ぼくたちと駐在さんの700日戦争

次の曲が洋次のギターソロ。
グレート井上くんがピアノ伴奏をつけています。

その間、僕とジェミーは袖に落ちます。

「ジェミー、お前、今日、『あの娘が結婚してしまう』やるんだよなぁ？」

「なに今さら言ってんですか。先輩、コーラスでしょ？練習しときます？」
と言いながら、ジェミーは『あの娘が結婚してしまう』を鼻歌のように唄い出しました。

♪来年の1月には、あの子が結婚してしまう
　僕はなにもできずに、
　ただ、時間が止まればいいと思ってたんだ

「まずいわ。それ」。

「はぁ？」

「まずい。曲目変えよう」。

「えええええ！今さらですか？」

「うん。そんな曲やったら、井上が・・・」。

「井上先輩がどうしたんです？」

「いいから！とにかく曲変えるぞ！」

幸いにして、僕とジェミーは、元々のバンドメンバー。レパートリーはたくさんありました。

そして僕はこのときふと

「あ・・・そうだ・・・・」。

「え？どうしたんです？」

「和美。今月の『ヤングギター』ある？」

＜『ヤングギター』=フォークソングブームに乗って当時売れに売れた月間楽譜本＞

「あるけど？」

「あとさ・・・チャーリー、呼んでくれないかな？」

「わかったわ」。

「それからジェミーは・・・・」。

時間・・・間に合うかな？

「とにかく大急ぎで！」

「はい！」

暗い会場へと飛び出すジェミー。

幸いにして、洋次のすさまじいほどのギターテクニックに、アンコールが入りました。
鳴り止まないアンコールに、洋次が袖に指示をあおいでいます。

「いいよ。洋次やれよ」。

洋次は、うれしそうにうなづくと、
音楽祭でできなかった
澪ちゃんと
レオくんとの思い出の曲

『アルハンブラ宮殿の思い出』を、

そっと弾き始めました。


その間、グレート井上くんが袖に降りてきます。

「ごめん・・・なんか感極まっちゃってさ」。

さすがグレート井上くん。僕の視線を察知していました。
けれど。

　あいかわらずウソはまだまだだな。井上。

「あれ？ジェミーと和美は？」

「今、音楽室行ってる」。

「え？次ジェミーとお前だろ？」

「そう」。

「間に合うのか？」

グレート井上くんの心配通り、洋次のアルハンブラ宮殿は、もうすぐ終わりそうなのに、まだ2人が到着しません。

やがて洋次の演奏が終わり
割れんばかりの拍手！

ステージ上の洋次は。音楽会のときかなわなかった演奏ができたことに満足している様子でした。

やがて洋次が袖に来ました。
が、ジェミーも和美ちゃんももどりません。

　くそ・・・間に合わなかったか・・・。

しかたない・・・。

僕はひとりステージにもどりました。

洋次の演奏に興奮覚めやらない聴衆は、さかんな拍手で迎えます。

僕はマイクをとり・・・

「えっと。今日は本当にありがとうございました。あと2曲で僕たちビコーズの演奏は終わりますが・・・」。

　時間・・・つぶさなきゃ・・・。

「僕は・・・。僕たちは今年卒業しますが。本当にたくさんの人たちに支えられて生きて来ました」。

聴衆はなにを言い出すのか、と、耳をかたむけています。
数百人の静寂。

「僕たち3年生は、たいていの者がこの街を出て・・・。ここに残るのは本当に少数です」。

「けれど・・・。18年間。ここで育ったこと・・・。いえ。この街に育ててもらったこと・・・」。

「けして忘れません」。

聴衆は水を打ったように静かになりました。
鼻をすするばかでかい音は・・・。駐在さんだ・・・・。すぐにわかる・・・。

そしてこの時。会場の端を大急ぎでもどってくるジェミーたちが見えました。

息をきらしたまま、ジェミーが袖から声をかけます。

「先輩、お待たせしました～！」

そしてジェミーの後ろから来ていた人が、
ステージに上がって来ると、今度は会場がわっと湧きました。

なぜならそれは


　ジーン・シモンズ！


僕はジーンシモンズさんに会釈すると

「じゃぁ。次の曲は・・・・腹の治ったチャーリーが唄います」。


「あのジーンシモンズが？」「チャーリー？」「でかくないか？」

会場のひそひそ声を無視して、


「私鉄沿線。聴いてください」。


ジーンシモンズが耳打ちしてきました。

「おい！極悪高校生！いいのかぁ？」

「早乙女さん。高校の文化祭。味わってくださいよ」。

「・・・・」。

そうです。僕はチャーリーに頼んで、早乙女さんをジーンシモンズに仕立て上げてもらいました。

なぜなら。
早乙女さんが電話で言った「高校に入れなかった」という言葉が。ずっと耳に残っていたからです。

目立たぬように会場の一番後ろで、僕たちの演奏をじっと観ていた早乙女さん。

「やりたかったでしょ？早乙女さん」。

「おお・・・おお・・・・」。

「今までいろいろとありがとうございました」。

「おお・・・おお・・・・」。

早乙女さんもまた。大きく鼻をすすりました。

僕のギター伴奏に合わせて、早乙女さんが唄い始めます。

　♪かいさっつぐっちで～～～　きみのこと～～～～

現役ヤクザの唄う『私鉄沿線』は。

おせじにも音楽的に褒められた出来ではありませんでしたが

　♪いつも～～～待った～～～ものでした～～～～

それはそれは心のこもった

ちょっと遅い高校生、早乙女さんの、

熱唱でした。




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