ぼくたちと駐在さんの700日戦争

またしても多勢に無勢。

「井上と森田は1年についてろ。参戦するんじゃないぞ！」

それでも、駐・・・ジーンシモンズも加わり、楽勝か？と、思われた闘いでしたが

意外や意外！ジーンの役にたたないことっ！

なにしろ関係ないとこをウロウロしちゃってます。
時おり襲ってくる敵の攻撃をよけるばかりで、なんもしません。

「駐・・・ジーンさん！なにやってんですか!?」

「ぁあ？俺に戦ってほしいなら地球の自転止めろっ！」

え？

ひょっとして地面回ってんのか？

いきなりブランデーラッパ飲みするから・・・。

「え～～～～？ちゅ、ジーン酔っぱらいかぁ？」

なんというか。
ただ見てるぶんには酔拳ですが。

＜酔拳=ジャッキーチェンを一躍有名にした台湾映画。拳法としての『酔拳』は実際に存在する＞

ウロウロするだけだと、ただの「ジャマモノ」。

そのかわりと言ってはなんですが。
ポールスタンレー、こと、マスターのすごいこと！

「おらーーーーーーーっ！」

かたっぱしから相手を捕まえては、殺虫剤を目にかけていきます！

「3分以内で目ぇ洗わねぇととんでもねーことになるぞ？」

この手段を選ばぬ戦法は、まさしく団体戦に慣れた暴走族！孝昭くんの上をいってる？
ポールひとりで、瞬く間に10人以上を戦闘不能にしてしまいました。

水場へと走ろうとするN定たちですが、目があけられないので、方向がめちゃくちゃ。

とにかく強い、強い！
あのケンちゃんを一言でたしなめただけあります。

駐在さんの話だと、マスターはもともと乱暴すぎて手あましだったらしいのですが、普段の大人しい姿からは想像もつきません。

そしてもうひとり。

楢崎。

だてに僕たちに喧嘩を売りません。
どうやら武道をたしなんでいるらしく、自分より大きな男たちを倒すその姿は、入学した頃の西条くんを彷彿さるものがあります。

「楢崎ぃ。つえーなぁ。お前」。

「はい！こう見えても西条さんと同じ浪人ですから！」

「ちがうって・・・」。

グレート井上くんは、この隙を縫って、柳たち、負傷した1年生を逃がそうとしていました。

しかし人数では、圧倒的に多いN定生。
何人かが、闘いの渦を離れて、井上くんたちの方へと向かっていきます！

「逃がすかぁ！うらぁ!!!」

「やばい！西条！まわられた！」

「ジ・・・ジーン・・・！そっち、そっちたの・・・」

たのめそうな状況ではありません。
あいかわらずひとりで酔拳してます。

グレート井上くん。覚悟を決めたのか、身構えました。

僕は井上くんたちの方向へ走りました！

　が

　ガッ！

後頭部にすさまじい熱さを感じたかと思うと、目の前が赤く染まり

「痛ぅ・・・・・！」

さらに背中に突起物が当たったすさまじい痛みが走って。
僕は前のめりに倒れました。
顔面がアスファルトをすべって、その摩擦で顔の皮膚がはがれていくのがわかります。

「いの・・・うえぇ・・・・」。

しかし。
相手の攻撃はそこで止まりました。

　？

顔をあげると、そこに見えたのは、太いバイクのタイヤ。

「バイク・・・誰・・・？」

低いアイドリング音が地面を通して響きます。

「あなた。なにやってんの。ママチャリくんやられちゃってるじゃない？」

　え？
　まさか・・。
　奥さん？

すると駐在さんが
「あ～～～？ママチャリがやられた？ほんとか？わははははは」。

よろこんでるし・・・。


650で乗り込んで来た奥さんは、全員が注目するにじゅうぶんでした。
一度も見たことのない黒いジャンパー・・・。
いや。一度姫沼のとき・・・。

「な、なんだぁ？あの女！」
「やつらの仲間かぁ!?」
「いつの間に来てたんだ？」

すると奥さんがカウルをあげてひとことだけ。

「これ以上やったら承知しないよ!?」

「え・・・・？」
「ぁあ・・・・？」

僕はまったくわかりませんでしたが、元夜桜の連中は気づきました。

「あ！ありゃ蛇巣眠の幹部ジャンパーだ！」
「うそっ!?じゃ、蛇巣眠!?」

この叫び声で、戦闘がおさまりました。なにしろ夜桜連合は、結果的に蛇巣眠にやられています。

メットをとる奥さん。
長い髪をゆらして整えるその姿。
男どもを黙らせるのに、これ以上のものはありません。みんなが息を飲みました。

「ママチャリくん。だいじょぶ？」

「あ・・・。だいじょうぶ・・じゃないですね・・・」。

　駐在さんが笑ったのが一番の深手かも・・・。

そして彼らがその声と姿で気づきました。

「あれ？あの人・・・昨日、駐在所で俺たちにお茶入れてくれた・・・・」。
「あ！ほんとだ！あの美人奥さんだ！」
「えええええ？」

蛇巣眠のジャンパーだけでも驚きだった彼らにとっては、カルチャーショック。

「あなた～。シャキっとしなさいよ！」

「あなたってことは・・・」。
「あのへんな男は・・・・」。

「おまわり!?」

鈍い彼らもようやく気づいたようです。

「マッポ・・・相手にしてたのかよ・・・・」。
「なんだってマッポがあんなかっこ・・・」。

彼らが一様に青ざめました。もはや戦う気力のある者はいません。

で。かんじんなマッポ。
「うー。バレたんじゃしょうがねぇなぁ」。

ようやく立ち上がりました。

「ったく地球ってのはなんで自転するかな・・・。コペルニクスのやつぅ・・・」。

コペルニクスより、酒を飲み込んだ自分をうらむべきだと思いますが。

よろよろとみんなの真ん中まで来ると、駐在ジーン。

「おまえら！」

みんなが黙りました。

「おまえらぁ、普通高校の生徒より1年余計にがんばったんだろーが！」

N定の生徒たちは、駐在さんがなにを話し出したのかわからないようでした。

「それをこんなことでダメにするつもりか？え？」

「・・・・」。「・・・・」。「・・・・」。

「もう大人しく拳をおろせ。今日んとこは、コペルニクスにめんじて許してやる」。

意味わかんないけど、なんか説得力あります。駐在さん。

誰ひとり無傷の者はいませんでした。
あの西条くんでさえ。顔にすりむき傷があります。

この言葉で気づきました。

　駐在さんは・・・酔ってたんじゃない・・・。
　あえて手を出さなかったんだ・・・。


駐在さんは、マスターの横まで行くと

「お前らぁ。族やってるとき、楽しかったか？」

「え？」
唐突な質問にみんなが驚いています。


「俺は、楽しかった！」


「バイクが楽しいんじゃねぇ。仲間と走るのが楽しかったんだろ？」

「うん・・・」。「ああ・・・」。

「仲間ぁいいもんだ。それをこんなことでなくすんじゃない」。

みんな。敵も味方も。
この言葉になにかを感じていました。
それは得体の知れない寂しさのようでもあり。
遠い昔に忘れた約束のようでもあり。


僕はふと、奥さんの顔を見ていました。

奥さんは、わずかに微笑んで、駐在さんを見ています。

それはあきらかに恋する女性の目で。


僕は。


　かなわないや・・・。

　ぜんぜん・・・。



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