ぼくたちと駐在さんの700日戦争

＜おことわり＞本日、実質14章フィナーレ。シリアスモードです

「そ、それで出演オーケーしてきちゃったわけ？」
グレート井上くんはあきれ顔。

「あ～～～。うん。だって泣き止まないだもん」。

「なんでお前はそう女に弱いかなぁ・・・・」。
「さぁ・・・。どうしてか僕もわかんないんだよねぇ・・・」。

それがたくさんのトラブルを生んで来たことは百も承知なのですが。

夕食後のグレート井上家。
僕がふと時計に目をやると、アナログ表示板が、22時を表示しています。

「今日は災難だったな。井上」。

「あ？う・・・うん」。
唇を気にする井上くん。

「僕はああいう手合いはちょっと・・・」。

と言ってみたものの、おそらくグレート井上くんにとってもファーストキッス。

「でも・・・やわらかかったな・・・その・・・。唇・・・」。

「こいつーーー！」

僕たちは中学時代のように絡み合っていましたが、
そこに、夕子ちゃんがコーヒーを入れて入って来ました。

グレート井上くんの部屋には、ポットもインスタントコーヒーもありましたが、僕が来ているときは、それが当たり前でした。
しかし、意識しているか、していないかはだいぶ違います。

「先輩？」
「なぁに？夕子ちゃん」。

僕にとっては、小学校時代から6年も成長を見つめて来た夕子ちゃんです。
小4から高校1年までの成長はすさまじく、去年と比較しただけでもまるで違います。

「あの・・・日記・・・ありがとう・・・」。

「あ？白い本？だいじょぶ、僕も、誰も読んでないから」。

しかし、夕子ちゃんはこの時複雑な表情をしました。

夕子ちゃんも意識していたのか。
彼女は、グレート井上くんになにか言われたわけでもないのに

「今晩、泊まってくんでしょ？」
「うん。お世話になります」。

「じゃ、ごゆっくり」。

早々に部屋を去りました。


僕たちが他愛もない話を終えて「本論」に入ったのは深夜0時をまわった頃でした。

「なんか、話あったんだろ？井上」。

「ああ・・・うん」。

思いのほか明るいグレート井上くんでしたが、

突然
「ビール飲まないか？」

「ええ？？？？」

グレート井上くんがこんなことを言い出すことなど、予想もつかないことでしたので、僕は驚きを隠せませんでした。

「あるの？」

「いや。冷蔵庫にはあるけど、そうじゃなくってさ」。


僕たちは家を抜け出し、近所の酒屋の自動販売機へと向かいました。

「こんなこと、父が入院していないとできないから」。
と、井上くん。

おそらく彼にすれば、初めての経験なのでしょう。
買うものは、ビールでなくても、なんでもよかったのだと思います。
とにかく「ハメ」をはずせれば。


夜中の空気は、すでに冷たく、冬の到来が近いことを教えます。

その上に満天の星。

「もう、息凍るんだなぁ」。
「ほんとだ」。

2人の息が白くなって、やがて空へと溶け出し
吐き出した言葉は静かな田舎道に響き渡ります。

「夏の大三角形。覚えてるか？」

グレート井上くんの本論は、この言葉で始まりました。

忘れるはずがありません。美奈子さんがこの町を訪れ、僕たちと知り合った理由が「夏の大三角形」でした。

「ああ・・・もちろん」。

「夏の三角形ってのはな。ほら。あそこにやたら明るい星があるだろ？」

僕は、実は指差された星がどの星のことであるかわかりませんでしたが、

「うん」。
とだけ相づちを打ちました。

「白鳥座のデネブ、わし座のアルタイル、そして一番見つけやすいのが琴座のヴェガ」。

「あ。あれか。ベガって」。

明るいベガは、さすがにわかりました。が、

「ヴェガね？ヴェガ」。
「ベガ」。

「ヴェー・ガー！」
「べが・・・」。

なんか花ちゃんの「斎藤」と似ています。
どうやら僕の滑舌はかなり悪いらしい。

「和名がついている星ってね。いくつもないんだ。すばると、彦星」。

「あ。言われてみればそうだね」。

「あとはあの織姫」。

「ベガって織姫のことなんだ？」

「ヴェー・ガー」。

それはもういいですから・・・(泣)。

「なのにね。織姫だけは別名をいくつも持ってる」。

「そうなのか？」

「七夕の七姫って言ってね。そのひとつに秋去姫っていうのがあるんだ」。

「秋・・・去姫・・・・」。

「うん。秋に去る姫、って書いてね」。

僕はグレート井上くんが、美奈子さんのことを言いたいのだ、ということを察知して、
話題を少しだけ遠回りにしました。

「志望校。変えるのか？」

しかし、グレート井上くんから返って来た言葉は意外なものでした。

「え？変えるつもりないよ？」

「けど・・・。グレート父さん、猛反対なんだろ？」

「うん・・・」。

と言うと、グレート井上くんは

「けど。僕の人生は親のものじゃないから」。

「あ」。

僕は単発的な声しか出ませんでした。
それほどに、グレート井上くんらしからぬ言葉だったのです。

「僕の行く道は、自分で選ぶよ。その上で、親の面倒は将来きちんとみるって、説得する」。

「あ・・・」。

いつから始まっていたのかわかりませんが、

グレート井上くんの革命は

ここで完結していました。

それはあまりにみごとで。
あまりに大人で。

「その・・・美奈子さんのことは？」

僕は、この質問をするのにずいぶんとかかってしまいました。

「美奈子さん？」

「ああ」。

「ん？あきらめないよ？」

「え？」

「だって。もともと去年ふられてたし。あの人は・・・迷惑だろうけどね」。

秋去姫を見上げながら、さばさばと言う井上くん。

「僕はさぁ・・・。僕は・・・」。

「うん？」
僕は。次の言葉が井上くんの真意だろうと、直感しました。

「僕は・・・。あの人を好きになったこと。誇りに思ってるんだ」。

人を好きになることを・・・誇りに思う・・・？

それは僕などとはもはや比較にならない、あまりにも崇高なものに感じて。

「うん、井上。うん」。
わけのわからない返事をするのがせいいっぱいだったのです。

グレート井上くんは

「うん。」
と、自分に向かって返事をひとつすると

「僕の人生でね。それだけは、自分を褒めてあげたい」。

僕はしばらく、星明かりの照らし出すグレート井上くんを見ていましたが

「そっか。そうだね！うん！」

まるで子供じみた返事を返していました。


「思えばふられっぱなしだなぁ。僕は」。

「今度ふられない方法、教えてやるって」。

「手当たり次第をか？」
「んな！なんだって？」

僕たちはそれから、近所迷惑なほどに大声で笑って。笑って。


天に輝く、姫沼で見たときと同じ夏の大三角形。

その中でも、ひときわ輝く秋去姫は、

そんなグレート井上くんを。
やさしく見つめる瞳のように

秋の夜空で、瞬き続けていました。


＜※あともうちょいです＞


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