぁ？」

「みずくさいおすえ～～～～～～」。

いきなりキンタに抱きつくわたし！

「は、は、はぁ？？？あ、あ、あ、あなた誰ですか？？？？」

お～～～。あわてとるあわてとる！

「あちきというものがありながら～～～～～」。

「あちき」でいいのかなぁ。
なんか違う気もするけど。

と言いながら、相手の女性をみた。
さすがにおばあちゃんが選んで来ただけある。良家の子女って感じ？
まぁまぁ奇麗だけどわがままそうだ。って、わたしと同じか・・・。

すでになにがなんだかわからなくなっているキンタ。

「わわ、私、あなたのこと知りませんけど？人違いじゃないですか？」

ここは無視して強行。

「別れろ切れろは舞妓のときに言うことば～～～～～」

「いやいやいやいや！あなた舞妓はんでしょ？」

「ああ、キンタはん。あちきにあ～んなことやこ～んなことまでしておきながらどすえ」

「はぁぁあああああ？」

うーん。京都にいながら花柳の言葉て、どえらいむずかし。


私はそう言って、袖をめくりあげた。
そこにはキンタとの連戦でついた小手の傷が、ミミズ腫れとなって痛々しく残っている。

それを見てキンタもさすがに気づいた。

「き、君は、は・・・は・・・・」

ここで名前を出されちゃ困る。

「ああ・・・。あんたはんにつけられたこの傷が～、ああ、この傷が～～～。夜な夜なうずきますえ～～～どす」

「ちょ、ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと失礼します！」

私のその手をひきずって部屋を出るキンタ！

うまくいきましたどすえ～～～。ん？「どえす」か？


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