ぼくたちと駐在さんの700日戦争

2人の間に独自の空気が流れます。

これを察知したのか、ジェミー。
「あ～～～。僕、トイレ行ってきますね～～～」。

おお。めずらしい！
ジェミーが空気を読むなんて！

「あ。じゃぁ僕も、練習前に・・・」。

と、席を立とうとしたとき、
グレート井上くんが
「君はいてくれ」。

「え？」

僕を引き止めました。

　そうか・・・。

再び腰掛け、ベースを手にする僕です。


「あの・・・斎藤さん？」
グレート井上くんが切り出しました。

「はい？」

「あのさ・・・。君、県展に・・・」。

「ああ・・・。日本画？」。

「うん。僕。あの絵ね。『通りゃんせ』。あの絵・・・。ものすごく感動したんだ」。

「あ。ありがとうございまーす」。

微笑みを返す花ちゃん。
うーん。この笑顔でキン○○つぶしくらわすんだから、女ってのはすごい。

「なんていうか・・・。あの・・・母の愛情みたいなのが溢れているっていうか・・・」

「そう？」

「うん」。

僕も横でうなづきました。

が、花ちゃん。
「それは勘違いだわ」。

「え？」

「だって。私、母はいないの」。

「え・・・・」。

「というか。両親ともいないの」。

そう言えばお欄さんが祖父母に育てられたとか言ってた・・・。

「父は生きてるんだけどねー。でも親じゃないわ」。

「え・・・・」。

僕とグレート井上くんは、一瞬その場に凍り付きましたが
「ごめん・・・。なんか悪いこと聴いちゃったね・・・」。

花ちゃんは、
「ううん。別にいいよ。あの絵にそんなものが出ているとすれば、それは・・・」。

それは・・・？

「母親への憧れだと思う。私ちっちゃい時しか母親知らないから」。
まったくくったくなく話す花ちゃんですが、
いっしょに来ていた女子生徒も黙ってしまい、気まずい空気が流れました。

「ごめ・・・ん・・・」。
井上くんは、意味もなく謝りました。

「だからいいってば。練習しましょ？」

「ああ、ああ。そうだね」。

花ちゃんが言いました。
「井上くんって・・・」。

「え？」

「やっぱりやさしいのね」。

「え？」

なんと言うべきか。
悪い雰囲気ではありません。この2人。

僕はこの時ふと

　実はこの2人は、以前会ったことがあるのではないか？
　と。

なぜかそう思いました。

そこの場にいるだけで、なつかしい暖かさみたいなものを感じたのです。


が。

暖かさは、速攻でやぶられました。

　ガラッ！

乱暴に扉が開けられたかと思うと

「委員長！委員長！た、たいへんです！」

さらにもうひとり。メガネをかけた女子生徒があわただしく飛び込んで来ました。

「どうしたの？にぎやかね」。

息をきらした女子生徒。
「えっと・・・委員長、すごく言いづらいのですが・・・」。

「だから、どうしたの？」

「あの～～～～。我が校の女子生徒が男子トイレに乱入したみたいです！」

はぁ？

「だ、男子トイレにぃ？？？」

「はい！今、来客者たちの間で大騒ぎになってて・・・」。

「う、うちの生徒が？」

「はい！間違いありません！うちの制服着てたって・・・」。

「えええええ？」

「しかも・・・しかも・・・」。

「なぁに？はっきり言いなさい！」

「あの・・・とっても言いづらいのですが・・・。その・・・・」

「だからなぁに!?」

「そのまま・・・その・・・スカートめくりあげて立ちションしてた・・・と・・・・」。

「えええええええええ!?」

えええええええ・・・・。

そりゃジェミーだ・・・。間違いない・・・。
女子が立ちションって、構造的に不可能というか。なんというか。
無理です。

空気読んでいなくなったんじゃなかったんだ・・・。あのバカ・・・・。

なんだって男子トイレ入るかなぁ・・・。

って、男子だからですが。

言うまでもなく、女子校には、男子トイレはありません。
職員用と来客用の兼ねられた一ヶ所だけの男子トイレは、文化祭の時などは順番ができるほどに殺到するわけで。

その殺到している中に・・・。

セーラー服で・・・。

立ちション・・・・。

スカートめくりあげて？

ああああああ・・・ジェミー・・・・・。


「あの・・・。今、先生たちも大騒ぎしてて・・・」。

そりゃ大騒ぎでしょうねぇ・・・。想像つきます。

「待ってて。いま行くわ！」


とにかく『神様の贈り物』は、とんでもねーもんになりそうです。




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